【自著を語る】
浮き世離れしているからこそ、自分を取り戻せる音楽
クラシック音楽を、一生ものの趣味にする一冊

【自著を語る】

 

 

もしかしたら、一生親しむことがなさそうだったクラシック音楽を少しずつでも楽しむためにはどうしたらいいか。この本は、クラシック音楽の敷居を下げてきた音楽学者・岡田暁生氏による、もっとも明快かつ痛快な答えが見つかる一冊だ。まず、本書を著した目的から聞いた。

 

——クラシック音楽を聴くことを「語る」(書く)とはどういうことでしょう。

  また、その行為(「語る」(書く))によって先生は何を目指しているのでしょうか。

 

「音楽というものはあらゆる芸術で最もつかみどころのない、はかなくとりとめないものです。何せ聴いた端から消えていくわけですから。恐らく自分にとって、聴いた音楽について書くという行為は、この音楽という幻のような美女を何とか自分だけのものにしたい、その記憶を書きとめることで永遠に自分のもとにとどめておきたいという行為なのではないかと思います。そうはいっても、一瞬「言葉で捕まえた!」と思っても、すぐにするりとすり抜ける、消えてしまうわけですが。でもいつまでも自分のものになってくれないことこそが、音楽という芸術の最大の魅力だと思っています」

 

——クラシック音楽なんて一部の人間の贅沢で退屈な音楽だとよく聞きますが、

  果たして、「贅沢」で「退屈」な音楽なのでしょうか。

 

「クラシック音楽は端的に言って、19世紀のヨーロッパのお金持ちの音楽でした。今でもそれなりにお金持ちがファンの主流をなしていることは否定できないでしょう、いい意味でも悪い意味でも。では「お金持ち」とは何かといえば、それは単に預金通帳にいくらお金があるか、ではないと思います。ある意味で「富裕である」ことの最大の試金石は「余暇」だと思います。例えば私などがパリ、あるいはウィーン、あるいはローマに行ったとしても、それはあくまで出張であり、せいぜい1日2日余暇を楽しむくらいです。そのたびに私は「自分は富裕でないなあ~」とため息をつきます。用もなしに余暇を1週間2週間楽しむことが出来ないわけですから。その意味でクラシックの「退屈さ」 - これはつまり「長さ」でもあるわけですが - は、生活の余裕と関係していると言えるかもしれません。明日の授業のことやら、会議のことやら、株価のことやらが絶え間なしに気になる人間には、1時間も2時間も続く音楽にゆったりと浸る余裕がなかなか出来ないわけです。パリに2週間何の仕事もなしに滞在していいよと言われても、余裕のない人間はなかなか落ち着けない、逆に退屈してしまう、仕事が気になってしまう - それと似ているかもしれません。しかしこんな忙しない世の中だからこそ、クラシック音楽の「長さ」とじっくりつきあうことで、あくせくしない豊かな心の余裕をもう一度思い出すということも可能だと私は思います」

 

——この本は、どういう人に読んでほしいと思いますか。

 

「第一に、とてもクラシックに興味があるのだけれど、どうにもとっかかりがつかめない人、ですね。例えば私はワインに非常に興味がありますが、いつまでたってもとっかかりがつかめない。通の方には当たり前すぎて解説書にものっていないようなことがビギナーにとっては大切な情報だったりするのですが、そのあたりの基礎的な情報が意外にもなかなか見つからない。そんなポイントがつかめれば、ビギナーたちももっと気楽に安心してワインの世界に飛び込めるのです。それをクラシックにあてはめて強調するようにしました。そして第二に、やっぱりヨーロッパにあこがれをもっている人、かな。音楽は土地への憧れと結びついていますからね。クラシックに憧れるということはヨーロッパに憧れることとかなり不可分だと思います」

 

——最後に、 クラシック音楽を聴くことの喜びを教えてください。

 

「いったん面白さが分かれば飽きないことでしょう。恐らくワイン道などと似ていると思います。一生ものの趣味、ということですね。それと、“贅沢”で“退屈”な音楽なのかという問いで答えたこととも関係しますが、クラシックは今のご時世「浮世離れしている=アナクロ」だからこそ、逆に世間から少し引いて自分を取り戻す空間を与えてくれると思います。それともう一つ。クラシックを基本的に「中高年向き」だと、この年齢になって思いますね。僕も10代前半からクラシックが好きだったわけですが(「おじんくさい」青少年だったのかも 笑)、自分が「中年」になって今更のように、クラシックは年齢が行っても聴ける、年齢が行くほどよさの分かる音楽だと思います。というのも、今の音楽の大半は若向けなわけです。20代どころか10代がターゲット。恐らく20代後半にもなれば、流行の音楽からは自分が排除されている、自分がオジン・オバン扱いされてレッドカード退場を宣告されているような気分になることもあるのではないでしょうか。そこへ行くとクラシックは、「若い連中に何が分かる、年季が入れば入るほどよさの分かる恋もあるのさ」と、中高年が自信を取り戻せる、そんな音楽だと思います」

 

 

 

岡田暁生おかだあけお

音楽学者 京都大学人文科学研究所教授、文学博士。1960年京都生まれ。著書に『オペラの運命』(中公新書・2001年度サントリー学芸賞受賞)、『西洋音楽史』(中公新書・2005年)、『ピアニストになりたい!』(春秋社・2008年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『音楽の聴き方』(中公新書・2009年第19回吉田秀和賞受賞)、『すごいジャズには理由がある~音楽学者とジャズピアニストとの対話』(アルテスパブリッシング・2014年)、『メロドラマ・オペラのヒロインたち』(小学館・2015年)ほか多数。

 

 

 

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書名:クラシック音楽とは何か

著者:岡田暁生

体裁:四六判並製、320ページ

定価:本体1200円+税

発行:(株)小学館

 

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