• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第27回  新しい発想で世界を変えよう。世界に示す日本の役割(前編)

 

 さて、いよいよ最後のテーマ。これから連載最後の2回を、「世界に示す日本の役割」をテーマに、前後編に分けて話していきます。日本の存在感を世界にどう示し、世界にどう貢献できるのか、を考えようということです。
 これまで見てきたように、日本は今まさに大きな転換点を迎えています。少子高齢化、地方の過疎化、デフレ、崩壊寸前の年金、AI化、国際情勢の変化……などなど、いろいろな課題に直面しているけれど、こうした危機はチャンスと捉えて、ぜひ前向きに改善していってほしいと思う。

 この連載で何度も言っていることですが、僕は日本人じゃありません。だけど、日本が大好きです。四半世紀以上も日本に住んでいて、日本で過ごした時間は僕の人生の半分以上を占めている。日本人の女性と結婚して、日本人の子どもが2人いる。そして、このまま日本に骨をうずめる覚悟があります。だからこそ、日本にはさらにいい国になってほしいと切実に思っているのです。

 前回、僕は本当に日本の国力は落ちたのか、では国力とはいったい何だろうかという話をしました。GDPに代表されるような経済力や、どれだけ軍備を備えているかという軍事力はもちろん国力の大きな指標になる。でも、今の時代にそれだけでいいのか。ソフトの力や国際貢献力、世界に発信する力もつけていくべきではないか、と。

 そこで最終回となる今回は、これまで書いたことを振り返りながら、日本が世界にどんな役割を果たせるか、僕なりの考えを述べてみようと思います。

 まず、これまで何度か書いているように、日本は世界と戦う国ではなく、世界を助ける国になるというのが、僕の一番おすすめの提案です。日本は平和憲法を持っている大国として、また有色人種の“希望の星”として、さらに宗教に依存していない希有な国として(つまり宗教的対立のない国として)、世界で唯一といっていいぐらい役割に向いている条件が揃っていると思います。

 現在の国際救助隊をさらにパワーアップしたレスキュー隊を結成して、日本の素晴らしい重機やコマースを世界各地の被災地や戦地、貧困地に持ち込み、医療的な支援を行い、学校や病院づくりに協力する。医療制度をサポートする。戦場では避難所をつくり、敵も味方もなく傷付いた人たちを助ける。日本の国際救助隊は、高度な救助能力だけでなく、規律正しさや志気の高さ、思慮深さなどを持ち合わせており、世界中の人々から感謝されています。こうしたサポート力は、日本がもっとも得意とする分野でしょう。

 「情けは人のためにならず」ではないけれど、こういった行為は日本のためにもなるものです。
 日本に対する好意を育み、日本へのテロ攻撃などを防ぐ。日本への観光客を増やす。日本のソフトパワーを増す。さらに、各地に派遣された人材が現地の発展の他、日本の発展にも貢献できる人材になる。世界各地で人脈を作り、各国民のニーズや価値観を知ることで、日本企業のグローバル化にも一役買えるはず。日本の企業が彼らの経験をもって各地のニーズに応えるような商品やサービスを開発すれば、成長市場を狙えるし、営業ネットワークも広げられる。また、世界から持って帰った知識や価値観は、日本国内の新たなアイディアや提案の材料にもなるのではないでしょうか。
 もちろん、簡単なことではありません。大きな反対もあるかもしれない。でも、この案でなくてもいいから、長期的視点を持って、日本が世界のために、そして自国のために何ができるのかを考えていく必要があると思うのです。

 

戦争は、ほとんど「自衛」から始まる

 このように、僕は日本には「世界を助ける国」になって欲しいと思っていますが、一方で、「世界と戦う国」を目指すという選択肢もありますよね。
 以前、小沢一郎氏が「普通の国になれ」という本(『日本改造計画』/講談社)を出しましたが、多くの国民は日本が「普通の国」、つまり軍を持って自立して戦える国になるべきだと思っているようです。
 もちろん、そういう主張もわかります。わかりますが、実際問題として、世界で自国軍を持った「普通の国」がどれほど成功しているのだろうかと疑問に思うのです。

 例えば、世界一の軍事力を持ち、核をも保有するアメリカは「世界の警察」を自負しています。世界には国際法があっても拘束力はありませんから、こうした存在は時にありがたい一方で(もちろんアメリカ自身の国益のためでもあるけれど)、世界中で恨まれ、憎まれ、敵視されることも少なくありません。第二次世界大戦後にアメリカが関わった戦争や紛争 は20を超えます。その中には報復のための戦争も含まれています。見返りが少なくて負担に見合わないと感じる国民が増え、オバマ大統領もトランプ大統領も「世界の警察をやめる」と宣言していますが、代わる国がなくて、アメリカは今も「世界の警察」の役目に苦しんでいます。

