自著を語る1
河治和香
『がいなもん 松浦武四郎一代』
2018.9

 

そして旅は続く

 松浦武四郎という人の小説を書いた。武四郎記念館の学芸員の山本命さんの話があまりに面白かったので「書いてみようかな」と思い、以前からの知り合いだった同じ松阪にある本居宣長記念館の吉田館長に相談したら、「カワジさん、武四郎は変人過ぎて小説にならないですよ」と言われて、ちょっと気持ちが萎えた。
 その松浦武四郎、北海道内では超偉人! で、銅像は三つ、記念碑に至っては六十あまりもあるという。なんだ、このギャップは?!
 武四郎という人は、筆まめであった。蝦夷地の探検をはじめ、全国行脚の旅日記、趣味の古物蒐集について、自伝、双六……などなど膨大な記録を残した。終活に際しての遺言状には『千亀万鶴』というタイトルまでついている。蒐集魔・記録魔だったのだ。
 準備期間もほとんどなく「qui la la」での連載が決まったので、とにかく毎月、翌月の分の資料を読んで書くだけで精一杯、膨大な資料のどこに何が書いてあるのか探す手間を惜しんで、武四郎記念館の山本さんに「あの資料はどこでしたっけ?」と泣きの連絡を入れてばかりいた(山本さん、ほとんど人間データベース状態!)。でも、小説を書くときは、いい資料と……こうした協力者に出会えるかどうかがキモみたいな気がする。
 一応、自分でもできる限り武四郎の書いたものには目を通したつもりだけれど、とにかく膨大なので、もちろん読み尽くせなかった。時間が足りなかった。それでも、日記を読んでいたら……、
 安政二年一月十二日に松浦武四郎は、「一勇斎国芳方へ蘭画を見物に行」と記しているのである。
 ……国芳?!
 私は以前、浮世絵師国芳の小説をシリーズで書いたことがある。
 あの国芳に……武四郎が会いに行っている?
 同時代人だから、別に会っていても何もおかしいことはないのだけれど、なんだか妙にコーフンした。国芳の娘の登鯉ちゃんにも会ったかしら? しかも、連れていったのは、絵師の柴田是真だったのだ。是真は国芳より年下だけれど、国芳が自ら弟子にしてくれと入門した人物。武四郎は、この国芳の家を訪ねる数日前に是真と知り合い、生涯を通じて交流が続くのである。
 奇を描いたら天下一品の江戸っ子国芳と、偏屈だけど絵師として漆芸家として名を轟かせた是真……そして若き日の奇人武四郎。
 この三人が一日どんな会話を交わしたのか、想像するだけで楽しい。どうやら三人は国芳の蘭画のコレクションと、二十キロくらいもある分厚い古銭譜全八冊を前におしゃべりに花を咲かせたようだ(本作には入れられなかったけれど、この三人の会話をスピンオフ作品にしたら、さぞ面白いものになることだろう!)
 そんな寄り道をしながら、武四郎の著作を旅するように過ごしたこの一年半だったけれど、連載中はイラストのりんたろうさんの描く武四郎にもずいぶん助けられた。りんたろうさんの描く武四郎は、私の武四郎のイメージとぴったりだった。りんたろうさんの本職はアニメ監督である。偶然その昔、角川映画で『カムイの剣』という作品を監督していて、そのときに武四郎のことを知ったという。
 ずっと、いろいろな人に助けていただきながら武四郎を追いかけて旅を続けていたような気がする。北海道のあちこちで、知り合いができた。まるで、松浦武四郎に導かれるみたいに……。
 そして人生という名の旅は、こんなふうにこれからも続いてゆくのだろう。

 

 


『がいなもん 松浦武四郎一代』
河治和香/著 
定価:本体1,700円+税
小学館・刊
四六判 320ページ
大好評発売中
ISBN 978-4-09-386510-4

 
 
 

 
 
 
 

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