自著を語る2
翔田 寛
『人さらい』
2018.11

 

立ちはだかるハードル

 新著『人さらい』が刊行の運びとなった。
 前作『真犯人』と同様に、静岡県警の(くさ)()(さとる)警部補を主人公としたミステリー小説で、続編として執筆したものである。そのうえ、『真犯人』が、五歳児尾畑守の誘拐事件を物語の中心軸に据えて、昭和の未解決営利誘拐事件と平成の殺人事件が、四十一年の時を隔てて絡み合うという構造だったのに対して、『人さらい』にも、共通項が指摘できる。本作もまた、十歳の少女村木千夏が誘拐されて、一億円という途方もない身代金を要求する脅迫電話が掛かったところから、物語の幕が開くのだ。しかも──おっと、これ以上はネタバレになるので、興味を持たれた諸兄には、是非とも、拙著をご一読いただきたい。ともあれ、誘拐を題材とした小説は、古今東西、枚挙に(いとま)がないと言っても過言ではないだろう。しかし、新たな《誘拐小説》を執筆しようとするとき、そこには必ず、一つの大きな難問が待ち構えている。それは、身代金の奪取の手段にほかならない。
 人が誘拐されれば、犯人がどれほど脅しを掛けても、家族は必ず警察に通報する。つまり、十重二十重に張り込んでいる捜査員のただ中に置かれた身代金を、いかにして手に入れるかが、執筆者の腕の見せ所ということになる。しかも、その手段は、荒唐無稽な機械を用いたり、犯人にとって都合のいい架空の土地や自然を作り上げて、それを利用したりしたものであってはならない。現実に存在する状況設定や実在の地理に立脚したものでなければ、到底、読者は納得しないのだ。携帯電話やGPSなど、最新の科学的技術が警察に有利に働き、犯人に不利な要素となる点もまた、目の肥えたミステリーファンには誤魔化しが利かない。さらに、過去の《誘拐小説》で一度も使われたことのない方法という、極めて高いハードルが加わることになる。つまり、《誘拐小説》を作り上げることは、新たな身代金奪取の手立てを見つけ出すことと言い代えることができるかもしれない。
 私が《小説推理新人賞》を受賞した短編「影踏み鬼」は「かどわかし」を題材としたものだった。「かどわかし」という言葉で、この小説が江戸時代の《誘拐小説》と見当がつくだろうが、ここでは、(みず)稲荷(いなり)の中に置かれた布袋の中の五百両が、衆人環視の中で、鉛の板にすり替えられるという、不可解な設定となっていた。一見、絶対に不可能な事態を最初に設定して、それを現実の諸条件の中で可能にする筋道を見つけ出す。小説を構想するとき、実は、こんな筋道で考えてゆくのである。そして、『人さらい』でも、警察の厳重な監視の中で、一億円もの身代金を、いかにすれば《()き消す》ことができるか。こうした問いを端緒として、今回の『人さらい』の構想を作り上げていった。しかも、《静岡県》という地理的条件がそこに加わるのだ。
 むろん、元々が不可能と思わざるを得ない事態の設定だから、そんなにたやすく、可能になる筋道など見つかりはしない。それでも、絶対に諦めずに、七転八倒しながら、考え続けた。悩んだときは、現地に赴くのも有効な方法だ。今回、小説の舞台の中心は浜松に設定した。静岡県民なかんずく浜松市民なら、「浜松まつり」を知らない人はいないだろう。某月某日、(たこ)()げ合戦の会場を見学した後、近くにある《浜松まつり会館》を訪れた。そして、「浜松まつり」の豪壮な大凧揚げや、祭りに参加する人々の熱狂ぶりに大きな感銘を受けたのだった。やがて、帰り際、会館の女性職員の方が口にした何気ない一言を耳にしたとき、絶対に不可能と諦めかけていた《身代金奪取》の新たな奇策を、瞬時に思い付いたのである。

 

 

『人さらい』
翔田寛/著 
定価:本体1,500円+税
小学館・刊
四六判 272ページ
大好評発売中
ISBN 978-4-09-386520-3

 
 
 

 
 
 
 

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