阿蘇山に戦乱の予兆を見た、いにしえ人

 前回述べたように、過去の火山噴火に関する記事を見てみると、何らかの不吉な出来事の予兆であるとする考え方が広く存在していたことがわかった。


 前回では触れられなかったが、熊本県の阿蘇山も、秋田県の鳥海山と同じように、戦乱を予兆する火山と考えられていたようである。『日本三代実録』という歴史書の、貞観8年(877)2月14日条には、肥後国の阿蘇山に関して次のような記事がみられる。


「阿蘇山(中岳の火口群)」
(写真中央が第一火口、左が第二火口。熊本県阿蘇市・阿蘇郡南阿蘇村©環境省)

「神祇官(朝廷の祭祀をつかさどる役所)が『肥後国の阿蘇大神(阿蘇山)が怒りをため込んでいます。これにより、疫病が起こり、対外的な戦争が起こる恐れがあります』と、天皇に奏上した。そこで天皇は命じて、国司が身を清めて神社に奉幣し、さらに仏典を読むなどして、疫病や戦乱の災いを消し去るよう命じた」


 正確にいえばこのとき、阿蘇山は噴火していないのだが、噴火が起こる手前の、怒りをため込んでいる時期だと神祇官が判断したらしい。実際、貞観8年のこの年は、海の向こうの新羅の海賊が襲ってくることにそなえて警固につとめさせたり、兵士に対して軍事訓練を徹底させたりしているので、軍事的脅威は現実のものであったようである。朝廷の神祇官が阿蘇山の自然現象にとくに注意をはらっていたことは、火山噴火と現実の脅威がやはり結びつくと考えられていたことを示している。