• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第25回  テロの「悪の循環」から抜け出すために日本ができること

 

 2018年も世界のいろいろな場所でテロが起きています。テロが最も多かった2014年からは徐々に件数が減りつつあるが、それでも世界各地で毎年2万5千人以上の方が亡くなっています。
 テロの悲惨なニュースを見るたび、僕はやりきれない思いになります。なぜ世界からテロがなくならないのか、なくすためには一体どうしたらいいのか。今回はテロについて考えてみましょう。

 そもそも、記録が残っているものに限っても、政治的集団や宗教的集団によるテロ行為は古代ローマ・ギリシャの時代から続く、数千年の歴史を持つものです。人間のいるところに戦争があり、テロがある。残念なことですが、相手を不法な力でねじ伏せようとする行為は人間につきものなのかもしれません。

 

テロをしにくくする方法と、テロをしたくなくなる方法

 テロの予防策には各種ありますが、大きく分けるとハード対策とソフト対策があり、そのうち、ハード対策にはテロを未然に防ぐ警察行為や、「テロとの戦争」と言われる軍事行動が含まれます。つまり、実践的な対抗策ですね。
 僕は、この「テロとの戦争」という呼び方には反対です。戦争というのは、国家や国家に値する組織との戦いに用いる用語であるはず。「テロ」は国ではなく、手段です。テロと戦う時、具体的に誰と戦うのか? 勝った場合は誰が降伏宣言をしてくれるのか? 何をもって勝利とするのか? こんな質問にも答えられない、漠然とした戦いに、戦争の名義を使うのは乱暴すぎると思う。

 そして実際、「テロとの戦争」という名目で軍事行動に出ると、本当の戦争ほどの殺戮になってしまいます。数千人、数万人しかいないテロ組織を相手に戦っていても、その数十倍もの一般市民が巻き込まれる可能性がある。非人道的な行為だけではなく、非効率的な作戦でもある。この後にもっと詳しく説明するけど、例えば空爆で殺した数のテロリストより、そこに巻き込まれた市民と、その家族の中から恨みをもって新しく生まれるテロリストの数が多いという試算もあります。

 「テロとの戦争」を行う国の国民も苦しみます。戦争に伴うのは「非常事態」。政府による、国民の監視や人権法などの一時停止、経済活動の管理などが強化されるのは当然のこと。その言葉を使った途端、そのために何をしても許される空気になってしまいます。漠然とした戦いでも、国民のプライバシーや自由の侵害が伴うのは、テロ戦争の危険な傾向です。
 ですが、未然にテロや犯罪を取り締まろうとする行為は、必要だと思います。以前のテロ攻撃の実行犯や共謀犯の取り締まり、資金ルートの凍結、マネーロンダリング対策、武器交易の規制強化、入国審査の厳正化など、“テロをしにくくする方法”はいろいろあります。これらは戦争ではなく、警察行為や通常の立法過程を踏んだ規制強化です。これらには大賛成です。

 2017年6月には、サウジアラビアとエジプト、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)の4カ国がカタールとの国交を断絶しましたが、それはカタールが「アルカイダやISIS(自称イスラム国)をはじめとするテロ組織に資金援助している」という理由からでした。このように複数国で連携を進めてテログループの資金源を断ち、封じ込めるという方法もあります(この案件の裏には、カタールがイランと接近したことや、「小国のくせに出しゃばっている」と、アラブ社会のリーダーと自称するサウジアラビアの恨みを買ったという動機もあると言われますが、テロの資金を断絶する例としては参考になる)。

 軍事力や警察力を駆使するハード対策に対して、教育、外交、経済などを通して、“テロが生まれやすくなる要素を減らす”のがソフト対策です。なぜ、過激な思想が生まれるのか。なぜ、彼らは勢力を広げ続けているのか。テロリストになりたがる人たちの気持ちを理解し、根っこの部分(要因)について分析するのです。それは思想によるものなのか、それとも経済環境によるものなのか、または為政者によるものなのか。テロ犯は実際に宗教や過激思想に熱狂しているのか、はたまた「ビジネステロリスト」なのか。相手の不満や怒りは、どこに起因しているのか……。
 相手の置かれている環境を意識し、相手の意図や感情を尊重することで、テロリストたちの人物像を把握できる。それをもって、少しずつ敵対要因を減らしていくような宥和策も可能です。ハード対策も大事だけど、テロを本当に根絶するなら、こんなソフト対策も欠かせないと思う。