 もちろん、アメリカも「普通の国」ではないし、日本が世界の警察になることもないし、あれほどの軍事大国を目指すわけではないとも思う。軍を持って自立できれば十分でしょう。しかし、ドイツもイギリスも韓国も自国軍を持っていますが、アメリカ軍が駐留しているし、東欧にもアメリカのミサイルが配置されています。北大西洋条約機構(NATО)には3つの核保有国を含めて29もの加盟国も入っていますが、これらもどれもアメリカの防衛に頼っているのです。だから、自国軍を持って戦えるようになれば堂々としていられるかといえば、それは疑問だと思います。

 自分の国を自分たちで守る。それは当たり前の行為だと思うかもしれませんが、「自衛」というのは非常に難しい行為です。結局のところ、「核兵器も持たなければ意味はない」という結論になってしまうのではないでしょうか。
 人間の歴史上の戦争は、ほとんど「自衛」から始まることを忘れてはいけないと思います。次の大型戦争なら「自衛」の名のもとに、核兵器を含めた軍事力を行使する可能性もある。日本もそういう国を目指したいのでしょうか。

 日本国憲法でも、「自衛」に対する解釈は時代とともに変わってきました。昔なら警察予備隊の設立や、保安隊や自衛隊の発足も解釈の拡大を記すものでした。最近なら、集団的自衛権の容認が大きな転換点とりました。

 自国が危機にある時には、自国を守るために必要最小限の武力行使ができるというのが「個別的自衛権」です。一方、密接な関係にある他国が攻撃された時、自国が攻撃されていなくても、その攻撃が自国の安全を危うくすると認められた場合に戦闘に加わることができるのが「集団的自衛権」です。
 日本では長年、憲法9条によって、個別的自衛権は行使できるが、集団的自衛権は行使できないという立場をとってきました。日米安全保障条約によって日本はアメリカ軍に基地を提供する代わりに、アメリカ軍と自衛隊が協力して日本を守る、そして基本的に自衛隊は海外で武力行使しないとされていたのです。
 ところが、2015年9月に成立した安全保障関連法では、集団的自衛権を認める内容が盛り込まれました。これによって日本の自衛隊も海外で武力行使できるようになりました。例えば、朝鮮半島や中東などでアメリカ軍が攻撃され、要請を受けた時には、自衛隊が出動して戦争に参加することになります。

 難しいのは、集団的自衛権が発動される条件の解釈です。日本政府は武力行使ができる要件として、こう規定しています。

 

 【我が国、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること】

 

 でも、「我が国の存立が脅かされる」危険とは何か、という具体的なことは何も書かれていません。安倍首相がよく用いていたのは、「日本人を乗せたアメリカ艦船が攻撃された時に、自衛隊が反撃しなければならない」という事例でした。確かにアメリカの船に乗っている日本人が犠牲にはなって欲しくないというのはよくわかります。でも、日本の一家族が殺されたら、日本の存立が脅かされるの? 法律の文言を見ると、集団的自衛権の行使に厳しい条件が付いているように見えますが、首相が揚げる例の規模がかなり小さい。
 それなら、「存立の危険」はどんな事件に対しても使えてしまうんじゃないかと不安になります。例えば、テロ集団が日本に石油を輸出するどこかの王国の宮殿を支配した時、日本経済は石油に依拠して成り立っていますから、「我が国の存立が脅かされる」危険だというロジックが出てもおかしくありません。

 日本経済が打撃を受けるのも避けたいですよね。でも、一時期、一つの国からの石油が輸入できなくなったからといって、日本という国は地図から消えないはず。これは日本存立の危機には当たりませんが、政府が武力行使に踏み切る可能性は大きいと思いませんか? 実際にこれで自衛隊を例の王国に派遣してしまったら、アメリカと同じく、「石油のための戦争をする国」という批判は避けられないでしょう。

 

「かっこいいこと」が正しいとは限らない

 それにしても、なぜ日本政府は憲法の制約を押し切ってまで、集団的自衛権を進めたのでしょうか。やはり、アメリカからの圧力が水面下にあるのかもしれません。また、中国や北朝鮮など、日本をとりまく環境は大きく変わっていますから、政府にもアメリカとの同盟関係を強めたいという思惑があるのでしょう。機密情報をめぐる連携なども両国の信頼関係があってこそですから、その思惑はわからなくもありません。
 ただし、この集団的自衛権の発動によって、日本が他国から攻撃されるリスクは一気に高まります。日本が報復による戦争に巻き込まれる可能性も高くなります。

