• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第7回  日本はデフレから脱却できるのか?(前編)

 

デフレスパイラルから抜け出せるか?

 さて、今回は、長年の停滞に見舞われてきた日本経済について考えてみよう。
 少しずつGDPが伸びているとはいえ、実質の平均賃金も上がらないし、好景気を実感している国民は少ない。
 そして、第2次安倍政権が選挙公約の目玉に掲げた「デフレからの脱却」。それから、早5年。
 「2%の物価上昇」を目標にしたアベノミクスでは、大幅な金融緩和などを行い、安倍総理の就任当時、約1万円だった日経平均株価は2017年7月現在、2万円前後まで上がりました。
 でも、肝心の目標であるデフレからの脱却は、なかなか目標通りにはいっていないようです。

 そもそも、なぜ政府は景気回復のために「デフレ脱却」を目標にしているんだろうか。
 まず、デフレによって、僕たちの生活がどう変わっていくのかを考えてみましょう。

 デフレというのは、簡単に言うと、モノの値段が継続的に下がり続けることだよね。
 デフレの時は商品の値段が年々下がっていくため、消費者も購買を先延ばしにして、貯蓄に回そうとします。モノの値段が減ると、現金を持っているだけでその購買力が上がるから投資する気にもならないし、この先もっと値が下がるかもしれないと思ったら、不動産などの購入にも積極的になれませんよね。こうした意識下で消費は停滞し、企業の業績が悪化していく可能性があります。
 売上が伸びないと、労働者の賃金も上がらず、非正規雇用の採用が増えるとみられます。先行きに不安を覚える消費者はますます節約志向になって、内需も伸び悩む。また、売上が減っても借入金は減らないから、企業も個人も借入金の返済を優先して、さらに投資や消費にはお金が回らなくなる。もちろん、賃金が減る中見込みでローンも組みたくないから消費者は住宅や車の購入もさらに躊躇する。
 このように、負の連鎖によって物価が下がる現象を「デフレスパイラル」と呼んでいます。

 反対に、インフレになるとどうなるか。
 年々、商品の値段が上がっていくため、消費者は早めにモノを買おうとする。消費が活発になり、企業の業績は良くなる。雇用も増え、賃金も上がる。毎年、給料が上がるから、消費も活性化する。さらに、借金も返しやすくなるから、住宅や自動車をローンで買う動機が上がる。そのため、程よいインフレは経済の元気の素と思われます。
 このような読みから、政府は金融緩和によって市場に出回る通貨量を増やし、企業や個人の持つお金を増やして、たくさん使わせることによって、インフレを起こそうとしているのです。生活費が上がる分、最初はつらいが、それ以上の賃金上昇と経済活動の促進で最終的に国民は得するという計算です(もちろん、税収が増え、国の借金も返しやすくなることも利点として考えているのですが)。

 

 

グローバル化で、価格競争は激化していく

 それでも、日本は依然としてデフレから脱却できていません。
 市場の通貨量を増やしたのに、なぜモノの値段はそれほど上がっていないのでしょうか。
 それには、「グローバル化」が大きく関わっています。
 資源の少ない日本は、実に多くの原料や資源を輸入に頼っています。原油や石炭などのエネルギーはほぼ100%輸入だし、衣料品も97%が輸入品(14年)。食料も61%輸入に頼っているのです(15年)。言ってみれば、輸入がなければ、僕らは寒くて、お腹が空いていて、裸のままで生活している。少し言い過ぎですが、そんな状態です。
 そして2008年のリーマンショック以降、円高となった日本には、安くなった輸入品が大量に流入してくるようになりました。
 また、円高時は対外投資コストが割安になるため、日本企業は原価や人件費の安い国にどんどん進出しています。いまや日本企業の多くは、中国より安い東南アジアに生産拠点を移しています。
 AI化やオートメーション化によっても、モノをより安く、大量につくれるようになりました。
 さらに、最近は資源の採掘技術も進化し、採掘工程にかかる費用も安くなっています。シェールガス革命のように新たな資源も発掘されています。

 このように、海外の安い経費と人件費によって大量生産が進み、モノの値段はますます安くなっていきます。グローバル化によって、価格競争は激化していくんですね。
 消費者だって、同じような商品があったら、生産国や原料の産地なんか気にしないで、安い方を選んでしまうよね。だから100円ショップが流行る。企業も一緒。「アメリカファースト」で有名なトランプ大統領だが、トランプ社の商品の多くはメードインチャイナです。

 

 

増税すれば、物価は上がる?

