私の編集した本
黒船時代の技法で撮る 失われゆく日本』
エバレット・ケネディ・ブラウン著・撮影
編集担当 楠田武治(小学館 第一児童学習局 読売KODOMO新聞)
2018.9

 

幕末の湿板カメラで現代日本を撮った

「湿板写真」ってご存じですか? 僕は、著者のエバレットさんから聞くまで詳しくは知りませんでした。そして、彼が撮影した「湿板写真」を初めて見て、僕は言葉を失いました。素晴らしい写真でした。湿板写真とは、一八五一年にイギリスのフレデリック・スコット・アーチャー氏が発明した古典写真技術です。日本の幕末時代に開発された写真なのです。
 現在、主に使われているカメラはデジタルです。しかし、それ以前にはフィルムカメラ、さらに前にはガラスをネガにしたカメラが使われていたのです。ガラスネガには、「乾板」と「湿板」の二種類があります。どちらもガラスに薬品を塗ることで感光させるのですが、乾板は「乾いた」状態で撮影し、湿板は「湿った」状態で撮影します。「湿板」は一八七一年に「乾板」が発明されると、あっという間に取って代わられました。わずか二十年だけ栄華を誇った写真技術なのです。
「湿板」が消えた大きな理由は、「ネガが湿っていなくてはならない」からでした。撮影現場に行き、ガラスに溶剤でネガを作る必要がありました。ネガが湿っている間に撮影し現像しなければならないのは、写真家にとっては大変な作業です。「乾板」には「湿板」のような面倒な制約はなく、とても普及し易かったからです。
 現在、湿板写真を撮影する写真家は世界でも多くはいません。しかも湿板写真の技術が日本にはあまり残っていないため、古典写真技術に詳しい人も少ないのです。著者は湿板写真を撮るためにアメリカのコダック本社まで行き、古典写真技師から湿板写真の技術を習得する必要がありました。著者の撮影スタイルは木製の三脚に、木製カメラ、真鍮製ボディのレンズを使います。ネガを作るだけでも二十分もかかり、露出計も使えないので露光時間は勘と経験で決めます。スマホ全盛の今、なぜこんな苦労の多い撮影技術で写真を撮らなくてはならないのでしょう。黒船が来航した当時の湿板写真のカメラを使い撮影しなくては撮れないものがあるからだそうです。デジタルでは捉えられない日本の伝統文化の面影を湿板で撮影し、現代の日本人に伝えたいというのです。著者が撮影したいのは、日本という国がまとう、失われつつある古い時代の面影です。それは「影」であり、「空気」のような微妙なものなのです。著者は湿板写真の技法に出合うまでは、試行錯誤を重ねても、納得のいく写真は撮れなかったそうです。しかし黒船時代の湿板技法で撮ってみて、初めてパズルのピースがぴたりとはまったというのです。
 黒船時代と言えば、一八五三年にアメリカ海軍のマシュー・カルブレイス・ペリー提督が「黒船」で日本の浦賀に来航しました。ペリーは外交官、軍人に加えて、科学者や画家、写真家を自費で随行させました。その中に写真家エリファレット・ブラウン・ジュニアがいました。著者はそのブラウン家の一員です。そんな彼が、黒船時代の撮影技法(湿板写真)で現代日本を撮り、日本語で書いてくれました。縄文土器から神道、華道、茶道、流鏑馬、公家、沖ノ島まで、日本の伝統文化を撮り、日本の未来につなげていくのが本書のテーマです。アメリカ人写真家による「新しい日本論」をご愛読いただければ幸いです。

 

 


『黒船時代の技法で撮る
 失われゆく日本

エバレット・ケネディ・ブラウン/著・撮影 
定価:本体1,500円+税
小学館・刊
四六判 256ページ
大好評発売中
ISBN 978-4-09-388612-3

 
 
 

 
 
 
 

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