• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第22回  進まない地方創生、どうしたらいい?(前編)

 

 一時、盛んに謳われていた「地方創生」というスローガン。最近、あまり聞かなくなりましたね。
 地方創生は、日本全体の人口が減少し、首都圏の一極集中が進んで地方の衰退が危惧されるなか、2014年9月の第二次安倍政権発足時に大きな目玉となった政策です。
 それから約4年経った今、地方の現状はどうなっているのでしょう。

 日本の人口は相変わらず減少していますが、その中で、東京都、沖縄県、埼玉県などの7都県ではむしろ人口が増加しています。特に東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)では、転入者が転出者を上回る「転入超過」が22年も続いていて、特に15~29歳の若年層が多いそうです。
 代わりに、残りの40道府県では人口が減っていて、特に福島県、兵庫県、北海道などでは大幅な人口減が見られます。地方と都会の格差は、さらに進んでいるといえるでしょう。

 地方の高齢化も深刻な問題です。限界集落(65歳以上の高齢者が住民の50%以上を占めていて、社会的共同生活の維持が困難な地域)は、07年の国土交通省の調査では全国に7878カ所ありました。その比率は全体の12.7%でした。でも、2015年の最新調査では15、568カ所に増えていて、全体の20.6%。8年間で約1.6倍増えています。
 このままでは、「2040年には全国の半数の市町村が消滅する」と警鐘を鳴らす学者もいます。

 人口が減少し続けている、若い人が減って高齢化している……ということは、地方の財政状況も厳しくなっていくということ。人口が減るために市場も減少傾向になりますし、地方での創業は進みにくい状況です。商店街の空洞化、いわゆる「シャッター通り」も地方でよく見かけますよね。
 人口や企業数が減ると当然、税収も減り、財政状況が悪化します。実際に、47都道府県のうち自主財源で賄えているのは東京都だけ。他の道府県は、国から財政基盤の弱い自治体に交付される「地方交付税交付金」がなくてはやっていけないという状態です。

 

 

「なぜ地方の存続が必要なのか」を考えてみよう

 では、どうしたらいいのでしょう? 「人が減っていくのは止めようがな いよ」。そう思う方もいらっしゃるかもしれませんね。あまりメディアでは聞かないが、地方の過疎化、多くの自治体の消滅は“自然の摂理”として諦めるのも、選択肢の一つでしょう。

 というのも、都市に人口が集中する「都市化」は、世界中で見られる現象だからです。国連によれば、20世紀以降、都市の人口は増え続け、2005年には世界人口のおよそ半数が都市に住むようになっています。特に先進国では70~80%の人が農村以外の都市や町に住んでいます。
 特に人口が減少している先進国においては、強みがある地域が残り、強みの少ない地域が消えていくのは当然の流れともいえるかもしれません。

 基本的には、現代社会では人が集まって暮らした方がコストもかからず、効率も良く、便利です。車を運転する人も減るから、1人当たりのCO²排出量も減る。一戸建てよりマンションに住む方が、外壁が少ない分、熱のロスが少なくて暖房費や冷房費が抑えられる。人口密度が高いと学校や病院などの公共の施設を効率よく使うことができる。「起業密度」も「労働密度」も「消費者密度」も高いから、もちろん経済活動もしやすくて便利ですよね。
 そう、「地方創生」というと、何となく都会を否定するような感じもあるけれど、都会には大きなメリットもたくさんある。それは素直に認めなければいけません。

 でも、このまま首都圏に人口が集中していったら、僕たちの生活はどうなるのかな。本当に地方は必要ない? 都会だけで暮らす? それでも国家は成り立つ? この際だから、都会に住んでいる皆さんも一緒に、「地方の存続が必要な理由」を考えてみてほしいと思います。

