今森光彦

昆虫(むし)の地図館
日本の里山昆虫記

写真家・今森光彦が贈るフォト日記。
「環境」の視点から日本全国の
取材と撮影を続ける筆者が語る
里山の昆虫の「今」。
各地に見られる昆虫たちの姿を
最新の美しい写真でお楽しみください!
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姿を現したガロアムシ。今回はこの小さな昆虫を探しに来ました。

第7回 砂礫に暮らすガロアムシ
埼玉県飯能市
  • 地図
  • 武蔵丘陵の最奥、里山と秩父山地の境界には、鬱蒼とした杉の植林が広がっています。訪れる人も少ない渓流脇の砂礫。今回はそんな環境に人知れず暮らす、小さな昆虫を探しにやって来ました。

渓谷につづく道にそって車を走らせていると、山の斜面が次第に急になってゆく。さらに進むと、車窓から冷ややかな湿った空気が入りこんできた。ここは、埼玉県南西部の丘陵地帯、奥武蔵。その一番奥までやって来た。人気のない森が両脇に迫っている。森は、植林された杉林や広葉樹からなっているが、整然としたというより鬱蒼と茂っている感じが強い。本来は、奥山にあたる場所で、人間の管理下にあるところだと思うが、時が経過して人を寄せ付けない神聖な森になってしまったようだ。

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昼なお暗い杉林がつづいていた。

蟻
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渓流が細くなり、源流が近くなる。

奥武蔵にやって来たのは、ガロアムシに出会うためだ。ガロアムシは、見かけはハネナシコロギスやハサミムシに似ている。しかし、ガロアムシ目自体、近縁のグループがほとんどない、珍しい目なのである。生態は、夜行性で地中や洞窟から発見されることが多く、専門家でも見た人はそれほど多くない。そういう私も、40年以上も昆虫と付き合っていながら今までご対面する機会がなかった。今回は、ガロアムシの絶好の生息地があると聞いて、宝物を掘り当てるような気持ちではるばるやってきた。

蟻
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ガロアムシが生息するガレ場は、直射日光がほとんど差し込まない。

ガロアムシの生息環境は、源流に近い沢のガレ場だった。よく見ると、瓦礫の上には、広葉樹の森が広がっている。ガレ場の斜面の上部は、山土がむき出しになっていて下に降りるにつれて石の粒が大きくなる。どうやら、土砂崩れをおこした場所のようだ。

蟻
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ニクイロババヤスデ(左) ヤチグモの仲間(中) サビイロモンキハネカクシの仲間(右)

ガレ場の石に足を取られながら斜面を登ったり降りたりして、石をめくっていった。石の下には、想像以上に生物が多い。クモの仲間もたくさんいたので、餌になる小生物がたくさんいるのだろう。ガレ場は、石の間に隙間が多く、水はけもよいので、生物に貴重な隠れ家を提供しているのかもしれない。

蟻
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天空を覆う広葉樹の枝葉。冬になれば落葉し明るくなるだろう。

蟻
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石の隙間に隠れていたガロアムシ。体長2センチくらい。

根気よく石を裏返して、やっと念願のガロアムシに出会うことができた。すばやく歩いてはピタリと静止して、触角をゆっくり動かしている。見た目と違って行動がたいへん敏捷なので驚いた。飴色の頭部やクリーム色の体色をみていると、一生暗闇のなかで暮らすシロアリの姿にそっくりに見えた。

蟻
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ガロアムシのいるガレ場の近くにはコケが生えていたり倒木が横たわっていたりする。

ガロアムシは、発見者(フランスの外交官E.Gallois)の名前にちなんで名付けられた。別名コオロギモドキ。日本には8種が知られる。北海道から南西諸島までその分布は広いが生息場所は極めて局所的。ガロアムシが好むガレ場は、湿度や腐葉土、日当たりなど様々な条件が満たされていないと成立しない。そしてこれらの環境をつくっているのは、自然的な現象でおこる土砂崩れのこともある。こうした、不安定で稀有な生息場所が、ガロアムシを珍虫にしている理由のように思う。

蟻
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石積みのあとは、炭焼き小屋だった。森を人が利用していた証(左上) ヤマトリカブトが美しい花を咲かせていた(右下)

ガロアムシを観察したあと、さらに上流の森のまで足を伸ばした。そこで炭焼き小屋のあとを発見。奥武蔵の森には、かつて人が出入りしていたらしい。定期的に維持管理され薪炭林として利用される里山の機能をもっていたのだろう。

蟻
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苔むした石の中を沢水が流れる。

今回、生きた化石といわれるガロアムシに出会えて本当に嬉しかった。それにしても、彼らが生息しているガレ場の繊細さには感服した。現状からほんの少しでも環境が変わってしまったらガロアムシは生きてゆけないだろう。数十年以上前、里山が健全なころは、ガロアムシはどこでどのように暮らしていたのだう。そんなことを想像しながら沢をあとにした。

協力/阿部浩志(ナチュラリスト) 
   鈴木知之(昆虫写真家)
蟻
  • Profile
    今森 光彦

    (いまもり みつひこ)

    1954年滋賀県生まれ。写真家、ペーパーカット作家。
    人と自然が共存する琵琶湖周辺の里山を30年以上にわたって撮影してきた。
    近年は、「ニッポンの里山」をテーマに日本全国を旅し、ここ10年で訪れた里山は、200箇所をこえる。
    一方、熱帯雨林から砂漠まで、広く世界の辺境地も取材している。

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  • カブトムシ
編集後記
  • ガロアムシ…地味な虫です。小生は、今回のテーマがこのヘンテコな昆虫に決まるまで、その存在すら知りませんでした。これを探しに、わざわざ山奥まで行きますかね…。
    ところが今森さん、この話を聞いた途端、キラリと目を輝かせたではないですか。「ガロアムシ、行きましょう!」二つ返事で取材の予定がまとまりました。そしてやってきた晩夏の飯能。森はひんやりとしてはいますが、スコップで砂礫を掘っていると、無条件に汗が滴ってきます。暑い。しかも掘れど暮らせど、どこにでも居そうな「あの虫」は出てきません。出てくるのはミミズばかり。掘ること2時間。意外な重労働に、心折れかけた矢先、「いました!」スタッフの1人が叫びました。ついにガロアムシをゲット! ようやく捕まえた1匹の動きは猛烈に素速く、とても土の中の虫とは思えません。ケースに捕獲して観察すると、意外にも半透明な飴色をした、しなやかな体をもつ美しい昆虫でした。調べてみますと、ガロアムシのなかまは、原始的な特徴を残す、とてもレアな昆虫のようです。私たちが半信半疑でおこなった取材は、実は大変貴重な機会だったのです。あのとき、今森さんがキラリと目を輝かせた理由がわかった気がしました。

    (編集部・K)