没後90年、文豪芥川の秘められた恋が小説化

(国会図書館所蔵)

 

「わたくしたちはおつきあひができないものでせうか」

「ぜひおめにかかっておはなししたいことがございます(略)京都や長崎までもまゐりたいくらゐに思ひます」

 今から90年前の昭和2年7月24日、35歳で自死を遂げた芥川龍之介に、情熱的な手紙を何通も書き送った女性がいた。芥川より14歳年上の歌人で、アイルランド文学翻訳家でもある片山廣子だ。

 7月14日に発売された『越し人 芥川龍之介最後の恋人』(谷口桂子著)は、芥川が晩年の数年間思いを寄せていた廣子の人生を、20年以上に及ぶ取材を元に描いた長編小説だ。

 芥川と廣子は大正13年の夏、避暑先の軽井沢「つるや旅館」で出会う。そのときすでに40代後半で、大学生の息子と女学生の娘を連れて逗留していた廣子は、菊池寛が「日本婦人中、もっとも学識ある婦人なり」と評したほど才色兼備の上流婦人。日本銀行の幹部だった夫を亡くし、文学三昧の日々を送っていた。

 芥川の親友である室生犀星、二人の愛弟子である帝大生・堀辰雄と廣子の一家は、軽井沢で楽しい夏の日々を過ごす。そこで惹かれあった二人は帰京後も手紙を盛んにやりとりし、翌年も軽井沢で再会した。

 しかし昭和2年夏、芥川は廣子に何も告げずに睡眠薬自殺を遂げた。そのとき芥川が遺した遺書には、廣子のことは書かれていなかったように思えた。しかし芥川の死後23年経った昭和25年、「もう一通の遺書」が突然公表される。そこには……。

 小説は芥川と廣子の恋、堀辰雄と廣子の娘の淡い恋、廣子と娘の葛藤、「田舎者」を自認する犀星の優しさと温かさなどを描きつつ、誇り高く情熱を胸に秘めた廣子の人生をじっくりと描き出す。作家の高樹のぶ子氏は「『華麗な軽井沢』から『戦後の無残さ』までの移ろいに、女の一生が実感できました」と読後感を述べている。

 なお、廣子から芥川への手紙は、今年になって富山市の「高志の国文学館」で公開され、インターネット上で読むこともできるようになった。

 芥川から廣子に宛てた手紙は、廣子の死後親族によって焼却され、一通も遺っていないという。

購入はこちら

コメントは受け付けていません。