シーカヤックと海の森

僕がシーカヤックを漕いで海を旅し始めたのは、昭和の時代が終わりに近づいていた1987年(昭和62年)のこと。カヤックというのは、極北の人々が、過去数千年間に渡って使用してきた漁猟用の手漕ぎ舟のことだ。元来は細い木を組み合わせて作った骨組みに、アザラシなど海獣(海洋哺乳類)の皮革を張り、クジラの腱で縫い上げていた。

今のシーカヤックは、素材をプラスチックに変えて甦らせたものである。用途も、漁猟から海を旅するための道具になった。僕はこのシーカヤックを使って、台湾〜九州、西表島〜東京湾といった遠征も経験してきた。最近の8年間は、年に1回、瀬戸内海を東西に横断している。漕いだ距離は2000キロ以上になった。この横断は今年も続ける。

海の旅は、重ねれば重ねるほど楽しみは拡がる。そして海の知識も増えてくるが、僕はあることに気付いていた。それは海が荒れてきた時、シーカヤックが逃げ込むことができる「避難場所」が、どんどんなくなっていたことだった。

何しろシーカヤックは、手漕ぎだ。海が荒れ始めると、いともたやすく波に翻弄される。だから常に海の表情を読みながら進んでいき「なんだか天気が怪しいな」と感じたら、「それっ!」とばかりに避難するのである。適当な浜や漁港に上陸するのが手っ取り早いが、いつもそういう場所があるとは限らない。

どこにも上陸できるような場所がない時には、どうするか。そういう時は「藻場」、つまり海藻や海草が密生している場所へ逃げ込もうと考える。藻場は、生い茂った(繁茂した)海藻が、まるで海の中の森林のような風情なので、海中林ともよばれる。要は海の森だ。海中林のある沿岸域に入ると、海は急に穏やかになる。

海の森は、波のエネルギーを止めてくれる存在であり、シーカヤックにとっては避難場所というわけだ。ところが、この海の森が、日本の海から姿を消しつつある。海のエネルギーを押しとどめる存在が消えつつある。こいつが特に深刻だ。

陸の森が消えていると聞けば、今や誰もが危機感を持つに違いない。海の森は、陸にいると見えないから気にならない。でも、消えている事実を知れば、みんなも危機感を持つに違いない。だからそんな事実をこれから報告していく。

とにかく、日本の、いや世界中の海の森が、消えようとしているということだけは、知っておいてほしいのだ。そしてそれが海の危機だということを。

next >