• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第10回  なぜ、日本で起業家が育たないのか

 

 前回、僕は日本の教育制度について書きました。

 日本の教育は均一的にレベルが高く、掃除や道徳の時間を通してモラルを育てるなど良い面がたくさんある一方で、「自分の考えを相手に伝える力」や「コミュニケーション能力」などを育てる教育はこれからだ、と。そして今後は、そうした力がより求められるだろうから、どんどん取り入れて欲しい、とも。

 今回はさらにそこに、チャレンジ精神や失敗から学んでいく体験も加えたいと思います。

 

 日本は経済大国にもかかわらず、他の先進国に比べて起業する人の割合が少ないという指摘をよく耳にします。

 実際に、起業家の成人人口に占める割合を示す「総合起業活動指数」の各国比較(2013年)を見てみると、アメリカ12.7%、イギリス7.1%、ドイツ5.0%などに対し、日本は3.7%と低い数字です。

 日本では、なぜ起業が進まないのでしょうか。

 まず考えられるのは、起業するための環境が万全ではないということ。

 起業の手続きにかかる時間やコスト等を各国で比べた世界銀行のデータ(2017年)によれば、日本の起業環境は190の国・地域のうち89位でした。

 1位のニュージーランドが1回の手続きで(しかも半日で)、手数料も約1万数千円で起業できるのに対し、日本では8回の手続きが必要で、会社登録にかかる日数は約11日。コストも印紙代等で最低25万円。資本金は1円でも可能ですが、銀行や取引先からの信用を考えれば、そう簡単にはいかないでしょう。

 

日本人は安定が好き?

 もちろん、こうした環境も起業率の低さに関係しているのでしょう。

 でも、それだけではなく、日本人の志向も影響しているのではないかと僕は思っています。「リスクを避け、安定を好む志向」です。

 日本の大学生の就職企業人気ランキング上位100社には、今も大手企業がずらりと並びます。「大学生就職意識調査(マイナビ、2017年)」によれば、大手企業に入社したいと考える学生は48.4%いるのに対し、起業したいと考える学生はわずか0.4%。会社を選ぶポイントは、「自分のやりたい仕事ができる会社」が1位ですが、その次に「安定している会社」が選ばれています。

 日本では、起業家の社会的地位に対する評価も高くありません。

 景気が長い間低迷していた日本ですから、社会的信用があり、給料が安定していて福利厚生も整う大企業を希望する人が多いのは当然かもしれません。

 その傾向は学生だけでなく、親の側も同じでしょう。「失敗は成功のもと」とはよく言われますが、むしろ日本では「失敗したら大変だから、失敗しない道を選びなさい!」と教える親の方が多いのではないでしょうか。

 

 でも、東芝やパナソニック、NEC等を見ればわかるように、今や有名大企業でも大幅な人員削減が行われています。どの企業も安泰とは言い切れません。

 さらに、日本では、今後ますます少子高齢化が進んでいきます。高齢者が増え、若者が減っていけば、さらに起業率が低下していく可能性がある。

 新しいビジネスが生まれにくい環境では、画期的なイノベーションも生まれにくいと言われます。過去の先進的な発明でおなじみの大企業においても、主要商品を守ることに忙しくなり、斬新なアイディアが育まれない状況を「イノベーション・ジレンマ」と呼びますが、そうしたことが起こりつつあります。

 でも、古来の企業が衰退していても、新しい何かを生み出す新企業が誕生していけば経済全体は元気になります。逆に、起業がなければ、産業は活性化せず、雇用もなかなか増えません。経済を牽引する革新的な企業が生まれなければ、高齢者を大量に抱える日本の成長は望めなくなる可能性が高いでしょう。

 

「失敗したかどうか」ではなく、「挑戦したかどうか」

 もちろん、起業には「失敗するリスク」もつきまといます。

 ハーバード大学のある研究者は、アメリカのベンチャー企業の約75%が失敗すると言っています。利益が出ないものを全部含めると、その失敗率は95%にのぼるのです。

 世界に知られる実業家の中にも、失敗を経験してきた人はたくさんいます。いや、むしろ失敗していない人の方が少ないかもしれません。しかし、彼らが素晴らしいのは、成功したことより、失敗しても諦めなかったことです。

 

 たとえば、ビル・ゲイツは、ポール・アレンと一緒につくった最初の会社で交通情報を処理するシステムを売り込むことに失敗し、会社を倒産させました。

 しかし、その失敗は、後のマイクロソフトのもとになったと言われています。

 

 ヘンリー・フォードは2つ会社をつくりましたが、1つは破産、1つの会社からは、創立者なのに追い出されました。3度目の正直でフォード社をつくり、大成功しました。

 

