自著を語る3
西谷格
『ルポ 中国「潜入バイト」日記』
2018.9

 

中国人と働いてみた

 運が良かったな、と思っている。こうして本を出せるとは、正直想像していなかった。さらに言うなら、『自著を語る』などと称して自分の本についてああだこうだと書くことになるとは……。あわわ、おそれ多い~! というのが正直な気持ちだ。いったい何を語ればよいのか。私は今、軽いイップスに陥っている。とはいえ、締め切りは今日だ。とにかく何か書かねばなるまい。
 本書は、私が中国に滞在していた二〇〇九~一五年の間に行った、数々の「潜入バイト」の記録だ。上海の寿司屋、反日ドラマ出演、パクリ遊園地の踊り子、婚活パーティー、富豪向けの高級ホストクラブといった職場を現地で経験し、その後は日本に帰国して、ツアーガイドや留学生寮の管理人の職に従事した。中国社会について大上段に構えるのではなく、彼らの側に身体ひとつで飛び込んで、ともに働くことで何かが見えてくるのでは──。というのが、この本のテーマである。
 そもそも、どうして私が中国に行くことになったかを振り返ると、立派なことは何も言えない。新卒で入った新潟の地方新聞社も、そのあと働いた週刊誌や業界紙の職場も、すべて追い出されるような形で辞めることになってしまったのが原因だ。学生時代から付き合っていた彼女にもフラれ、暗ーい気持ちで転職サイト「リクナビネクスト」の画面を眺めていたら、「フリーペーパーの編集者募集」の記事が目に留まり、よく見たら「勤務地・上海」とあった。上海かよ! と一瞬笑ってしまったが、日本ではライターとしてどうにも芽が出ず、行き詰まっていた当時二十七歳だった自分からすれば、「もうどうにでもなれ」と開き直るには丁度良い選択肢だった。大学時代に中国語は少し勉強していたし、二〇〇八年の北京五輪を境に中国への関心が高まっていた時期だ。中国で暮らせば語学ぐらいは習得できるかもしれないし、「中国に強いライターになれたらいいな」という思いも心の片隅にあった。まあ、やけっぱちな気持ちのほうが大きかったが。
 実際に中国で暮らしてみたら、驚くことばかりだった。タン吐きやポイ捨てといった衛生観念のギャップだけでなく、パジャマで外出、初対面で給与金額を聞く、常に大声、自己正当化が激しい等々、かの国の人々は習慣や文化の面でも日本人とかけ離れていた。とはいえ、「空気を読む」ような必要があまりなく、各自がフリーダムに生きている中国社会の居心地の良さにも気がついた。
 フリーペーパーの仕事を始めた頃、日本で面識のあった『週刊ポスト』の先輩記者が連絡をくれて、上海まで旅行ついでに遊びに来てくれた。その縁で週刊誌の仕事を再び受けるようになり、小学館のニュース雑誌『SAPIO』編集部からも声をかけてもらうようになった。フリーペーパーの会社は二〇一一年に退社し、その後は上海在住のフリーライターを名乗って活動した。
 二〇一四年夏、中国でマクドナルドのナゲットに腐りかけの鶏肉が混入していたという「腐敗肉事件」が起きた際、『SAPIO』の編集者と相談して上海の寿司屋で働くことを企画した。「中国人の衛生観念を探る」という狙いだ。すべて手探りの取材だったが、やってみたら意外とうまくいき、潜入できてしまった。その後はネタ探しに四苦八苦しつつも、どうにか七つの「潜入バイト」を完遂。一冊にまとめた。本書は「小学館ノンフィクション大賞」の最終候補まで残ったが、惜しくも(?)大賞獲得はならず。それでも三刷まで版を重ねることができ、苦労が報われた。
「次回作の予定は?」と聞かれることもあるが、はっきりしたものは、まだない。ほとんど運の良さだけで生まれたような本なので、次回も運任せになるかもしれない。運の良さというのは、図らずも中国に渡ったこと、中国社会の“雑さ”が自分の性格に合っていたことなどだろうが、良き助言と激励をくれる編集者と会えたことも、大きいと思っている。当初はやむを得ず渡った中国だったが、結果的にはそのおかげで他人とは違う経験ができ、本書を書くことができた。人生というのは、わからないものだ。

 

 


『ルポ 中国「潜入バイト」日記』
西谷格/著 
定価:本体800円+税
小学館・刊
新書判 256ページ
大好評発売中
ISBN 978-4-09-825328-9

 
 
 

 
 
 
 

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