 結局、人口減少で消費者が増えていない上、海外から安い製品がたくさん入ってくる日本では、モノが不足していないのです。
 つまり需要に比べて供給が過剰になっている。
 いくら金融緩和によって通貨量を増やしたとしても、市場には安い製品があふれているから、消費者はたくさんのお金を出す必要を感じません。これでは物価上昇は起きないでしょう。
 しかも日本は人口全体が減っているだけではなく、本来もっとも消費が多いはずの若者層が特に減少しているし、結婚年齢の平均もあがり、夫婦に生まれる子供の人数も少ないから各家庭の消費額も以前より低い。これも負の循環で購買力が増える見込みもない。
 こうしたことから、僕は金融緩和だけではデフレは解決できないだろうと思っています。

 では、物価を上げるためには、一体どうすれば良いのでしょうか。
 例えば、政府が輸入規制を強化して輸入量を制限するとか、国内の生産や流通を統制して、市場に出回るモノの数を作為的に減らせば、需要は供給を上回って物価が上がるかもしれない。
 でも、複雑な市場の動きを人間がコントロールするのは困難だし、過剰な保護主義は輸出入に不平等感をもたらしかねません。自由貿易協定を進めてきたこの数年の流れに逆戻りすることになるし、外交の面でも安保の面でもよくないでしょう。

 それなら、次に考えられるのは税率のアップです。
 いや、増税なんてもっと景気が悪くなりそうだって?
 必ずしも、そうならない方法もあるんだ。

 例えば、少し極端な例になるけど、毎年4月に消費税を0.5%ずつ上げていくのです。すると、今年買わなければ来年はさらに高くなり、3年後にはもっと高くなることがわかっているから、消費者は早く買おうとする。いわば「駆け込み需要」を繰り返し、消費や投資を拡大させる方法です。
 三菱UFJリサーチ&コンサルティングの計算によると、1997年に3%から5%へ消費税が引き上げられた際には、駆け込み需要によって96年度の民間消費は0.9%、住宅投資は10%も押し上げられたそうです。増税後には一転して消費が冷え込み、景気が悪化して、当時の橋下龍太郎内閣は退陣に追い込まれたけど、増税前には一時的に景気が上向いたのは事実。
 それなら一気に消費税を上げるのではなく、少しずつ段階的に上げていけば、景気が後退する間もなく消費が増えるかもしれない、という考え方です。
 この方法なら、確かに物価は上昇するかもしれませんね。
 さらに日本人が保有している貯金額は総額1000兆円を超えるといわれています。税率が上がり続ける見込みであれば、その預金額の価値が下がることになるから、預金から投資へと回す方が多いはず。それで株や債券が売れれば企業が資金調達でき、設備投資や研究開発が進み、さらに元気な経済の基盤ができるかもしれません。

 消費税以外にも、固定資産税の税率を上げるのも、また一つの方法ですね。企業は税金をさらに払わなければいけなくなるために、仕方なく商品の値段をつり上げる可能性があります。

 炭素税(カーボン税)などの「環境税」を新たに導入するという手もあります。
 経済も大事だけど、環境だってとても大事だからね。
 例えば、輸出入に欠かせない大型タンカーのCO2排出量の規制です。
 船舶産業による汚染は、自動車に比べて燃費規制が緩く、これまで軽視されてきました。でも、大型タンカーからは、がんや喘息を引き起こす可能性のある化学物質が大量に排出されています。
 皆さん、その量を知っていますか?
 ガーディアン紙の記事によると、巨大コンテナ船1隻から排出される化学物質は、なんと自動車5000万台分と同じ量だそうです。
 巨大コンテナ船1隻で、自動車5000万台分だよ?!
 世界中には約12億6000万台の自動車があるというから、巨大コンテナ船は25隻で全地球上の自動車と同じ量の化学物質を出していることになる(2015年)。そして地球にはいま、こうした巨大コンテナ船が400隻以上も就航しているそうです。
 スウェーデンやデンマーク、スイスなどヨーロッパのいくつかの国では、企業からCO2の排出量に応じた税を徴収する制度が導入されているけど、日本でもそろそろこうした炭素税を導入してもいい頃だと思う。負担の割合を毎年少しずつ引き上げていけば、炭素排出量の低い製品への買い替えを促進させることもできるはず。
 炭素排出量の低いものといったら、運搬されないもの、つまり国内で作られたもの。価格競争の中でも、地産地消が現実的になるかもしれません。そうすると、インフレの目標を達成しながら環境とともに、各国の国内企業を守る制度になるね。

