戦国時代の「遊び」

 山形県酒田市の亀ヶ崎城跡から出土した木簡の調査に関して、あと一つだけ書いておくべきことがあった。


 亀ヶ崎城跡出土の木簡群から、戦国時代における贈答の風習がよくわかることはすでに述べたとおりだが、贈答の風習だけではない。「遊び」の実態がわかる木簡も出土した。


 長さ3センチ、幅1.5センチほどの小さな細長い板の一端に「二」が、反対側の一端に逆方向から「一」が、そして裏面には「ウ」と書かれているだけの木簡である。



 a片

・(表面)二  一 (天地逆)

・(裏面)   ウ

 b片

・(表面) 信重

・(裏面) 信




亀ヶ崎城跡出土の闘茶札(山形県教育委員会所蔵)


「これは闘茶札ですね」

「闘茶札、ですか」


 私はこの木簡をみてすぐにわかった。なぜなら、以前にも何度か、似たような木簡に出くわしたことがあるからである。


 では、闘茶札とは何か?


 闘茶とは、中国宋(そう)代の遊芸で、本来は茶の品質の善悪を競うものであった。鎌倉時代に日本に伝来し、茶の種類を飲み当てる競技として流行した。「本茶」(京都・栂尾<とがのお>の茶)と「非」(栂尾以外の産地の茶)を飲み当てる遊びや、3種ないし4種以上の茶の同異を当てる遊びなどが行われた。もちろん、たんなる遊びではなく、一種の賭け事である。闘茶札は、この競技の際に使用されたのである。


 たとえば、闘茶札の中には、札の一端に「本」、反対側の一端に逆方向から「非」が書かれているものがある。自分の飲んだお茶が「本茶」の場合、「本」と書かれたほうを差し出し、本茶以外の場合、「非」と書かれているほうを差し出すのである。札の端っこに、それぞれ逆方向から文字が書かれているのは、そのためである。


 亀ヶ崎城出土の木簡の場合、「一」と「二」が、札の両端に、それぞれ逆方向から書かれていることから、自分の飲んだお茶が一番なのか二番なのかを当てる際に使われた闘茶札であったと考えられるのである。


 では裏面に書かれた「ウ」は何を意味するのか。これは客茶といって、茶会の主催者が出したお茶のことである。「客」のウカンムリを表現している。これに対して「一」「二」といった数字は参会者が持ち寄ったお茶のことである。参会者が持ち寄ったお茶はあらかじめ試飲したのに対し、客茶は本番で出したという。


 つまりこの闘茶札は、自分の飲んだお茶が「一」なのか「二」なのかはたまた「客茶」なのかを当てるための札なのである。