 まず、「リスク分散」という視点から考えてみよう。
 たとえば、一極集中している首都圏で巨大地震が起きたら、日本全体が立ちゆかなくなる恐れがある。そんな時、元気な地方があれば、その住民は救済活動や被災者支援もしてくれて、その町が行政や企業の一時的な移転先になり得ます。今後30年間で関東一円に大地震が起きる確率はけっして少なくありません(政府の地震調査委員によれば、東京都は47%以上)。天災の他に、疫病や戦争が起きた時にも地方の役割が大きい。一極集中している国は外から攻撃されやすくなります。東京を攻撃された途端に国全体の機能がストップするというのは、安全保障上、とても危険な状態です。リスク分散は大事な国家戦略の一つ。「備えあれば憂いなし」を理由に、地方創生を推進することが考えられます。

 さらに地方は、天変地異や有事の時にだけに役立つものではありません。
 各地に残る風習や伝統文化など、地域ごとの「文化の多様性」も日本の魅力の一つです。阿波踊り、ねぷた、よさこいなどの祭り。漆器、陶芸、竹細工などの民芸。牡丹鍋、ちゃんぽん、ミミガーなどの食事。各分野において、日本という国には実に幅広い文化が昔から伝えられています。都会に住んでいる日本人にとってもそれが誇りであり、国の強みでもあると思います。でも、都会に人口が集中し過ぎると、地方の文化は次第に淘汰されていくでしょう。それが国民全員にとって文化的な損失になります。
 さらに、日本を訪れる外国人観光客の数は大幅に増えています。日本政府観光局の統計によると、2016年に日本を訪れた外国人観光客は前年比21.8%アップの2403万9000人。これはこの調査開始以来、もっとも多い数字です。
 多くの外国人観光客が好むのは、独特の文化や風習を持つ地方です。日本に来る外国人にはリピーターが多いそうですが、そんな彼らは、東京や京都といった観光地ではもう満足しないで、四季の自然を味わえて農業や漁業体験、文化的体験のできる地方を目指す傾向にあります。
 だから、地方が活性化して「文化の多様性」を保ち続けることは、日本が観光収入を伸ばすためにも必要なことだといえます。

 リスク分散、文化保護の他に、地方創生が必要な理由に「コスト分散による効率化」があります。
 よく“地産地消”というけれど、消費者と生産地が近ければ近いほど運搬コストが削減されます。
 人が集まって暮らした方がコストもかからないし、便利だけど、首都圏だけに一極集中していたら、東京の地価はどんどん高くなっていきます。2017年には、東京都内でもっとも高い路線価がバブル期の価格を25年ぶりに超え、記録を更新しました。
 そんな地価の高い地域に農地や大型工場などをつくるのは、もったいないですよね。住宅も当然高くつきます。一人当たりの床面積の平均でいうと、東京都民の住宅より富山の皆さんの家の方が6割も広いのです。
 同時に、都会が一定の大きさを超えるとむしろ効率が悪くなる面もあります。通勤・通学時間しかり。東京とその周辺の平均的な通勤・通学時間は往復で90分前後。宮崎県だとその数字は30分ちょっと。
 伝統文化が受け継がれると同時に、イノーベーションも進む。住民の暮らしやすさと経済活動のしやすさが両方揃う。さらに、地元産の食物を地元で消費する、食の安全性も守られ、食文化の維持もされる。都会過ぎない、田舎過ぎない、ちょうどいいバランスの人口分布はあるでしょう。
 そんな理想を目指すなら、やはり「ある程度」は地方を存続させる対策が必要なんじゃないかな。

 「ちょうどいいバランス」や「ある程度」など、言葉を選んでいるように思わるかもしれませんが、それは言葉を選んでいるからです。こうした対策では無理をしすぎないことが大事だと思うから。都会に住む人も、地方に住む人も、地方創生はどれくらい必要なのかをしっかり考えて、国民が納得する、継続可能でバランスのいい対策を考えなければいけないと思う。