 ケンタッキー・フライドチキンの創業者カーネル・サンダースは、家計のため少年時代からさまざまな仕事を経験してきましたが、62歳の時フライドチキンのレシピを売ることを思いつき、105ドルの年金を元手に各地のレストランに売り込みに行きます。しかし、うまくいかず、なんと1009回も断られたそうです。それでも諦めずにアタックし続けたところ、ついにソルト・レイク・シティのレストランがフランチャイズ1号店になり、店は大繁盛。その後、どんどん店舗を増やし、あの世界的なチェーン店をつくりあげたのです。

 

 生涯で1300もの発明をしたトーマス・エジソンの失敗話もまた有名です。

 彼は電球を発明するまで、1万回も失敗したそうです。1万回失敗したのに、なぜ途中でやめなかったのかと新聞記者に問われ、彼はこう答えました。

 「私は失敗したのではない。うまくいかない方法を1万通りみつけたのだ」。

 そもそもエジソンは発達障害を持っていたと見られ、小学校から追い出された人物です。若い頃には2つの仕事をクビにされています。

 数多くの成功を手にしたエジソンは、それ以上に失敗を味わってきたのです。彼は一度失敗したアイディアを他の発明に応用して、成功させたこともあります。

 

 その他にも、新聞社をクビになった後、自身の会社を3つも倒産させたウォルト・ディズニーや、サイクロン掃除機を完成させるまでに15年以上かけて5000個以上の試作機で失敗を重ねたジェームス・ダイソンなど、大成功した人たちはたいてい、それまでに数多くの失敗を経験しています。

 大事なことは、「失敗したかどうか」ではなく、「挑戦したかどうか」。失敗に負けず、むしろ失敗から学び、我が道を歩む強い精神力が大事なのです。

 「誰もが最初から成功する訳ではない。失敗を罰するより、そこから学ぼう」。

 ダイソンがそう言うように、人が成長する上で失敗は欠かせません。それも若いうちにたくさん失敗しておいた方が、学ぶ機会を得られるのです。    

 

なぜ日本人は失敗を恐れるのか

 でも、日本では失敗を恐れ、安定を選ぶ人が大多数です。なぜでしょう?

 もしかしたら、日本には「失敗が許されない空気」があるのではないでしょうか。というのも、僕が日本で暮らしていて感じるのは「世間の目」の厳しさです。特に失敗をおかした時の「世間の目」は他の国よりずっと厳しいと思う。

 

 たとえば、アメリカでも失敗や間違いをおかした時には叩かれますし、メディアも厳しく追及します。でも半年くらい経ったら、周りは忘れていることが多いし、本人も復活して、ちゃっかり再スタートしていたりする。

 映画『アイアンマン』でおなじみのロバート・ダウニー・ジュニアもその一人。今は総資産200億円とされる大スターですが、前は麻薬中毒で何度も捕まり、刑務所の厨房で自給8セントで働いていた時期もあります。アメリカではこんな紆余曲折の人生はよくあるもの。

 一方、日本では間違いをおかしたらすぐに謝る人が多いけど、謝っても許されず、復活とか再スタートなんてとんでもないという空気があるように思います(もちろん、槇原敬之さんなどの例外もありますが、大きな傾向として)。

 日本人は「和を保つこと」を優先し、周囲に迷惑をかけないよう、自制して生きている気がします。気を遣うのは素晴らしいことだけど、「迷惑センサー」が敏感すぎて、皆、どこかびくびくしながら暮らしていると思うこともある。自分の立場をわきまえるあまり、行動範囲を自分で狭めてしまっていると感じることもあります。

 

 先日、こんなことがありました。

 僕が電車の中で外国人女性の隣に座っていたら、その女性の赤ちゃんが僕のカバンをずっといじっているんです。

 でも、その外国人のお母さんはニコニコ笑っているだけ。「この子、あなたのカバンが好きみたいね」って。だから僕も「そうだね」と言って笑いました。

 でも、もしそれが日本人のお母さんだったら、そうはならないんじゃないかと日本人であるマネージャーと話していたんです。きっとお母さんは赤ちゃんに「やめなさい」と言ってやめさせて、「すみません」と謝るでしょう。僕が怒ったり、笑ったり、とにかく何か反応するより前に謝ってしまう人が多いんじゃないかな。それが日本では「節度ある態度」だと思われているから。

 でも、赤ちゃんにカバンをいじられても、僕は別に怒ったりなんかしない。たとえ、よだれにまみれた手で新品のカバンを触られたとしてもね。一方、怒られ続ける赤ちゃんは、人に近づけない、冒険ができない、好奇心を持てない人に育つのではないかと、ちょっと心配になりますね。

 相手に迷惑をかけないという気遣いももちろん大切だけど、謝るのは、相手に「大丈夫ですか?」と聞いてからでもいい。コミュニケーション力さえあれば、相手が迷惑と思っているかどうかは確かめられるんだから。

 もちろん、僕だって進んで人に迷惑をかけられたいわけじゃありません。でも人間同士、お互いに多少の迷惑をかけ合って暮らすのは当たり前。度を過ぎたら教えてもらえばいい、くらいの気持ちで過ごしてもいいと思っています。

