野村克也「イチロー封じはメディアを利用した」。今だから言える、秘話満載の野球史。


 
 野球評論家、野村克也氏(82歳)がヤクルト監督時代の1995年、絶好調のイチローがいるオリックス・ブルーウェーブと日本シリーズであいまみえることになった。
 
「このシリーズでヤクルトが勝つためのカギは、イチローをいかに封じるかにあった。ところが、いくらデータを集めて分析しても、弱点が見つからない。そこで、私はメディアを使うことを思いついたのである」。
 
 プロ野球発足の年に生まれた野村克也氏が、自身のプロ野球人生と、プロ野球80年の歴史を振り返った著書『私のプロ野球80年史』(小学館)で、ノムさんはそう明かしている。
 
「シリーズ前、記者たちに対して私は言い続けた。『イチローの弱点はインハイだ。インハイを攻める』。イチローにインコースを攻めてくると意識させるためである。そうすれば、バッティングに大切な右肩のカベを崩すことができると考えたのだ。さらに『イチローは打つときに左足が出ている。ルール違反ではないか?』とも発言し、心理的にゆさぶりをかけた」というのだ。
 
 実際、ヤクルトバッテリーは、第1,第2戦でイチローをほぼ完璧に封じ込め、これが最大の勝因となって野村ヤクルトは日本一を勝ち取った。さすがのID野球でもどうにもならない敵・イチロー攻略にメディアを利用したのだ。
 
 そこからさかのぼる1993年、巨人の監督に復帰した長嶋茂雄氏に対しても、野村監督はメディアを使って挑発した。
 
「天性のひらめきだけのカンピューター野球に負けてたまるか」「あれだけの戦力で勝てないのは何か問題があるんじゃないか」「審判はみんな巨人贔屓」……
 
 自分の発言にカッカすれば、冷静さを失い、それだけミスも起きやすくなり、付けいる隙ができると考えたのだ。実際、長嶋監督はメディアに対して人の悪口や批判を口にすることは滅多にないのだが、担当記者に「野村に負けると腹が立つ」と言ったそうだ。
 
 しかし、この長嶋批判には、もうひとつ大きな目的があったと、ノムさんは著書で明かしている。この頃Jリーグが発足し、野球人気、巨人人気に陰りが見えていたことに危機感を持っていた野村監督は、「もっとプロ野球を盛り上げなければいけない、そうしなければ、いずれ衰退してしまう」そう思っていたのだ。「長嶋がヒーローなら、私がヒール、すなわち悪役を演じれば、メディアがおもしろがって取り上げてくれるだろう」と考えていたのである。
 
 『私のプロ野球80年史』のなかで、ノムさんは、いまのプロ野球には「プロ意識」が欠けていると警鐘を鳴らしている。「お客様ファースト」の野球をやらなければプロ野球の明るい未来はないと。野球界を面白くするために、考える野球でプロ野球を改革してきたノムさんの語るプロ野球史。数々の「いまだから話せる」エピソードが、私たちが野球をさらに楽しむためのヒントを与えてくれることは間違いない。
 

 

購入はこちら