 今後ますます全体の人口が減っていくことを考えれば、やはり今あるすべての自治体を存続させることは不可能でしょう。厳しい見方と批判されるかもしれませんが、今後はある程度、地域を絞って対策を考えなければいけないのは仕方のないことだと思います。
 僕のイメージでは、県庁所在地と、県内にあといくつかの街を守ることができたら、先ほどの「地方存続が必要な3つの理由」は、だいたい満たすことができるんじゃないかと思う。地方にいくつか元気な街があることによって、震災時や非常時のリスク分散はできるし、その地方の文化もある程度は守ることができる。効率化とコスト分散もできます。
 もちろん対策に当たる人には、どの程度存続させたらいいのかきちんと計算していただきたいと思います。複数の案を比較できるように、具体的な試算も示していただけると検討しやすいです。
 たとえ限界集落から地方都市への移住を推進する政策をとっても、実際にはどんなに不便になっても移りたくないという方もいるはずで、そうした方々にどう対処したらいいのかはまた難しい問題になりますが、考えないといけません。難しいからといって後回しにしてしまうと、手遅れになり、救えるはずのところも救えなくなるかもしれません。
 まず大切なことは、国民の皆さんが地方存続の必要性をきちんと検討した上で、どこまで、どう守るかを早めに決める、ということです。
 早期実行とともに心がけたいのは、透明性と全員参加制。全国民込みの議論を踏まずに物事を進めれば、政府に勝手に決められたと反感を持つ国民も出てきます。これはこの連載のすべてでいえることだけど、どんな問題も国民の議論のもとで対策を考え、その決断過程をいつでも見られるようにしておかないと、誰も納得しませんよね(そのためには公文書の保管方法や期間、開示の仕方も延ばすべきだと思う)。

 

 

箱モノ行政、商品券、ふるさと納税…それぞれのワナ

 この地方創生の問題でも、そうした手順を丁寧に踏まず、ただ地方に「補助金」という名のお金をばらまくだけなら、「政治家の票取り目当て」と批判を受けても仕方がないでしょう。
 国からの補助金を使って、立派な体育館や図書館や美術館などをつくった挙げ句、人が入らずに閑散としている……なんて光景も最近よく見かけます。
 また、せっかく大きな商業施設を作っても、国から「地方創生交付金」などの補助金が出ているために“利益を出さなくてもいい”という空気が蔓延し、継続的に利益を生み出せない組織になってしまうと指摘する専門家もいます。大規模な施設を作ったものの、施設の維持管理に手が回らず、倒産してしまう例も少なくありません(たとえば、184億円をかけて建設された青森市の「青森アウガ」などはその代表例。多額の債務を抱えて経営破綻し、市長が辞任することになりました)。

 行政側が「箱モノ」を先に作り、供給力(サプライ)を増やすことで経済成長を促すという考え方は、「サプライサイドエコノミクス」といって、1980年代のレーガン政権の柱になりました。30年前からすでに批判されているこの時代遅れの経済政策だが、現在でもこうした政策が取られることがあるのは、政治家にとって“仕事をしているように見える”という旨味があるから。「皆さん、見てください! 私は地元にこんな大きなお金を持ってきたんですよ!」ってね。
 でも、いくら供給を増やしても、それが使われなければ意味がありません。それより地方に需要を作ることができれば、供給は後からついてくる。つまり、「どのようにしたら、消費者が地方でお金を使うようにできるか」が問題なのです。

 そこで、需要を増やすためによく取り組まれる政策が、地域限定の「プレミアム商品券」です。
 2015年度からは、日本全国の市町村のうち97%にのぼる自治体で消費を喚起するためにプレミアム商品券が発行され、国の地方創生予算1589億円が充てられました。

