「いまどきの若いもん」解体新書
[最終回]
2018.9

 

反田は、ポートレート、インタビュー、CDジャケットなど、場面によって、まったく違う表情を見せる。実際の反田は、非常に気さくで明るく、話し上手。「実はソリストだけのサッカーチームを作りたいんです。いまメンバーを募集中です」と音楽以外のことにも好奇心旺盛で、活動的な青年だ。

反田恭平(23歳)
1994年9月1日生まれ 
ピアニスト

二十歳で衝撃的なデビューを果たし、テレビアニメ「ピアノの森」にピアノ演奏で出演するなど、いま最も注目されるピアニスト・反田恭平が、理想のリサイタルのあり方、そして、ピアノの詩人ショパンとの向き合い方を語る。

Photographs:Maki Matsuda

 

いま最も勢いのある若手ピアニスト・反田恭平が
本物のショパンを弾くために実践していること

 デビューリサイタルではサントリーホール(東京・港区)の満員の聴衆を虜にし、昨年は全国ツアーで驚異的な観客動員数を記録、いま最も勢いのある若手ピアニスト、それが反田恭平である。
 この夏彼は、ベートーヴェンの三大ピアノソナタ『悲愴』『月光』『熱情』を中心にした全国縦断リサイタルを行なっている。もちろん、チケットは完売状態だ。
 ベートーヴェンの三大ピアノソナタは、『月光』の第一楽章、『悲愴』の第二楽章がCMに多く使われているため、日頃からクラシックを聞いていなくても耳にすると、“あっ、あの曲”と馴染みがある作品。ベートーヴェンの初期~中期を代表するものだが、コンサートでまとまって聞く機会は意外と少ない。なぜ、いまベートーヴェンの三大ピアノソナタなのか。反田は、こう解説する。
「クラシックを知らない僕の中学時代の友だちでも、ベートーヴェンの『エリーゼのために』や第九の交響曲くらいは知っている。つまり、ベートーヴェンは、音楽に興味のない人をも惹きつける魅力を持った大きな人間なのです。その彼の作品に取り組むことで、ピアニストとしての姿勢と、根本的に向き合える。そして、有名な作品ゆえに、いかに自分の色に染めて弾くかが求められる。二十代のいまって、肝の時期。だから、いろいろなことを考えながら弾かなければならない。今回の三大ピアノソナタを経て、中期・後期、そして晩年のソナタに取り組めるようになると思っています」
 反田のデビューは、二十歳のとき。テレビのドキュメンタリーでは、ピアニストとして活躍している彼を認めない父親の存在が描かれるなど、紆余曲折を経ている。それも、いま、このプログラムを組んだ理由と無関係ではないようだ。
「音楽をどう判断してよいかわからない父に高校のとき・結果を出してこい・といわれた。そこでは、コンクールで一位を取ることで、自分の本気度、自分の位置を確認させました。ただ音楽高校は、二、三歳からプロを目指して英才教育を受けた人ばかりで、既にデビューしている人もいました。その時期に、みっちり古典派を勉強したので、プロを目指すのは遅いスタートダッシュ。でも、それが僕にとってはよかった。普通に遊び、思春期や反抗期を迎えてからデビューしたことも含めてです。
 リストでデビューし、ロシア留学したので、僕はラフマニノフやチャイコフスキーのイメージが強いかもしれませんが、実は古典派は得意。このベートーヴェンのプログラムはデビューのときから考えていました」
 今回の全国縦断リサイタルの前日、北海道、福島、東京、名古屋、兵庫、福岡の六都市で、次のリサイタルが行なわれることも明らかになった。
「いまワルシャワで勉強して一年なので、プログラムは、オールショパンで組みました」
 こちらのチケットも、注目されている。
 スポットライトを浴びるステージで、いかに自己表現するか。それは、どんなものかと尋ねると、音楽に馴染みのない人にもわかるような譬えで話をしてくれた。
「ビジネスの世界では、たまたま居合わせた相手に、数十秒間で、プレゼンするというエレベーターピッチっていうのがありますよね。そんな感じと似ていて、二時間という時間と、ホールという空間で、いかに自己表現ができるかだと思います。
 僕は、リサイタルでの感動って、〇・一秒くらいの短い時間に起きると思う。それも大音量ではなく、最弱音のとき。オーケストラなどで、鳥肌が立つような感動もありますが、切ないような、人の感情を揺さぶるような感動は、やはり最弱音のときに起きる。プログラムは、そういうことも意識して組んでいます」
 演奏をしていて、観客の心を掴んだと感じる瞬間があるかを尋ねると、「あります、あります」と即答し、熱を帯びた声で、理想的なリサイタルを語り始めた。
「たとえばリサイタルで前半と後半四曲ずつ演奏するとします。一曲目は、お客様がいない空間でのゲネ(ドイツ語のゲネラルプローベの略。本公演前の総仕上げ的な稽古)と、お客様が入った会場の本番の響きが全然違うので、確認しながら弾いているところもある。二曲目、三曲目くらいからは温まって熱も出る。そして、休憩前の四曲目で、強い印象を残す。なぜかといえば、休憩の時間にお酒やコーヒーを飲みながら雑談し、そこで過ごす時間もコンサートの一部と思うからです。
 前半の直前、最後の作品で面白いコだねとか、サイン会もあるんだ、ならばCDを買おうといったことで、お客さんと触れ合うきっかけもできる。そこの時間を大切にしたい。だから前半の最後では、MAXの八割くらいまでテンションを上げます」
 この解説を聞いていると、反田が演奏する情景が浮かんできて、話に引き込まれていく。
「そして後半。理想のリサイタル形式は、静かに始まるのが好きです。前半とは異なり、こんな響きも出せるんだ、大音量だけではないんだ、と。さらに、最後の最後の最後の十五秒、三十秒くらいで、勝負が来る。その音楽のMAX、クライマックスのところで、自分のやりたいことが表現でき、イメージした音に近づけると今日はできた、掴めた、って感じます」
 アンコールでは、本演奏とは違った形で観客の心を掴む工夫をする。
「アンコールのときは、肩の力も抜けているし、好きな風にアレンジして弾くので、うわぁっと盛り上がります。あと、好きな曲しか弾かないし、弾けない。ジェラートのような、さっぱりとした食後感のような感情に持っていくことをイメージしています。それは選曲というよりも、そうした印象。
 面白いことに、関西ではバリバリに技巧的なものが盛り上がるんですが、東北では、しんみりしたのを弾いている印象がします。そんな風に、各地のお客さんといろいろと楽しめるのも、全国ツアーならではと思っています」

