「第3新卒」の意識を持てば、歳を取っても働けます――『九十歳まで働く!』著者・郡山史郎が語る仕事観と高齢者の働き方(後編)

 

 井深大、盛田昭夫という2人の経営者から薫陶を受けたソニー元常務の郡山史郎。著書『九十歳まで働く! こうすれば実現できる!』(WAC)には、彼らの考え方を始め、高齢者が楽しみながら働くために自身の会社での取り組みが紹介されている。インタビューの後編は、井深の教え、そして高齢者の仕事の見つけ方に話題が移った。

 

 ダモクレスの剣、という故事がある。古代ギリシャのダモクレスは仕える僭王・ディオニュシオスから王座に座ってみよと薦められたが、その上には鋭利な剣が髪の毛1本で吊るされていた。王位に就く者は常に緊張状態にあるということをディオニュシオスが示したもので、転じて、あえて困難な状況に身を置くことの喩えとなっている。

 

 郡山史郎はソニー在籍時代、井深大から「選択肢に迫られたときは、必ず難しい方を採れ」と諭された。まさにダモクレスの剣である。

 

「VHSとベータマックスのビデオ規格戦争がありました。ソニーが最初からVHSに乗っていれば、きっとうまくいったでしょうね。でも、我々はそうしなかった」

 

 ベータマックスの普及を目論んだソニーだったが、失敗に終わったのは周知の通り。しかし、井深の言葉を忠実に守ったからこそ、ソニーは得られたものがあったと郡山は続ける。

 

「VHSを開発したのは日本ビクターですが、後に経営不振に陥り、今ではケンウッドと経営統合しました。では、ソニーはどうか? もちろん、決して楽ではありませんでしたが、VHSでの劣勢を挽回するかのように8ミリビデオとハンディカムをつくり、コンパクトディスクをつくった。井深さんの教えが、ここで効いているんです」

 

高齢者に適した「個人事業主的」働き方とは?

 

 ビデオ規格戦争が真っ只中の1985年、郡山はソニー取締役に就任し、1990年には常務取締役となる。そして、ソニーの子会社社長などを歴任した後、2004年に現在も社長を務める人材紹介会社・CEAFOM(シーフォーム)を創業した。

 

 その仔細は、著書『九十歳まで働く!』で述べられているので、ここでは触れない。ただ、井深の言葉そのままに厳しい選択を採り続けていることは、郡山の生き方から窺える。

 

「本当は定年退職してから会社なんてつくっちゃいけないんです。ソニー時代の同僚にも、たくさんの退職金を起業に注ぎ込んで失敗した人は、いくらでもいます。また、著書を出すこともやっちゃいけない。自分の意が伝わらないことがありますからね。なぜ本意に反し、さらに面倒なことをしているのかといえば、やはり“後半戦”の生き方の経験者として高齢者の人々に良い働き方をしてもらえればという思いからなんです」

 

 郡山は、高齢者の働き方について「後半戦」という言葉を使う。前半戦にあたる20代~40代は、懸命に働き高い給料を目指していい。しかし、50代、さらに定年退職してからの後半戦の働き方は、それまでの経験を活かしつつマイペースに楽しくやるべきだと話す。

 

 だが、定年退職した高齢者が、新たな職を見つけるというのは決して楽なことではない。郡山もそれを率直に認めた上で、次のように課題を話す。

 

「政府のつくる法律、さらに人材を探す会社が設ける条件も厳しすぎることは言えるでしょうね。たとえば、『米国での勤務経験』『中国での勤務経験』などを求める会社がありますが、そういった条件を3つ、4つ……と設けていくと、該当する人はいなくなってしまいます。我々の会社には1万5000人の求職者が登録されていますが、それでも見つからないものなんです」

 

 定年後の求職者側にも、条件をなるべく少なくする意識が必要だという。そこで郡山は「第3新卒」という考え方を示す。

 

「以前、新卒・第2新卒(大学卒業後、数年しか経っていない新卒に準じる立場の人々)と同様に、定年を迎えた人を『第3新卒』として一斉採用する仕組みをつくってはどうかと、政府や人材業界に提言したことがあります。第3新卒は新卒と同じ20万円ほどの給料からスタートしますが、高齢者は30~40代の人ほどお金は要りませんし、基本的なビジネスのやり方は身につけているから、その点で競争力がある。結果的に一斉採用という仕組みは完成できませんでしたが、高齢者で働く人にはその意識が必要です。『私は東大出だから』『上場企業の社長をしていたから』とさまざまな条件をつける方がいるのですが(苦笑)、過去は捨てて新卒と同じ気持ちで新たな場所で仕事をするという志を持つのが良いのです」

 

 郡山が訴えるのは、何も安い給料で働けということではない。たとえば、フルタイムでなくても週1~2日の勤務で月5~10万円の賃金をもらえれば、年金を得ている高齢者にとって生活の足しになるし、「こんな歳になっても働いて給料がもらえる」というモチベーションにつながる。さらに、もっと働く意欲があるならば、同様の働き方を認めてくれる勤務先を2~3件見つけられれば良い。要するに、個人事業主(フリーランス)的な働き方を提言しているのである。

 

 では、そんな会社を見つけるには、どうすれば良いのか? 真っ先に思い浮かぶのが転職サイトを利用することだが、郡山は立ち止まって考えるべきと話す。

 

「別に、我々の会社がそうしたビジネスをしていないから、というわけではありません。我々自身もほかの人材会社と付き合いがありますしね。ただ、転職サイトで高齢者を求める企業は少ないですし、何よりも個人情報を登録することになるので、よく考えられた方が良いでしょう」

 

 そして、高齢者の求職方法として具体的に挙げられるのが、都道府県庁などの公的機関や信用金庫が行う支援の活用だ。

 

「特に信用金庫の場合は中小企業が主な顧客であり、その中には経験ある高齢者を求めている会社もたくさんあります。実際に、マッチングサービスを行う信用金庫がすでに現れていますね。現状では、必ずしもうまくいっているわけではありませんが、今後、企業は少子化でより多くの人材を必要とし、働きたいという高齢者も一層増えていくでしょう。公的機関、信用金庫以外にも、高齢者と企業をマッチングできる仕組みができてくると思います」

 

 もちろん、郡山が人材紹介会社を経営するのも、1人でも多くの「高齢者ビジネスマン」の誕生を願ってのことだし、自分自身がその範を示そうとしている。最後に、働く日々の中での楽しみを教えてくれた。

 

「今も朝7時半に会社へ着くように電車通勤していますが、そこにも楽しみがあるんですよ。車内を見ると『今日もあのおじさんは元気そうだな』、あるいは『あのかわいい女の子、今日はいないのかな』なんて思ったりしてね(笑)。ささやかでも毎日発見があり、こうした刺激は高齢者をより元気にしてくれると確信しています」

 

(了。文中敬称略)

郡山史郎(こおりやましろう)・実業家。一橋大学経済学部卒業後、伊藤忠商事を経て、1959年にソニー入社。1973年、米コングロマリットのシンガーに転職した後、1981年にソニーに復職。1990年、同社常務取締役。退任後はソニー子会社社長、クリーク・アンド・リバー社監査役などを経て、2004年にCEAFOM設立。82歳を迎えた2017年、『九十歳まで働く! こうすれば実現できる!』(WAC)を上梓した。