日本古代史研究者、
三上喜孝(国立歴史民俗博物館准教授)
がおくる
歴史に埋もれた人々の
リアルな声を聞くエッセイ。
表舞台では語られることのなかった
いにしえ人たちの独り言。
それを解読する作業は、あたかも
迷宮をさまようかのようだ・・・。
気鋭の歴史学者・三上喜孝が、
今回もまた、いにしえ人たちが残した
迷宮へと進んでいく・・・。

日本古代史研究者、
三上喜孝(国立歴史民俗博物館准教授)がおくる
歴史に埋もれた人々のリアルな声を聞くエッセイ。
表舞台では語られることのなかった
いにしえ人たちの独り言。
それを解読する作業は、あたかも迷宮をさまようかのようだ・・・。
気鋭の歴史学者・三上喜孝が、
今回もまた、いにしえ人たちが残した迷宮へと進んでいく・・・。

 歴史上の人物の評価は、時代によって変わりうる、ということを、前回述べた。そのことを実感した私の調査経験について、お話したい。

大学の教員をしていた頃、就活をしていた学生が相談にやってきた。

山形県酒田市の亀ヶ崎城跡から出土した木簡の調査に関して、あと一つだけ書いておくべきことがあった。

なぜ私は、古い文字を解読するという迷宮に入りこんでしまったのか。その原体験をたどると、どうやら大学生のときの体験に行き着く。

山形県酒田市の亀ヶ崎城跡から出土した木簡群は、戦国時代から江戸時代初めにかけての、権力者の贈答の実態を知る、またとない資料群であることがだんだんとわかってきた。

山形県酒田市の亀ヶ崎城跡から出土した「さたう一斤」と書かれた円形容器の蓋は、現代の私たちにとって身近な存在である「砂糖」について、歴史的に考える必要があることを私に教えてくれた。