 僕は、水面下での圧力ではなく(それが実際にあるのかどうかは不明ですが)、アメリカが公的にプレッシャーをかけてくるまで、日本は集団的自衛権を認める必要はなかったと思っています。また公的にプレッシャーをかけてきたとしても、武力を放棄するという憲法の原案をつくったのはアメリカです。日本はこの憲法を“盾”にして、もう少し主張や交渉をしてみても良かったんじゃないでしょうか。

 憲法解釈を変えるという苦肉の策を取ってまで集団的自衛権を盛り込みたかったのは、アメリカからの圧力も影響していたのかもしれません。でもそれ以外に、政府中枢の「日本を強い国にしたい」という思いも大きく関与していたのではないでしょうか。安倍首相をはじめ、自民党の一部の方たちは、これまでずっと「戦後レジーム(戦後体制)からの脱却」が必要だとして、改憲を主張してきました。日本はアメリカの呪縛から逃れ、自立した強い国になりたい、と。

 その心情は、僕もよくわかります。変な例えになるかもしれないけど、トランプ大統領の言うことが国民から一定の支持を受けるのもわかるんです。言っていることは超かっこいいですから。「俺たちの敵は全部ぶっ殺すぞ!」、「悪い奴はアメリカから閉め出すぞ!」ってね。もちろん、「世界の弱者を全員救う!」といった、リベラル側の極論にも同じことがいえますが、単純な論調ってかっこいいし、一見頼もしく見えますから、支持を受けやすいんです。ただし、かっこいいからと言って、それが正しいとは限りません。

 もはや帝国の時代は終わったのです。今、冷静に国家運営を考えれば、どこかの国に押し入って、その富や土地を奪おうという考え方にはなっていません。
 まあ、北朝鮮は朝鮮半島を統一させたいと思っているかもしれません。ロシアも、クリミア半島を併合したし、ウクライナ東部や南オセチアなど、ロシア系民族が多く住む地域に勢力を伸ばしたいという思惑はあるかもしれない。でも、自分たちと違う言語や文化を持っている国を制圧して、帝国を拡大したいという思いは今の世界にほとんど見ないと思います。

 中国は、間違いなく海洋資源や軍事基地の確保のために海洋進出をしたがっています。実際、近年の中国はフィリピンやベトナム、マレーシア、ブルネイと台湾がそれぞれ領有権を主張している南シナ海へ進出し、実効支配を強めようとしています。こうした海洋進出をどう止めるのかが周辺諸国やアメリカの大きな課題になっています。
 アメリカと中国が軍事衝突すれば、両国ともに核を保有していますから、どうなるかわかりません。でも、両国ともに性急な行動は起こさないはずですし、中国も世界一の軍事力を持つアメリカとの衝突は望んでいないでしょう。ですから、今は周辺国が一丸となって国際法を遵守するように中国を説得するとか、地道な経済交渉などによって、衝突を回避する方法をとるのが理想的な対策だと思います。
 しかし率直に言えば、周囲も中国の海洋進出には不服を抱きながらも、結局、事実上の黙認になってしまうのではないでしょうか。それぞれの国が世界一の経済大国になりつつある中国との二国間関係をも大切にしたくて対立をなるべく避けようとしていますし、恐らく海洋進出を阻止するほどの気力も政治力も軍事力もないからです。

 それでも、中国が無人島を支配することや、領土や領海を広げることはあっても、他国への侵略はほとんど考えられません(中国が台湾を「一つの中国」に取り戻すビジョンを持っているのは間違いないけど、少なくともアメリカが台湾の安全保障人になっている間はそれも現実的ではありません)。
 今や、ロシアも中国も、どんどん人口が減少しています。戦争を起こして他国を支配するコストの方が、得られるメリットよりも高くつくはずです。国を豊かにしたいなら、交易貿易での関係づくりの方がよほど有効です。

 あまり実感はありませんが、実は、地球はますます平和な惑星になっています。世界にはいまだに内戦や紛争が続いている地域はたくさんありますが、その件数も、死者数も、年々減少しています。長い目で見れば、大きなコストと国民の尊い命をかけて武力で紛争を解決する時代から、話し合いや交渉で解決する、より理想的平和な世界になりつつあるのです。
 その中で、日本は平和憲法のもとで世界各国と貿易協定を結び、国際救援隊を災害地に送り込んで助けるという新しい存在感を提示することができるかもしれないと僕は思っています。「新しい国」の像として、「ポスト軍事」の世界のお手本になり得るかもしれないのです。

 次回は、日本が世界に発信できるものについて、さらに考えてみたいと思います。

 

次回、第28回  新しい発想で世界を変えよう。世界に示す日本の役割(後編)は、10月19日(金)公開予定です。