 テロリストには若者が多く含まれるから、若いうちに有意義な社会活動ができる環境を整えることも必要でしょう。若者が「戦うことこそが正義だ」と思い込み、過激思想へのめり込んでいくのを食い止めるには、教育の徹底や産業の育成なども重要になります。テロリストになる者は、はじめからテロリストとして生まれるわけではありません。環境や思想が彼らをテロリストにするのです。ソフト対策には長い時間がかかりますが、若者が過激な思想へ傾倒しないような環境をつくることが最も大切です。
 例えばサウジアラビア。王室のサウジ家は政府の権限を支える「ワハビ」という原理主義の宗派を支援し、その教えを広める「マドラッサ」という学校をイスラム圏各地に設置したりしています。アメリカと密接な関係にある同盟国にもかかわらず、9.11の同時多発テロの犯人19人中15人がサウジアラビア人でした。
 でも最近では、モハンマド・ビンサルマン皇太子の指導のもとでテロ対策が強化されています。テロ組織の取り締まりや他国の諜報機関との連携促進など、ハード面にも注力しつつ、ソフト面にも集中しています。若者が有意義な仕事ができるような経済改革を目指し、女性の自動車運転を許可したり、映画館を解禁したりして、宗教法の緩和も進めています。また教育内容も大きく変えようとしています。8万人もの学生を留学させているのは、彼らが海外から知識とともに現代の価値観を持って帰ることを期待しているからです 。

 サウジの方向転換が本物かどうかは長い目で審査しないといけませんが、こんなハードとソフトを組み合わせた対策が成果をみせれば、他国にとってのお手本になりうるかもしれません。他国の改善を手助けすることもできるはず。外交ルート経由で他国の政治家や政府に圧力をかけることもできる。有識者や文化人などが呼びかけて、文化的な圧力をかける手もあります。
 でも、最も友好的なのは個人の交流ではないかと思っています。僕個人も、アフガニスタンの荒地で銃を持ってテロリストを狩るのは絶対にやりたくない仕事だけど、イスラム教徒と話し合い、理解し合い、友好関係を築き合うことは、喜んでできるテロ対策ではないでしょうか。

 

テロリストを根絶するための戦争で、むしろテロリストが増えた

 ハード対策がいいのか、ソフト対策がいいのか。この15、6年間、僕の中でも揺れ動いています。もちろんソフト対策の方がいいとは思うけど、ハード対策による効果も見逃せないからです。
 例えば、2017年7月にはISISのイラク最大の拠点モスルがイラク軍によって制圧、10月にはISISの「首都」とされたラッカがシリア民主軍によって制圧されました。これにより、ISISはイラク国内からはほぼ一掃されたと言われています。

 日本では、2017年7月11日にいわゆる「共謀罪」法(改正組織犯罪処罰法)が施行されましたが、これに対しても僕は反対ではありません。確かに、この法案を成立させるためにテロへの不安を利用して強引に押し通した政府のやり方は、正直まずかったと思う。法律の必要性や重要性を、もっと正面から丁寧に説明するべきでした。法の実行範囲の制限ももっとはっきりすべきでした。日本には戦前の治安維持法という負の歴史もありますから、今後は権力の乱用や捜査当局の身勝手を許さない仕組みを整える必要があるでしょう。
 ですが、テロ対策はやはり大事ですし、実際に最近は入念な対策によってテロを未然に防ぐ確率も(少しずつですが)上がってきています。共謀罪法のような法律で、犯罪を計画段階で取り締まっている国もたくさんあります。世界的にテロが横行しているため、国同士が連携して情報を共有する必要もあります。

 ですから長期的な視点でソフト対策を進めつつ、ハード対策も行うのがテロ対策の基本でしょう。
 それでも、悲惨なテロが起きて大勢が巻き込まれるのを見るたびに、「こんな状況は一刻も早く終わらせなければ!」という焦りと怒りを感じ、ハード対策に偏りたくなってしまうのです。その心情は、多くの方も同じかもしれません。

