東京裁判による自虐史観からの脱出を提言――百田尚樹氏「法の真理の前には〝右〟も〝左〟もない」

 終戦から72年。日本が侵略戦争を行なったことに疑義を挟んだり、戦争責任を検証したりすることは、一貫してタブー視されてきた。そうした戦後日本のあり方に、作家の百田尚樹氏が、『新版 パール判事の日本無罪論』(田中正明著、小学館新書)に書き下ろした特別寄稿の中で、疑問を呈している。

 戦勝国、ことにアメリカの言うことには決して逆らわない敗戦国・日本。その原点となったのが、日本の戦争責任を断罪した極東国際軍事裁判(東京裁判)だった。

「東京裁判によって刷り込まれた自虐史観から未だに私たちが解き放たれていないことを思えば、東京裁判を検証することは対米関係を含めきわめて今日的な問題なのです」

 と百田氏は述べている。

「われわれは冷静な理性をもって、東京裁判をもう一度見直す必要がある」――今回、新たに新書化されたこの本の著者である田中正明氏(故人)は、50年以上も前にそう書いた。しかし日本の現状は、事実関係を検証しようとしただけで「歴史修正主義者」のレッテルを貼られてしまうものだと百田氏は慨嘆する。

〝多くの国民と国際社会が共有している当たり前の歴史認識〟に異を唱えることは、責任ある国家として恥ずべき行為であるとする大手新聞社の主張は、すなわち「日本は歴史の解釈権を放棄し『敗戦国』として東京裁判史観に従って今後も歩み続けよ、というに等しいもの」だと百田氏はいう。

「たしかに日本は、東京裁判の『諸判決』を受け入れましたが、裁判を主宰した連合国(戦勝国)の主張を『当たり前の歴史認識』として受け入れる義務はありません」

 あの戦争を語り継ぐ世代も、移り変わっていく。父や祖父の戦争体験を、今度は自分が、子や孫にどう伝えていくのか。百田氏が『永遠の0』や『海賊とよばれた男』を書こうと思った理由もそこにあるという。父や祖父の体験は「けっして他人事ではなく、自分の血肉につながる話」であり、だからこそ百田氏は、「祖国のために懸命に戦い、結果的に敗れたりとはいえ、戦後は焦土から奇跡の復興を果たした偉大な世代の物語を、彼らが消え去ってしまう前に、感謝と鎮魂をこめて書き留めておかねばならないと思った」という。 

 それは、東京裁判の判事中ただ一人、「法の真理」に基づいて、無罪という結論を導き出したパール判決を世に知らしめ、罪悪感に打ちひしがれた日本人に再起を促したいと願った田中氏の思いとも通じる。

「『法の真理』の前には『右』も『左』もないはずです」

 子や孫に語り継ぐ当事者として、日本の罪とは何だったのか、冷静な理性をもって確かめておく必要があるのかもしれない。

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