歴史ある地名が次々消えていく!――『番地の謎』著者が明かす「無形文化財」破壊の実態とは(後編)

 

 何百年も続く由緒ある地名が次々なくなっていることを危惧する地図研究者の今尾恵介さん。インタビュー前編ではその事例と理由を挙げてもらったが、どっこい、保存のために頑張っているところもあった。

 

 

 

――歴史ある地名を頑として守り続けたのが京都だったのですね。

 

 はい、京都の人には感服します。
 
 まずご存知のように、京都の旧市街の住所の表示は、東西南北を走る「通り名」と、「上る」「下る」「西入る」「東入る」を組み合わせた独特な方式です。たとえば上京区役所は「京都市上京区今出川通室町西入堀出シ町285番地」。この読み方は、最初に出てくる通り名の今出川通りに面していて、室町通りと今出川通りの交差点から西に進んだところにある、ということになります。仕組みが分かればとても便利な「道案内」表記です。この「上る」「下る」が一般的に使われるようになったのは室町時代からです。
 
 後半の「堀出シ町285」も古くから存在する町名ですが、通常は書かなくてもすみます。
 
 しかしこれが、京都の注目すべき点なのです。

 

――というと。

 

 京都には以前から、「堀出シ町」のような小さな町をいくつか括った「番組」という区割りがありました。これは、応仁の乱後、復興のために町の人々が作った地域組織です。江戸時代を通じて地域の自治の役割を担ってきたのですが、明治維新の際に、この番組ごとに、人々が資金を出し合って御上に頼らずに小学校を作ったのです。京都人の先進性に驚かされます。そして、この「番組小学校」の学区ごとに地番が振られたのが、「堀出シ町285番地」というような番地の表示になったのです。

 

――その地番が今も続いているということですか。

 

 その通りです。明治以来この住居の表示を守り続け、悪名高き昭和の「住居表示法」施行時も、京都の人は国の「お達し」を黙殺したのですね。その結果、由緒ある町名が今に続いているのです。京都市内だけで約5000の町名があるそうです。

 

――なぜ京都の人は黙殺したのでしょうか。

 

 これはもう推測ですが、これまで守ってきたものへの誇りや、東京からの「お達し」への対抗心ではないでしょうか。一方、大阪は住居表示法に基づいた改編を100パーセント行っています。商人の町らしい合理性を感じます。近くなのに、京都と大阪で対応が全く違うのが面白いですね。

 

――「地名は無形文化財」という今尾さんのお考えが京都では守られたわけですね。

 

 京都の人々の意識はすごいと思います。地名とは、昔と今を結ぶ糸みたいな部分があります。田んぼや畑がなくなっても過去を引っ張ってくることができる。ご先祖様はここで何をやっていたか、どんな暮らしがあったかを紐づけられる貴重な存在なのです。
 
 行政も国民も地名を大切にするという姿勢を持ってほしいと思います。今からでも遅くはないのです。実際、金沢市では市民と行政が連携し、平成11年から順次、主計町、飛梅町、袋町などの旧町名を復活させています。

 

――それ以外にも、この本では「番地の数字はどういう順番で振られるのか」など、住居表示の様々な仕組みや例外も詳しく記されています。知っていると見知らぬ土地でも便利だと思いますが、一方で今やスマートフォンやパソコンで行きたい場所がピンポイントでわかり、道案内までしてくれます。紙の地図が不要な時代になってきたのでしょうか。

 

 実際、国土地理院発行の紙の地図の売れ行きが激減していますよね。
 『ネット・バカ』という本がヒットしたニコラス・G・カーの著作に『オートメーション・バカ』(青土社)というのもあります。自動操縦の飛行機に乗っていて、機械に任せきりで話に夢中になっていると、異常を知らせる警告音がなるけれど、とっさに対処できなかったという話が出て来ます。機械に過度に依存するのは危険だということです。著者はさらに、スマホのナビゲーションのままに運転するのは、現在位置はどこでどう進めばいいのかということを考える認知機能を使わなくなるので、認知症になるのを早めてしまうのではないかというようなことを述べています。

 私も感覚的にはそう思います。地図を総合的に判断して現在位置や進む方角を考えるというのは、実は頭の疲れることです。でも、そんなに頭に楽をさせるとよくないだろうなと思います。

 

――スマートフォンが使えない状況もありますよね。

 

 バッテリーが切れたり、災害などで電波が入らない場合もあります。そんな時に、今いる位置を把握し、避難先や自宅などへのルートを自分で考えられる力をもっておかなくてはいけないのではないでしょうか。
 
 ベネチアに家族旅行に行ったとき、ここは迷宮のように道が入り組んだ町なのですが、娘がスマホの地図ですいすい歩いてしまうのです。すごい時代だと思いましたが、逆にこれでは「迷宮」を楽しめないではないかと(笑)。
 
 日本を旅行するときでも、その都市ならではの名産を眺めながら個性的な商店街を歩き、地域特有の造りの家を見上げつつ散歩したいという人には、やはりその地方で何百年続いてきた地名や通り名の住所の表示があると、旅の楽しさが増すのではないかと思います。
 金沢のように「主計町」とか「袋町」という表示があれば、ここはかつてどんな人が住んでいて何が行われていたのだろうかと想像が膨らみますよね。(了)
 

 

 

今尾恵介(いまおけいすけ)
1959年、横浜市生まれ。地図研究家。音楽出版社勤務を経て、フリーハンド地図制作者およびフリーライターとして独立。イラストマップ作成や地図・鉄道関連の著作に携わる。現在、(一財)日本地図センター客員研究員、(一財)地図情報センター評議員、日本地図学会「地図と地名」専門部会主査。著書に『カラー版 東京凸凹地形散歩』(平凡社新書)、『絶景鉄道 地図の旅』(集英社新書)ほか多数。2017年に『番地の謎』(光文社知恵の森文庫 左写真)を上梓。