 実際に、それが現実化したのが2003年のイラク戦争でした。
 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロでは、3025人の方が亡くなり、6000人以上の方が負傷。初めての本土攻撃によって、アメリカ社会は大きなショックを受けました。そして同時多発テロ以降、アメリカ国民は大きな恐怖や不安を感じながら暮らすようになったのです。人種問題に過剰反応するようになり、イスラム世界を敵視するようになりました。イスラム教の寺院や学校、コミュニティセンターなどには脅迫や嫌がらせや迫害が続き、銃撃する人もいました。さらには、イスラム系以外の有色人種に対する差別感情も沸き起こったのです。そうした傾向の原因は100%「9.11」にあるとは言い切れませんが、少なからず影響していると思われます。

 ブッシュ政権では「アメリカ存亡の危機」という言葉が盛んに使われるようになり、「テロとの戦争(War on Terrorism)」を力強く宣言したブッシュ大統領への支持率は90%以上にのぼりました。皮肉にも、テロ攻撃から守れなかった大統領の支持率が40ポイント近く跳ね上がったのです。この時ばかりは共和党も民主党も結束して、アフガニスタン侵攻を支持しました。
 結局、2つの戦争が始まりました。アフガニスタン紛争(01年)とイラク戦争(03年)です。

 もちろん、3025人の尊い命を奪ったあのテロは、けっしてあってはいけない出来事でした。
 でも、あの行為が本当にアメリカを「存亡の危機」に陥れることができたと言えるでしょうか。大勢の有望な人材が亡くなったことは、間違いのない事実です。でも、アメリカの人口は3億人以上です。亡くなったのは人口の10万分の1。そして、交通事故で亡くなる方は1年間で約4万人います。「9.11」の犠牲者の10倍以上の方が、毎年、交通事故で亡くなっているのです。もちろん数の多寡の問題ではないことは言うまでもありませんが、交通事故で亡くなる方たちも有望で尊い人材です。誤解を恐れずにあえて言うなら、同時多発テロは悲惨な事件でしたが、「アメリカ存亡の危機」という言葉が果たして適切だったのかと言えば、そうではなかったと僕は思うのです。

 テロリストたちの目的は、不法かつ非道な暴力を用いて相手に恐怖を与えることによって、相手から大きな反応を引き出すこと。テロを受けた側が、恐怖心から必要以上に軍事的な対応をしてしまうのも、テロリストたちの狙いの一つです。テロの被害を受けた時、僕たちは大きなショックを受けます。悲しみと怒りに押しつぶされ、冷静に考えることが難しくなる。でもそんな時こそ、よく考えて冷静に対処しなければならないのだと思う。
 振り返ってみるとわかりますが、同時多発テロを受けたアメリカは過剰に反応してしまいました。テロ攻撃がアメリカを変えたというより、テロへの過剰反応がアメリカを変えたと言えるでしょう。国民のプライバシーを奪ったのはテロリストではありません。国の財政を大赤字にしたのはテロリストではありません。アメリカを、国際法に反する侵略戦争を起こすような国にしたのもテロリストではない。中近東の秩序を壊し、ISISが生まれる環境づくりをしたのもテロリストではない。どれも自国民の感情に基づいた、自国の政府の判断によるものです。これがテロへの反応の恐ろしさだと思います。

 それでも、まだアフガニスタン紛争は、同時多発テロの首謀者として指定されたアルカイダの引き渡しにタリバン政権が応じなかったという理由があっただけ大義があったと言えるかもしれません。でも、イラク戦争では開戦理由となった大量破壊兵器は存在しませんでした。大義のない戦争を始めたことで、中近東だけでなく、その後の世界情勢を大きく変えることになりました。

 イラク戦争では、約4000人のアメリカ軍兵士が亡くなりました。負傷兵は約3万人。約10万人の退役軍人の中には、過酷な戦争によって今も重度のPTSDに苦しむ方が大勢います。

