• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第8回  日本はデフレから脱却できるのか?(後編)

 

「物価上昇2%」、本当にいいの?

 さて、前回は、物価を上昇させるためのアイデアを考えてみました。
 消費税を上げるとか、新たに環境税をつくるとか、新興国と経済連携するとか……。
 だけど、最終的な僕の意見は、こんな感じ。 

 「皆、これまでよく頑張ってきたよね。少しは自信も取り戻せたかもしれない。
  だけど、物価上昇に執着する方針は、そろそろ見直してもいい頃じゃない?」

 2017年5月の消費者物価指数は0.4%。目標の2%には、まだまだほど遠い数字です。
 政府がいくら金融緩和しても、お金が出回っているからと言って値段が上がる傾向は見えません。

 だけど、そもそもこの「前年比上昇率2%」という目標。
 よく考えてみてください。1年に2%も物価が上がるって、どういうことなのか。
 1年後に物価が2%上がります。2年後にはさらにその2%上がるから4.04%、4年後には8.24%、5年後には10.4%も物価が上がるということです。
 これって、かなり大変なことですよね!
 いま、金利は良くて0.1%程度だから、預金の100万円は1年後にせいぜい100万1000円にしかならないのに、100万円の商品は1年後に102万円になっている。
 一年だけで差額の1万9000円、損することになります。物価上昇率2%を保つなら、毎年この繰り返しになるのです。
 つまり政府は「現金や預金で持っているより、不動産やモノとして持っていた方がおトクですよ!」といって、国民に消費や投資を促そうとしているわけです。
 だけど、100万円の商品が5年後には110万4080円、10年後には121万8991円、36年後には200万円になるというのに、金利はそれほど上がらないから、現金や預金の「価値」はどんどん下がってしまうということです。
 本当に「2%の物価上昇」が実現したら、給料が同じペースで上がらないといけない。そんな保障はなかなか得られないでしょう。ちゃんと上がったとしても、給与生活者はいいけれど、収入が固定されている年金生活者には大打撃です。
 現役の間ずっとコツコツ貯金しても、もしかしたら老後に貧困生活を送ることになるかもしれないけど、皆、それでいいのかな?
 「2%の物価上昇」という目標は、もう少し考えてみた方がいいと僕は思っています。

 

「資本主義の次」を考える時がやってきた?!

 産業革命以来、人間の消費活動によって市場は活性化してきました。
 人間の「物欲」に基づいた消費経済によって、世の中が発展してきたのです。
 だけど、日本では、すでに「物足りない感」が薄くなってきているように思うのです。皆が「モノ欲しさ」によって動く時代は、そろそろ終わりに近づいているのかもしれません。
 また、これからの日本は「成長し続けていた、輝かしい日本」ではいられません。
 人口はどんどん減少していき、特に労働人口が減っていくから、実質GDP(国内総生産)を上昇させ続けるのはとても難しいのです。高齢者の割合が増え、年金や介護費、医療費などの社会的コストが増えていきます。同時に国内の需要も縮小しています。生産力は相変わらず高く、商品はどんどん作られるけど、買う人がいません。商品があまると値段が下がりますね。いまのところ、物価も上がる見込みはない。
 もはや日本経済は、「資本主義の次のシステム」へ進むべき時期に来ているのかもしれません。

 

新しい経済の形「ベーシック・インカム」

 例えば、国が全国民に最低限の生活を送るのに必要な額を定期的に支給する「ベーシック・インカム」なども、新しい経済の形に向かっていく第一歩になるでしょう。現在の生活保護制度を廃止して、仕事をしている人にも仕事をしていない人にも同じ額を定期的に配り、最低限の生活を保障する制度です。
 AIやロボットの技術が進むとともに、失業者がぐんと増えるはず。この制度のメリットは、失業中の人でも焦らずに、自分にあった長く続けられる仕事を探すことができるという点です。急いで、生活を保つために適当なアルバイトに就くのではなく、新たに勉強をして、より生産性の高い仕事を見つけることもできるかもしれません。
 千変万化する世の中で、きっと負け組は出てくるけれど、最低限の生活が保障されていれば、暴動など最悪の事態は起きないのではないか、という考え方です。
 デメリットとして考えられるのは、社会主義のように、個々人のやる気や生産性が下がる可能性があるということ。人は与えられたものではなく、自ら掴み取ったものに価値を感じるからね。
 だけど、「資本家VS労働者」という対立構造は解消されるだろうし、貧富の差の是正につながるはずです。さらに、現状の生活保護システムより効率的だと言う経済学者もいる。まだ実験段階だけど、新しい形として試してみる価値はあるかもしれない。

 

日本は本当に「失われた」のか?

 あるいは、デフレを受け入れて生きるのも、これからの日本の一つの選択肢かもしれません。
 実は2017年6月にIMFは、物価上昇が見えないままでも、「アベノミックスが成功した」という見方を発表しました。この先、インフレが起きることをIMFは期待しているが、起きないからといって、経済が崩壊することはありません。
 物価が低ければ、固定収入でもある程度の生活水準は保てるし、人口が減る分、地方に行けば住む土地はあります。人口構成と経済の構造が変わっていくなか、大不況や暴動を招かないようにしながら、少しずつ成長速度を下げていき、ソフトランディング(軟着陸)させるという方向も考えられるのです。
 そして、これからは「総GDP」でなく「一人当たりGDP」を見直して生産効率アップを目指す。そうすればワークライフバランスもちゃんととれるはず。過重労働をやめ、ひとりひとりの生活水準を上げることを意識する。国として、そんな生き方もあるでしょう。

 そもそも、日本ではよく「失われた30年」と言われるけれど、バブルが崩壊した1991年に比べて、日本人の生活ってどのくらい苦しくなったのでしょうか。
 もちろん、バブル期みたいに札束なんて落ちていないよ。ビックリするほどボーナスも出ない。だけど、インフラはあのころより確実に発達しているし、インターネットもハイビジョンも普及しています。失業率が10%を超えたことはないし、暴動も起きていない。
 過重労働や児童待機問題、介護問題などの諸問題を抱えて入るけど、おおむね教育制度や保険制度は行き届き、福祉制度もパンクしていない。他の先進国に比べて、学力も高い。犯罪率も低い。貧富の差も少ない。国民の平均寿命も長い。
 日本は、実際にはそれほど「失われて」いないのかもしれない。
 ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏は、2008年以降の欧米の経済は日本以上に深刻で、均質でストイックな日本と違って欧米諸国はデフレに耐えられないだろうと危惧しています。

 そう、良くも悪くも、日本人はこれまで長いデフレスパイラルに耐えてきたのです。
 この経験はきっと日本の新たな強みになるでしょう。他の先進国がデフレスパイラルに陥った時に、ひとつのお手本になるかもしれません。
 労働人口が減少し、デフレスパイラルに陥り、GDPが伸び悩む大国──そんな難題を日本はこれからどう乗り越えていくのか。世界はいま日本の技術力や発想力、組織力に注目しています。
 もちろん、日本経済には、さらなる多様化や国際化(特に英語力)、生産性の向上、労働時間短縮など、喫緊の課題もたくさんあります。
 当然、問題意識や危機意識も必要でしょう。
 でも、やたらと絶望感や恐怖感を煽る政治家やメディアに踊らされたら、本当の課題や解決策は見えなくなってしまいます。
 いまこそ既成の概念にとらわれず、より長期的かつ大きな視点で、日本の将来を見据えるチャンスが訪れている──そう思うのは、ちょっと楽観的すぎるかな?

 

次回、第9回 日本の教育制度は変えられるか? は、1月19日(金)公開予定です。

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