 でも、ちょっと考えてみてください。
 たとえばA商店街でしか使えない商品券が配布されたら、A商店街で買い物をする人は増えるでしょう。有効期間中に駆け付けるでしょう。来月使うものを先に買うかもしれません。でもその代わり、来月は買い物をしなくなるかもしれません。さらに商品券の期限が切れたら、もうA商店街では買い物をしないかもしれません。
 さらに大変なのは、隣のB商店街です。B商店街で買い物する人が減るから、B商店街でも商品券を出そうという話になる。B商店街で商品券を出せば、A商店街も対抗してまた商品券を出す…すると、消費者は商品券がある方の街で買い物をするようになる。結果的に商品券がなければ買い物をしなくなるし、定価で買ってくれなくなるということ。商品券を発行している商店街とその自治体は、自分たちで自分たちの首を絞めているんですね。結果的に、プレミアム商品券は一時的に市場を歪ませるだけの効果しかありません。 

 巷で大人気の「ふるさと納税」にも、同じようなワナがひそんでいます。
 ふるさと納税の仕組みはご存知ですか? どこでも好きな自治体に”寄付”をすると2000円分が自己負担になり、残りの”寄付金”は翌年度の住民税や所得税から控除されるという制度です。たとえば東京都世田谷区在住の方が、北海道のある町に1万円、熊本県に1万円の計2万円を”寄付”したら、翌年度は1万8000円が住民税と所得税から控除されるのです。つまり、自己負担するのは2000円だけ。
 さらに、”寄付”した自治体からは返礼品が送られてきます。野菜や魚、肉など、その土地の特産品が多いですが、旅行券や宿泊券、商品券、中には高額の電化製品という自治体まである。どれも基本的に2000円以上の品ばかりなので、寄付をする個人にとってはかなり美味しい制度なんです。でも結局は、その個人が住んでいる自治体にとってはかなりの痛手。上記の例だと、北海道に寄付している2万円の中、2000円が個人から、のこり1万8000円が世田谷区から北海道の町に贈られる。その個人が返礼品の刺身盛り合わせを他の区民全員に少しずつ分けたりしない限り、かなりアンフェアな制度に思われる。
 一方、“寄付”を受けた側も返礼品の代金を払わないといけないし、広告費、管理費などを引くと、寄付額の半分以下しか残らないはず。かなり効率の悪い制度でもある。
 その上、このふるさと納税もプレミアム商品券と同じように、地方活性には一時的な効果しかもたらさないでしょう。“試食効果”で宣伝効果になり、次から正規の値段で買ってもらえると言う人もいるけど、そううまくはいかないはず。だって、特産品の和牛を実質2000円で手に入れた後で、1万円出して、それを買う人がどれだけいるかな? 格安の金額でその土地の特産品を配ることで、むしろ正規価格での購入のハードルを上げてしまわないだろうか。あくまで短期的な効果しかなくて、地方「存続」には向かないんじゃないかな。

 それから忘れていけないのは、ふるさと納税が盛り上がると、確実に損をする自治体があるということ。東京です。ふるさと納税で地方にお金を払えば払うほど、その人たちが住む自治体の税収が減りますが、もっとも人口が多く平均収入も高い東京は、ふるさと納税で損をすることになるのは確実です。
 総務省の調査によると、首都圏1都3県(東京、神奈川、千葉、埼玉)における2017年度の住民税の減収額は846億円にのぼります。前年比の8割増だから、かなり大きな数字です。税収が大幅に減るということは、都民や県民に対する行政サービスが低下しかねないということです。個人がおいしい思いをしている間、近くの住民全員が損するわけ。

 そして、僕がもっとも危惧するのは、「税に対する意識」が歪むということ。
 そもそも税金は、学校や道路、病院、警察署など生活に必要なインフラ整備や維持のために住民が払うもの。モノをもらうためじゃない。でも「税金を払えばモノがもらえる」という意識が定着すれば、モノがもらえないなら税金を払いたくなくなる、というマイナス効果をもたらしてしまう。

 やはり、地方の活性化のためには補助金や商品券といった一時的な対策よりも、長期的な視点や根本的な構造改革が必要です。
 ではどうしたらいいのか、次回、さらに考えてみましょう。

 

 

次回、第23回  進まない地方創生、どうしたらいい?(後編)は、8月24日(金)公開予定です。

 

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