 一方、地元の死者数は、正確な数字は出ていませんが、世界保健機構(WHO)は、2003年3月からの3年間に戦闘行為によって死亡したイラクの民間人の数は、約10万~22万人にのぼる可能性があるとしています。また、2011年にアメリカ軍が完全撤退するまで、イラクでは推定50万人の命が、直接的、間接的に奪われたとみる学者もいます。
 どちらにしても、膨大な犠牲者数です。そして、この犠牲者たちにはそれぞれ大事な家族や友人がいたことを忘れてはいけないでしょう。戦争によって肉親や同胞を亡くした人々は、アメリカを憎み、アメリカへの報復を誓ったかもしれません。その憎しみが、過激派組織の主張への共感を呼び、彼らの力を大きくしていったのかもしれません。
 アメリカ国務省が毎年発表している「国別テロリズム報告書」によれば、世界全体のテロの犠牲者数は、2000年には405人でしたが、アフガンとイラクの「テロとの戦い」以降、毎年増え続け、2014年には前年比8割増の3万2727人。「テロとの戦い」によって、むしろテロが増えているのは皮肉な事実です。

 でも、少なくともオバマ政権時には「イスラム系テロリスト」とか「イスラム過激派」という言葉は使いませんでした。オバマ元大統領は、むしろイスラム教徒の移民たちがアメリカに貢献していることを強調しました。イスラム教徒に対する差別的な政策は、アメリカを偉大にしている価値観への侮辱になるばかりか、テロリストたちの術中にはまってしまうと彼は指摘したのです。
 このオバマ政権のやり方を、トランプは「弱腰」だと攻撃しましたが、僕はオバマの主張の方に賛同します。なぜなら、「イスラム過激派」という言葉を使えば、それを聞いた人の頭の中で「イスラム=過激派」と結びつくことになるから。そうやってイスラムを攻撃し、差別すればするほど、イスラム系の方々の反感を買い、一般の教徒とテロリストの連帯感を強めてしまうからです。
 誰だって自分の国や地域のことを悪く言われたら、同胞をかばいたくなる気持ちが出てきます。僕ですら、例えば他国の人から「日本は帝国主義的だ」なんて批判されたら、「いや、日本だけが悪いわけじゃない」ってかばいたくなる。テロリストは世界各地で「イスラム圏」と「異教徒圏」の対立構造をつくり、世界中のイスラム教徒を味方につけようとしているのです。イスラム世界を敵視することは、テロリストの思惑通り、その対立構造に荷担することになってしまう。

 もちろんオバマ政権のやり方も十分だったわけではありませんが、「目には目を」の政策を続けている限り、戦いはけっして終わらないのです。
 「ISISを壊滅させるためには、どうすべきか?」。記者に聞かれたトランプの答えは、こうでした。「テロリストと、その家族を抹消すればいい」。
 この脅しには効果がないどころか、むしろ逆効果であることは、今の状況を見れば一目瞭然です。テロリストを殺すのもそうだけど、何の非もないその家族を1人殺したら、それによって周りから新しいテロリストが数人生まれてしまうかもしれません。さらに、西洋の国々がイラクやシリア、アフガニスタンなどで空爆を続け、無罪の市民を死なせていることは、世界のイスラム教徒の恨みを買うことにもなり得るのです。犠牲者のことを直接知らなくても、この「無差別殺人」に怒り、自国での報復攻撃に出てしまう「ホームグロウンテロリスト」も生まれかねません。

