「歴史上の人物」は尊敬の対象になりうるか?

 大学の教員をしていた頃、就活をしていた学生が相談にやってきた。


「就職の面接で『尊敬する人物は?』と聞かれたら、親とか先生とか、身近な人を答えてはいけないそうです。歴史上の人物を答えるようにと言われました。でも私が本当に尊敬するのは両親なんです。どうしたらいいでしょう?」


 私は驚いた。「本当にそんなことをいわれたの?」

「ええ」


 就活の面接の時に尊敬する人物を聞かれたら歴史上の人物を答えなければならない、というのは、たぶん都市伝説のようなもので、肉親と答えたら面接で落ちるとか、実際にはそんなことはないと思う。おそらく、身近な人をあげるのは安易なので歴史上の人物をあげて自分の知識を披露するのがよい、といった程度のことなのだろう。



 しかし歴史を勉強している私からすれば、会ったこともないような歴史上の人物を尊敬することほど危なっかしいことはない。


 なぜなら、歴史上の人物の評価は、時代によって変化するものだからだ。歴史の研究者といえども、歴史上の人物の本当の姿にせまることは、実はとても難しい。

 いま私たちが知りうる歴史上の人物の評価というのは、あくまでも現在の私たちの価値観にもとづく評価にすぎない。もっといえば、私たちの時代に都合のいいように、その人物を評価してしまっている可能性もあるのだ。