• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第11回  国際人はどうやって育てる?

 

 東京オリンピック・パラリンピックが開催されるまで、あと2年。

 その準備は各所で進んでいますが、教育分野でも、英語教育の重点化や国際人材の育成を目指す教育など、国際化を意識したものが増えているようです。

 特に英語教育については、2011年度以降は小学5年生から英語の授業が行われていましたが、さらに早期化され、2020年度には小学3年生から英語の授業が始まるとされています。

 そうした影響か、小学校低学年や就学前から英語を習わせたいと考える親御さんも多いようです。英語教育を取り込む幼稚園や保育園も増えています。自分が苦手だから、子どもには早くから習わせたいという親御さんもいます。

 

 でも、僕はよく言っていることだけど、日本人は「英語が話せない」と思い込み過ぎだと思います。日本人は自分で思っているより英語を話せますよ!

 たとえば、「野球の試合を観に行きたい」って、英語で言ってみてください。

 だいたいの日本人は、自信がなさそうな顔をしながら答えます。

 「えーと……、I want to see a baseball game……かな?(汗)」

 正解! ほら、言えるじゃないですか! では、それをフランス語で言ってみて……。スペイン語でもいいよ。広東語は? どれも無理でしょう。 

 英語ならこれくらいは何とか言えるけど、他の言語ではまったく無理という日本人は多いですよね。ということは、英語は話せる。それ以外は話せない言語だと思ってください。

 上の野球の例文を日本語で言えるアメリカ人は、「私は日本語がペラペラです!」って胸を張って言うでしょうね。たぶん国連の日本語通訳でもできると、言い張ります。

 日本の皆さんは義務教育で勉強している上、日常生活でも街中に溢れる英語が自然と身に付いています。だから安心してください。英語を話さなければいけない「必然性」さえあれば、日本人はもっと英語を話せるようになるんです!

 

 では、英語をもっと上達させるためには、どうしたらいいのか。

 とにかく1日1時間、英語をしゃべること。そうすれば、うまくならないはずがない。

 受験英語もよく批判されますが、基礎的な部分は学べますよ。受験英語を中学までにしっかり学び、一定の文法力や語彙力を持つ状態にしてから、今度は実践練習、つまり「話す練習」を繰り返すのです。

 好きなことについて誰かと話すのでもいい。好きな曲を覚えて1時間、歌うのもいい。2人や3人で語り合うのもいい。単語や言い方がわからなければ、翌日までに調べる。それを繰り返せば、英語を話す怖さは消えるはずです。

 その際のポイントは、「完璧」を求めないこと。

 前も書いたけど、訛っていてもいいんです。多少、間違っていても大丈夫。

 スポーツも、いきなりプロ選手になるのは無理ですよね。皆もそれをわかっていてスポーツを楽しんでいます。なのに、なぜ英語だけ完璧にしようとするの?

 発音はネイティブにはかなわないけど、聞くことや話すことはできる。それで十分です。大事なのは「自分が思ったことを英語で表現する」ことだから。

 

 

価値観とは、コンタクトレンズのようなもの

 では、英語力さえあれば、国際人と言えるのでしょうか? 

 昔は、海外の知識があり、渡航経験の多い人が「国際人」でした。明治以降、伝道師的な役割をする人物によって、海外から物事が持ち込まれてきたのです。

 でも、インターネット時代の今は、一人ひとりが「個人伝道師」。一度も現地に行かず、誰でも簡単に海外の情報や外国人と触れることができます。この環境を活かさない手はありません。真の国際人を目指すならば、知識、発信力、そして「さまざまな価値観を知っておくこと」が重要になってきます。

 例えば、日本の報道だけを見るのでなく、他国の新聞の社説を読めば、日本で報道されていない考え方も知ることができます。今は無料の翻訳サイトも充実しつつありますから、理解できないような事が起きた時、その国の専門家や指導者の考えを知れば、理解の一助になることもあります。

 「こんなひどい事が起きるなんて、野蛮な国!」で片付けず、相手の価値観を調べてみることで、より多面的に考えられるようになります。その上で、日本人である自分に何ができるかを考えるのが、真の国際人ではないでしょうか。

 

 僕は、大学で国際関係論を教える前に、学生たちとじっくり話をしています。

 それは、「あなたの価値観とは何か」という話です。

 価値観とは、透明なコンタクトレンズのようなものです。自分の目を通して世界を見ているけど、そこには「価値観」という、見えないフィルターがある。

 普段は皆、それに気づきません。コンタクトをしていることを忘れてしまう。でも、誰もが必ず先入観や偏見、固定概念などの価値観を持っているのです。

 それを意識して、そのコンタクトを通さなかったら、もしくは違うコンタクトを通していたら世界はどう見えるのか、一度試してみようよ、という話です。

 