 「失敗が許される風土」がなければ、新しい挑戦は生まれません。日本人の「和を保ち、周囲に迷惑をかけまいとする精神」は素晴らしいけれど、あまりそれを重視し過ぎると、周りばかり気にする窮屈な社会になってしまいます。

 

子どもたちの起業家精神を育てるために、できること

 子どもたちの起業家精神を育てるためにできることは、家庭でもあります。

 たとえば、僕は子どもの「自分はできる」と信じる気持ちを育てることに、気を使っています。今はできないことがあっても、「君はこれができない」と言うのではなく、「今はまだできないけど、練習すればできる」とか、「君は何でもできる」と伝えて、子どもに自信を持たせるのです。

 また、その子が本来、持っているものをつぶさないことも大切だと思います。子どもが本当に好きなこと、得意なことを親が知って、それを尊重し、伸ばせる環境をなるべく提供するように努めます。そうしたことが子どもの特性を認め、「皆と一緒でなくてもいい」と思える強い気持ちを育てると思うから。

 日本は皆と違う変わり者だと思われたら、損をする社会かもしれません。でも変わり者がたくさんいれば、変わり者に対する社会の見方も変わってきます。それが、個性が尊重され、失敗も許され、再出発できる社会につながっていくんじゃないかな。

 

 学校教育でも、子どもの良い部分を伸ばすという観点は必要だと思います。

 皆が均一的に教育を受けられ、人に迷惑をかけてはいけないと教える日本の学校は素晴らしいけど、画一的すぎると、個性をつぶしてしまう可能性もある。英語のネィティブスピーカーの子どもでも、他の子と同じペースで「This is a pen」から学ぶことになっているのが不思議ですね。ネィティブなのに、学校ではカタカナ英語の発音でしゃべるようにする子も多いようです。

 もちろん、前に取り上げた教育改革が進んでいることから、問題意識が高まっていることがわかります。例えば最近は、日本の公立小学校でも算数などの授業を習熟度別にクラスを分けることもあるそうです(まだ一部のようですが)。

 その方が理解の早い子の学力を引き上げ、得意分野を伸ばすことができるでしょう。一方、理解の遅い子には先生がじっくり基本を教えることができます。不得意な分野でも焦ることなく、同じ程度の理解度を持つ友だちと一緒に学べるのです。日本の教育も今、間違いなく変わりつつあります。

 

 そういえば、アメリカの幼稚園や保育園には「show and tell」という時間があります。自分が持ってきた玩具や拾ったものを皆の前で見せながら、それが何で、どこで手に入れ、自分にとってどんな意味があるかを説明するのです。

 そうやって幼児期からコミュニケーション力やプレゼン能力を育てるのですが、それと同じように、学校でも「今週の挑戦!」といった課外授業の時間があったら、面白いかもしれませんね。

 

 例えば、「今週、私はクッキー作りに挑戦しました!」という子がいるかもしれません。美味しくできたかどうか、できなかったとしたら、何が原因だったのか、子ども自身に考えさせ、発表させるのです。

 クッキーが美味しく作れるようになったら、今度はそれを街角で売ってみてもいい。売れた理由は何だったか。売れなかったら、何が原因だったのか。

 何に挑戦するかも、自分で考えさせるのです。「今週はお母さんにiPadを買ってもらうよう交渉に挑戦してみました」なんていうのもあるかもしれません。

 『お母さんは仕事で忙しく、私の宿題を見る時間もないのに、私はテストでいい点を取りました。そこでお母さんの罪悪感を刺激しながら、ご褒美をねだってみました。結果は失敗。何が足りなかったのか? 涙かもしれない。次は泣いてみました。また失敗。そこで次の週は、iPadがあったら、どれだけ調べ物が効率的にできるかを説明しました。結果は成功! うちのお母さんには、感情よりも理論的な説明、または執拗さが効果的ということがわかりました!』……なんてね。

 とにかく、子ども自身にゼロから挑戦させるのです。

 たとえチャレンジが失敗しても、そこから学んだことがあれば大成功です。

 

 幼年期から大学までの20年間は、人生で最も脳が発達する時期。

 そんな時期に、知識だけを学ばせるのは実にもったいないですよね!

 挑戦や失敗から学ぶ方法や、人にわかりやすく伝える方法、人への接し方、自分を信じる力、発想力、ユーモア……大切なことはたくさんあるけど、こうしたものもぜひ社会人になる前に学んでほしい。

 特に、挑戦や失敗はできるだけ経験しておいてほしい。それも若いうちに。

 その経験こそが、失敗しても立ち上がる強さや、失敗から学ぶ力を与えてくれるんじゃないかな。

 それは起業家としても、一人の人間としても、絶対に役立つことでしょう。 

 

 

次回、第11回 国際人はどうやって育てる? は、2月16日(金)公開予定です。

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