 

失恋したときに弾くのが本当のショパン

 反田はいまポーランド国立のフレデリック・ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)の研究科に在籍し、ピオトル・パレチニに師事して、ショパンを学んでいる。
 日本人にとって馴染みがないかもしれない彼の国について、反田は「自然が多く、緑がきれい。スープ、ソーセージ、(ザワークラウトのような)漬け物が美味しい」と話す。その一日は、こんな風だ。
「僕は呑気で夜型なので、完璧にオフのときには昼過ぎまで寝ています。で、起きて、ごはんを食べて、散歩をする。超インドア派なので、散歩すればいいほう。用事がないときには二、三日は、家にずっといます。
 普通の日は、朝九時くらいに起きて、学校に行く。すると、誰か友だちがいるので、一緒にごはんを食べようと、巻き込んで朝ごはん。その後、練習室が空くのを待ちます。一日二時間しか練習ができないので、二時間待って、二時間練習する感じ。後ろに待っている人がいなかったらプラス二時間練習しますけれど。それで練習が終わったら夜九時くらいには学校が閉まるので、それから夜ごはんをみんなで食べて帰るって、生活ですね」

↑普段はポケットにスマホと財布などを入れているだけで手ぶら。この日は、珍しく革製のクラッチバッグを持って現れた、中身は書類、CD、トミーヒルフィガーの香水、MINTIAなど。

 ただし、レッスンがあるときは特別だ。反田は、十八歳のときから三年半ロシアのモスクワ音楽院に留学する。その後、いまの学校に入学するが、外国に行ってレッスンで萎える経験をしたと打ち明ける。以前に留学していたロシアとポーランドでは、教え方も違う。
「ロシアでは、先生(ミハイル・ヴォスクレセンスキーらに師事)のレッスン内で答えを出さなければいけないけれど、出ないんです、答えが。どうしたら、(先生の言う)音が出るのかわからなくて、考える時間も三十秒くらいしかない。そして、イライラして、時間切れ。『宿題にさせてください』と持ち帰るけれど、なんでできなかったのか、と考える。
 一方、ポーランドでは、先生が答えを教えてくれるけれど、それができない。右利きの人が、左手で字を丁寧に書きなさいというくらいに難しいんです。些細なことなので、練習すればできるだろうと思うんですけれど、家に帰ると、できない」
 ただ本人は、あくまでも技術面の悩み事と捉えているようで、深刻そうな印象は見せない。先生からショパンを学ぶ際は、イメージする力を鍛えられている。
「きちんとイメージをすることができれば、(理想的な演奏を)実現できるということを言われます。さらに、それが実現できたとして、グッドとエクセレントの違いがある。その幅を広げる練習をしています。
 あと先生からはよく、ポーランド人と付き合いなさいと言われます。そして、失恋をしたときに弾くショパンが、ショパンだと」
 最近、師の言葉を実感する経験があった。
「すべては言語。先日ポーランドのオーケストラと弾いたとき、正直に言うと、難しかった。そのときに先生が、君のショパンは、まだポーランド人ではないという話が頭に浮かんだ。なんか弾いていて差を感じるのは、言語の壁なのかも……。メイド・イン・ジャパンではなく、メイド・イン・ポーランドのショパンを弾くためには言葉を学ばなくてはいけないんです」そのために反田はポーランド語の勉強にも力を入れている。
 反田恭平の名前は、テレビアニメ「ピアノの森」(NHK総合)の主人公・カイの先生役である、阿字野壮介のピアノ演奏を担当したことで広く知られた。第一シリーズは、カイがショパン・コンクールの最終予選の演奏をしたところで終わり、第二シリーズは二〇一九年一月から始まる。
 これだけショパンにゆかりがあるならば、二〇二〇年に開催される第十八回ショパン国際ピアノコンクールを意識しているはず。反田自身は、こう話す。
「いまコンクールはインターネットでライブ中継されたり、SNSで情報が広がってしまうので、受けづらい環境になっている印象です。でも、そういうことも踏まえて、自分が乗り越えられるという気持ちの面が整ったらコンクールも受けられるんじゃないかと思っています」
 現在クラシックの世界では、反田のような若手演奏家が登場したり、全国各地で野外フェスのような音楽祭が開かれるなど、静かな盛り上がりを見せている。「ハードル高い」「難しそう」といわれてきた世界にも、若ものが登場することで、景色が変わっていくのである。
 いま終わろうとしている平成年間は、右肩下がりの時代などと形容されるが、それは、大人が若ものを大事にしなかった結果起きている現象ではないか。そうであるならば、「いまどきの若いもんは~」と、過去のモノサシで、若ものを見るのを、止めてみてはいかがだろう。
 なぜならば、若ものこそ、希望の源泉なのだから。

 

 

 
 
 

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