魚食が危機だ

僕が日大の水産学科を卒業した翌年(1978年)に、遠洋漁業学という専攻は廃止され、学問そのものが消えた。その後、水産学科も日大から消えた。今は、生物資源科学部の海洋生物資源科学科という名称である。海の生物資源を科学しているようである。遠洋で魚を獲る産業は、消えつつある。個人的には少し寂しい。

でも、遠洋漁業の漁師になることを目指す夢は破れたが、シーカヤックと出会い、僕は今も海と関わり続けている。なぜ海と関わるか。それは何より魚を食うのが好きだからだ。特に刺身。僕はほとんど毎日、刺身を食らっている人間だ。

日本人全体が食う魚介類は3500種といわれる。これほどの種類の魚を食う民族は、他にはいない。回転寿司のカウンターには、驚くほど豊富な種類が用意されている。しかも地方によって様々なネタがあり、回転寿司は世界に類を見ない日本の魚食文化の見本市だ。

ところが、近年はビンチョウマグロが寿司ネタになっているのに驚く。遠洋漁業実習で半年ほどマグロ延縄漁を経験したが、当時僕らが獲っていたビンチョウマグロは、ツナ缶の材料にするためで、刺身で食べるものではなかった。

それが、今やビントロだ。割に旨いとは思うが、ビンチョウマグロが寿司ネタになったことに僕などは危機感を覚える。サケもサーモンと呼ばれ、ほとんどが輸入物。今や日本で食べられる魚の半分が輸入物だ。

刺身は、日本固有の文化だ。魚の生身を切り身にさばき、切り身をさらに薄く引いていく。刺身包丁はかつての刀鍛冶たちの技術を活かし、鉄が鍛えられ研ぎ澄まされたものだ。包丁の引き方で味が変わるほど繊細な調理、それが刺身である。刺身は単なる生魚じゃない。包丁の切れ味と引き方の技術が成し得る芸術である。などと、刺身好きの僕は思っている。異論はなかろう。

刺身の材料は、新鮮な魚である。僕の本来の出身地である熊本では、新鮮な魚を「ブエン」と呼ぶことがある。これは方言かと思っていたら古い日本語だった。「ブエン」は「無塩」と書く。冷蔵庫がない時代、魚は保存のために塩漬けにされていたが、「無塩」つまり塩をふっていない新鮮な魚という意味だそうだ。獲れたての、塩をふっていない魚を津々浦々で食べることが、海民たる日本人の喜びだった。だが今、日本にはブエンどころか、冷凍の輸入物でないと刺身が食えなくなる。そんな危機が迫っている。

それほどまでに日本沿岸には魚がいなくなっており、近年の日本の漁獲量は急激に減少している。

近年まで、日本人は1日1人あたり100gぐらいの魚を食っていた。アメリカや中国などでは20g程度でしかなく、世界の主要国では日本が断トツの消費量だった。しかし、日本人の魚の消費量は年々低下して、ついに平成18年には1日1人あたりの魚介類と肉類の消費量が逆転し、平成21年の数字を見ると肉類82.9g、魚介類74.2gとなってしまった。

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