 ISISも一時より勢力を失っていますが、まだ油断はできません。イラクやシリアから撤退したものの、他の地域に分散して移動しています。拠点と資金源を失った彼らは、より激しいテロ行為を行うことによって存在感を示し、資金や人材を確保しようとしているようです。
 さらに最近は、社会に適応できずに抑圧や不満、絶望を感じている若者の間に、過激派の主張を支持する動きも世界中に広がっています。こうした若者を巧みに勧誘したり扇動したりして、自国でテロ行為を起こさせるのもISISの得意技。ホームグロウンテロは、特定のイデオロギーには賛同しているが、テロ組織とは直接的なつながりを持たないタイプが多い。
 この数年、欧米では、複雑で計画的な攻撃よりも車を人込みに突っ込ませたりする単純な攻撃が目立っています。誰でも単独で簡単にできるけど、その効果はほぼ一緒。そして単純な分だけ防ぎづらい。ホームグロウンであれば入国審査強化でも防げません。
 防げないなら、テロ攻撃が最初から計画されないように、考えられないように、つまりテロリストが生まれないようにする以外ありません。そのためには、欧米各国がイスラム教徒をいじめているように見えないようにしないといけません。そして、テロリスト候補になる、抑圧や格差に不満を持つ若者の数も減らさないといけません。そのために、自国においても他国においても、社会や経済の環境を改善し、格差や不平等、恨みや無力感の感情を解消する努力が欠かせないのです。

 

日本はどう世界に貢献するのか

 このように、国際情勢はますます混迷しています。こんな時代だからこそ、ハード対策に手を尽くしながら、やはり長期的な視点を持った柔軟なソフト対策を行うことが必要になってきます。

 では、日本には一体、何ができるのでしょうか。「できることなんてないよ」って? 
 いや、そんなことはありませんよ。日本の皆さんは思ってもみないことかもしれませんが、実は日本はソフト対策でとても良い立場に立っているのです。

 あまり意識されないかもしれませんが、日本は有色人種の中で一番早く先進国の仲間入りを果たした国です。大国のロシアと戦って勝ったこともあるし、同じく大国のアメリカとも戦ったこともある。その戦争には負けたものの、戦後は再び這い上がり、経済的な成功を収めました。アジア、アフリカ、中東各地には、そんな日本に対して憧れや親近感を持つ人も少なくないのです。

 さらに、日本が宗教的な束縛なしの自由な国であることも重要な点です。宗教思想の強い多くの国と違って、日本の根幹は宗教ではありません。仏教や神道は国民の支持を集めてはいるものの、その教義に縛られているわけでもないし、その教えも他の宗教と対立する排他的なものでもない。こうした点は、「敵をつくりにくい」という大きな利点を日本にもたらしています。さらに日本は中東やアフリカと宗教的対立がないだけでなく、政治的関わりも薄い国です。ヨーロッパ諸国やアメリカには複雑な感情を抱いている国々も、日本に対しては安心なイメージを持っているようです。

 それから、日本の文化への注目度の高さも大きな利点になるでしょう。アニメや漫画、ゲーム、電化製品、車などは世界中から愛されています。これも日本のソフトパワーになります。また、ODAや技術協力、人材派遣を通して、農業や医療、衛生、インフラなど、さまざまな分野で他国の発展に貢献している日本はさらに尊敬されるようになり、影響力を高めているのです。

 そして、日本は「平和大国」として世界的に有名だという点も忘れてはいけません。戦後70年間、どの国とも戦争をしていない国は国連加盟国193か国のうち8か国だけですが(アイスランド、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、スイス、ブータン、日本)、他はどれも小国ですし、アジアではブータンと日本だけ。アメリカに押し付けられたとはいえ、平和憲法を持っていることも重要です。

 これらの特色を国際社会への貢献に活かしたらいいのではないか、というのが僕の意見です。第15回の記事(「いつまで他人事? 沖縄の基地問題」)でも書きましたが、災害救助が得意な日本は人道支援に特化した特殊部隊をつくり、災害地に派遣する道を選んだらいいと思っています。
 実際に日本では、国際協力機構(JICA)の調整のもと、救助チームや医療チーム、専門家チーム、自衛隊部隊などをつくって世界の災害地に派遣していますが、この国際救助隊の救助能力は非常に高く、世界でも大きな評価を得ています。近年も、中国四川大地震やスマトラ沖地震、パキスタン洪水、ネパール地震、メキシコ大地震、さらにロシアの工場火災などにも出動して、トップクラスの救助能力で現地の人々を救い、感謝されています。
 これをさらにパワーアップして、「日本といえば、災害地の人々を救う国」になればいいと思っているのです。自衛隊の実践や訓練が減って弱体化することが危惧されるなら、期間限定の平和部隊のレスキュー特化チームでもいいでしょう。
 さらに、車両や重機などを現場に持ち込み、その後も現地で使ってもらうのもいいかもしれません。その他、道路や病院、避難所、学校を建設する。病院や学校の運営に協力する。医療制度をサポートする。今もやっていますが、もっともっと他国の環境改善に寄与するために日本が貢献できることはたくさんあります。そしてテロの時代には、こんな活動が本当の自衛になると思います。

