今森光彦

昆虫(むし)の地図館
日本の里山昆虫記

写真家・今森光彦が贈るフォト日記。
「環境」の視点から日本全国の
取材と撮影を続ける筆者が語る
里山の昆虫の「今」。
各地に見られる昆虫たちの姿を
最新の美しい写真でお楽しみください!
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私たちの目の前に現れたチョウセンアカシジミ

第8回 里山の稀少なチョウ
北陸地方某所
  • 地図
  • 梅雨どきの北陸地方某所。その里山に、珍しいチョウ「チョウセンアカシジミ」が現れるときき、今森さんとスタッフ一同、さっそく現地を訪れました。

チョウセンアカシジミは、東北地方の山形県、岩手県、新潟県などにみられる珍しい蝶だ。発生場所は、すごく限られているが、見かけは何の変哲もない所なので、知っていないと通り過ぎてしまうだろう。
チョウセンアカシジミは、以前、一度お目にかかっているが、それは20年も前のこと。
年々里山環境が悪くなる中で、果たして、今回も艶やかな姿で私を出迎えてくれるだろうか。

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田んぼと雑木林の間に農道がある。チョウセンアカシジミの生息地は、何でもない里山。

蟻
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道路の脇にあったチョウセンアカシジミの生息地(人物は取材スタッフ)。

地元の人から情報を得て、やっと生息場所をつきとめた。奥は杉の林の中にホオノキやコナラが混じって生えているやや放置された森。森と道との間には湿地があり、ガマなどの水生植物が覆い茂っている。今は見る影もないが、おそらく昔は水田だったのだろう。道脇の草をかき分けて斜面を降りてみると、そこで、チョウセンアカシジミの幼虫の食樹であるトネリコがあった。よく見ると、近くに数本がかたまって生えている。にわかに緊張感が高まった。

蟻
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道のすぐ際にあったトネリコ。ハンノキにも似ている。

トネリコは、里山に自生する木だが、東北地方では、稲を干す“はさ木”として使われていた。“はさ木”には、ハンノキやクヌギなどが利用されるが、場所によって種類は違う。おそらくトネリコは、湿潤した環境を好むので、この地方では、田んぼの縁でよく育ったのだろう。ここで見たトネリコも幹がしっかりしていて伐採が繰り返されていた痕跡があったので、かつては、“はさ木”として並んでいたに違いない。

蟻
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いた!
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トネリコの葉にとまるチョウセンアカシジミのメス。

ついにチョウセンアカシジミを発見。羽化したばかりの瑞々しい個体だ。大きさは、10円玉くらいだろうか。翅は、山吹色の地に、白線と黒点で縁取られた橙色の文様が並んでいる。よくシジミチョウがするように、翅をゆっくりとすり合わせるように動かしている。飛び立つと、くすんだ山吹色にみえて、その姿は、アカシジミと似ているように思った。しかし、何度飛び立っても遠くには行かずに、すぐトネリコがある所に戻ってくるのが不思議だった。

蟻
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トネリコの葉を食べた幼虫の食痕(左) 幼虫が巣として利用し、枯らせた葉の一部(右)

トネリコの葉を見ると、特徴のある穴が開いている葉が各所にあった。これらは、チョウセンアカシジミの幼虫の食痕だ。さらによく見ると、あちこちに枯れた葉の一部がぶら下がっていた。これは、ここにいた終齢幼虫が巣として利用していたもので、幼虫がはいた糸でつながっているので落下していないらしい。幼虫が利用しているトネリコは、このように痕跡が残るのでよくわかる。

蟻
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幹の表面でめだつチョウセンアカシジミの卵塊。

トネリコの幹には、チョウセンアカシジミの真っ白な卵があった。幹の表皮はゴツゴツしてシワだらけだが、今回の場合は、くぼみの中ではなく、表面のツルツルした所に産み付けられているものが多かった。卵塊は、どれも地上から10〜50センチ位の低い場所で見つかった。

蟻
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チョウセンアカシジミの卵は、芸術作品のように美しい。

チョウセンアカシジミは、ほかのミドリシジミの仲間がそうであるように卵で越冬する。卵をルーペなどでアップして観察すると、立体造形物のように美しいので感動する。
卵は、翌春、トネリコの新芽から若葉が広がり始めるころに孵化する。その後幼虫は葉を食べて育つ。蛹になって羽化するのは、この地域では6月中旬からで、最盛期は、6月下旬だ。卵は、数個〜20個くらいを並べて産卵する。

蟻
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トネリコの葉で休むアマガエル(左) 電柱のように幹が太いトネリコ(右)

人家や田んぼの近くに、かつて“はさ木”に使われていたトネリコを見つけた。けっこう幹が太いものが多く。長年にわたって利用されてきたことがうかがえる。

蟻
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チョウセンアカシジミは、こんなに人家や田んぼに近い所にいる。

久々のチョウセンアカシジミとの出会いを堪能した。生息地が局所的とはいえ、彼らは、今でも田園の近くに生息する里山の住人には違いない。絶滅危惧種を守るためにも、トネリコが利用されるかつての農業環境が戻ってきてくれることを祈るばかりだ。

協力/小池啓一 大橋賢由
蟻
  • Profile
    今森 光彦

    (いまもり みつひこ)

    1954年滋賀県生まれ。写真家、ペーパーカット作家。
    人と自然が共存する琵琶湖周辺の里山を30年以上にわたって撮影してきた。
    近年は、「ニッポンの里山」をテーマに日本全国を旅し、ここ10年で訪れた里山は、200箇所をこえる。
    一方、熱帯雨林から砂漠まで、広く世界の辺境地も取材している。

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  • カブトムシ
編集後記
  • チョウセンアカシジミ…昆虫にやや疎い小生にとって、まったく初めて聞く名前だったのです。「ホクリクアカシジミ」?「チョウセンミドリシジミ」? ちがった…。種名が頭にインプットされるまで、結構な時間を要してしまいました。そんな昆虫マニアしか注目しないようなシジミチョウがいると聞いたとたん、またもや今森さんの眼がギラリと光ったのです。これは凄いチョウに違いない! 期待に胸を膨らませて食樹のトネリコを1本1本回り、丹念に葉の裏などを見ていくと…いた! 3本目にして、今森さん、ついにチョウセンアカシジミを発見。息せき切って追いつき、その姿を見ることができました。が…なんとも地味っ! 小生の目には、ちっぽけな、ただのシジミチョウにしか映りませんでした。このチョウも、今まで見てきた昆虫たち同様、人間とともに里山環境で生きてきた稀少な生き物であると聞きます。今回の連載で、はじめてその貴重な姿を垣間見ることができました。しかし…このチョウは編集担当的には、見た目があまりにも地味なのであります…。

    (編集部・K)