 

 

輸出で得た利益を相手国への財政支援で還元する

 国内企業を守るという話をしたら、僕は貿易に関しての保護主義者と思われそうだけど、実は逆です。逆に貿易が好きで、デフレ対策にも役に立つかと考えています。というのも、内需が減少している国内市場だけで経済を発展させるのが至難の業なら、国外に目を向けるのも一つの考え方だと思うからです。

 例えば、アメリカ、カナダ、メキシコの間では、NAFTA(北米自由貿易協定)によって多くの品目が関税なしで取引できるようになり、この3カ国の貿易額は3倍超に拡大しました。
 多くのアメリカ企業も人件費や土地が安いメキシコに生産拠点を移し、競争力を高めました。トランプ大統領は「NAFTAによって、アメリカの雇用が奪われた」と批判したけれど、貿易増加によって、アメリカの産業に大きな恩恵がもたらされ、新たな雇用を生み出したのも事実です。全米商工会議所によれば、NAFTAは製造業や農業で「500万人近くの新規雇用を生み出した」そうです。
 もちろん、トランプ大統領が言うように、生産拠点が国外に移ったことで仕事を追われた人たちがいたのも事実かもしれません。だけど、そこで是正されるべきなのは自由貿易制度ではなく、それによって得た莫大な利益がきちんと再配分されていない税制や雇用制度なのではないでしょうか。

 ヨーロッパでも、貿易の構造はさらに自由化しています。
 EUでは、関税廃止と統一通貨の導入により、品目やサービス、労働力などが国境を越えて自由に移動できるようになりました。その恩恵をもっとも受けたのは、輸出大国であるドイツです。
 もともとの通貨であったドイツマルクに比べて、ユーロが大幅安になることによって、輸出産業に強いドイツ経済が押し上げられました。財政困難となったギリシャに対し、ドイツは(少し文句を言いながら)これまで572億3000万ユーロ(約7兆8319億円)もの財政融資を負担していますが、それを差し引いてもEU加入によって多大な利益を得ているのです。
 そもそもEUは、何世紀も戦争の絶えなかったヨーロッパで戦争を回避するためにつくられた平和維持を目標とした制度です。ヨーロッパではこの72年間、大きな戦争は起きていないから、たとえ多少の摩擦があっても、イギリスの離脱が実現したとしても、大成功と言えるのではないでしょうか。

 日本も、そろそろ海外との新たな連携の形を考えてもいい時期にきているのかもしれません。
 TPP(環太平洋連携協定)はアメリカの離脱によって先行きが見えなくなっているけれど、考え方によっては、それ以外の道もあります。EUと結んだETAも見事なスタートだと思います。
 他にも、例えば、日本と反対に人口増加が著しく、供給が追いつかない国はたくさんあるから、こうした新興国と経済的に連動すれば、日本にとってはマーケット拡大につながり、相手国にとっては市場活性化の底上げ効果が期待できます。
 仮に、物価が安いバングラデシュと通貨連携することを想定してみると、円が安くなり、日本の輸出高が伸びるはず。ドイツとギリシャと同じように、日本がバングラデシュの財政支援をすることになるかもしれないけど、それを差し引いても、日本経済にとってメリットは大きいでしょう。
 もちろん、円が安くなると輸入品に頼っている日本は物価があがるはず。つまり、インフレが起きるわけです。
 日本は輸出で潤い、得た利益を相手国への財政支援という形で還元する。
 バングラデシュだけでなく、ミャンマーやナイジェリアなど、人口が急上昇していて市場拡大している国はたくさんあります。相手国に技術や組織力、ブランド力を持っていって活性化させ、同時に相手国から急成長中の市場力を分けてもらう。そんな大胆な策もあるかもしれません。

 さて、これまで物価上昇のためのさまざまな案を考えてきました。
 逆に言うと、これくらいしなければ物価は上昇しないということです。だけど、政府が言うように、物価を上げることが日本経済にとってベストの選択なのでしょうか。
 次回は、その辺りを考えてみたいと思います。

 

 

次回、第8回 日本はデフレから脱却できるのか?(後編)は、1月5日(金)公開予定です。

コメントは受け付けていません。