 つまり、「集団的自衛権を行使してアメリカと一緒に海外で戦う道」よりも、「海外の人を助ける道を選ぶ」ということ。アメリカ人の僕が言うのはかなり微妙な話になりますが、あえて言わせてもらえるなら、戦後の日本に「武器を持って戦ってはいけない」という憲法を押し付けたのはアメリカです。今のアメリカは水面下で日本に「一緒に戦ってほしい」というプレッシャーをかけているのかもしれないけど、そこはこの憲法で“言い訳”できる。「日本も世界に貢献したいよ。したいけど、憲法で武器を持って戦うことができない。代わりに日本は世界中の人を助けるよ!」と。

 今のところ日本は安全な国かしれませんが、集団的自衛権を行使して海外で戦えば、当然のように日本も敵視されて標的にされるリスクは高くなります。
 しかも、今の日本でテロをしようと思ったら……想像すると怖いけど、けっこう簡単かもしれません。治安ボケと言おうか、日本は無防備な状態に思われます。例えば、日本ではよくお店で席を確保するためにカバンを置きますが、欧米では防犯上、荷物だけ置いていくことは考えられません。誰か一人は必ず席にいます。欧米で持ち主が近くにいないカバンは「不審物」と思う人もいれば、「いただき!」と思う人も多い。
 以前、ニューヨークで爆破テロを起こすため、犯人が爆弾を入れたスーツケースを人気レストランの外に置きっぱなしにしましたが、そのスーツケースが盗まれました。盗まれる時に爆弾措置がはずれて爆発が未遂に終わったのです。泥棒に感謝しないといけない珍事件でした。日本だったら、他人のものに触れないマナーもあるから、おそらく爆発するまでカバンはほっとかれるでしょう。
 でも、僕はそんな平和ボケ、治安ボケしている日本が好き。「世界の危険に目を覚ませ!」ではなく、こんな平和な生活や社会が保たれるように「もっと世界に好かれよう!」と言いたいのです。

 この連載の最終回の「日本の役割」の回でも詳しく書きますが、大事なことは、日本はこれからどんなイメージの国になるのかということです。アメリカは他国に自国軍を派遣し、現地の人を守るために武器を持って警護しているけれど、結局、戦闘行為で他国民を殺して、また憎まれている。いくつかの欧米諸国もこの「悪の循環」にとらわれています。
 でも、日本はこの悪の循環から脱出できる国です。アメリカと同じ道を辿ることはありません。

 日本はどうやって世界に貢献するのか。「日本なりのやり方」があるはずです。もちろんそれは日本国民の皆さんが選ぶことですが、選択肢はたくさんあった方がいいですよね。
 僕は野党の政治家に会うたびに、与党とは違う政策を示して国民に選択肢を与えてほしい、もっと野党らしく振る舞ってほしいとお願いしています。国民にいろいろなビジョンを示せば、野党ももっと存在感が出てくると思うんだけど、今のところ、どこからも似たようなビジョンしか出てこない。そのために与党に投票したい人しか選挙に行かなくなってしまうのかもしれません。

 また、忘れてはいけないのは、現在、日本のエネルギー政策は中東に大きく依存しているということ。エネルギー自給率を上げるのも大事ですが、今は中東問題に関して傍観できません。だからこそ日本は戦闘に荷担するのでもなく、黙って見ているのでもなく、「日本なりの役割」を果たすべきだと思うのです。

 日本のアイデンティティは何なのか。目指すイメージは何なのか。ぜひこの機会に皆さんも考えてみてください。
 日本は海外に人を送って海外の人を死なせる国ではなく、海外の人を助ける国になってほしい。僕はそう願っています。

 

次回、第26回  日本の国力は回復するかは、10月5日(金)公開予定です。