 

僕は、8歳の時からライフルを撃っていた

 たとえば、アメリカの銃規制の問題。

 「銃を規制しないなんて危険だ。アメリカ人ってバカだな!」

 きっと、これが日本人の一般見解でしょう。でも、少し考えてみてください。

 日本では明治時代の廃刀令によって武器が取り上げられ、管理されました。それ以前も、刀を持つことはエリート層である武士にしか許されませんでした。危ない武器は、お上によって管理されるという社会の仕組みがあったのです。

 一方、アメリカでは、憲法によって「銃の所有権」が保障されています。

 その歴史をひも解けば、支配層やエリート層と闘って、自由と独立を勝ち取り、自分たちの手で民主主義をつくってきたという自負があるのです。さらに個人個人が町から離れ、自らの住処と新たな国土を切り開いた開拓時代もありました。野生動物からも、山賊からも、原住民からも自力で身を守らないといけない時、一番お世話になったものが銃。そんな歴史を踏まえ、銃の所持に対しても、自由と自律が認められるべきという考えが根強く残っています。

 実際、アメリカでは日本人が想像する以上に、銃は身近な存在です。

 僕は8歳の時からライフルを撃っていました。サマーキャンプではライフルを撃つ練習をしたし、友だちの家の裏庭でその家のお父さんに撃ち方を教えてもらいました。親は猟もしないし、とりわけ銃好きではないけど、家の暖炉の上には古いライフルが置いてありました。もちろん防犯用ではありません。火縄銃のように、自分で銃口から球と火薬を詰め込み、火をつけて点火しないといけないから、泥棒が入っても、「ちょっと待ってて!」って言わないといけない(笑)。いわば、お守りといったところでしょうか。

 

 アメリカで育まれた価値観と、日本で育まれた価値観。違っていて当然です。

 もちろん、銃社会には大きな問題がありますから、「銃規制しないアメリカはおかしい」と思いたい気持ちもよくわかります。ぶっちゃけ、僕も銃規制賛成派ですし、同じ考えのアメリカ人はいっぱいいます。

 ただ、そうじゃない人を全員変人扱いにするのはよくないでしょう。その方の価値観も意識するべきだと思います。お互いの歴史や背景を知ろうとしなければ、双方の主張を深く理解することはできず、議論を進めて解決策を見出すことがとても難しくなるから。

 

 また、日本のいいところも、直した方がいいところも、世界と比較してみることで浮き彫りになってきます。

 たとえば、日本では子どもの宿題を見るのはお母さんの仕事と言われがちですが、他の先進国ではそうとは限りません。先進国では共働き世帯が多く、家事や育児を夫婦で平等に分担している家庭も少なくないからです。さらにシングルファザーの家庭や、祖父母などが保護者になっている家庭など、お母さんがいない家庭もあります。もちろん、日本でもそういう家庭もありますが、なぜか「育児担当=お母さん」という話し方を耳にする率が圧倒的に高いのです。

 これも含め、日本で女性の社会進出がなかなか進まない背景には、さまざまな要因があり、日本特有の価値観も関係しているのでしょう。

 

 でも、それは絶対に変えられない訳ではありません。「見えないコンタクト」があるなら、他国の制度、考え方、価値観を知ることで、つまりその人のコンタクトを借りることで、改善できる部分を見出すことができるかもしれません。

 もちろん、他国がやっているからって日本が合わせる必要はありません。

 ただ、他と比較して、このままでいいのかと考えてみることは大事だと思うのです。そして、もっと皆で議論したらいいんじゃないかな。アメリカは自由を大事にするけど、自由って本当に重要なのか。日本は自由より安定を選びがちだけど、それでいいのか。違う意見の人と交流して、その価値観を確認するのがとても有意義なのだと思います。

 

 

「意見がぶつかり合うこと」を避けていては、交渉はできない

 前回、アメリカの幼稚園で行われている「show and tell」(見せて話す)のことを紹介しましたが、アメリカ人だって、皆が皆、生まれつき話し好きという訳ではありません。コミュニケーション能力を重視し、幼少期からそうやって積極的に育てようとしているのです。

 小学校でも質疑応答形式で授業が進められ、自ら発言するよう求められます。

 さらに、中学や高校では議論や交渉の練習をします。その過程で、子どもたちは対話のマナーも学んでいきます。相手を怒らせてしまう言い方や、どう言えばうまく相手に伝わるのかを、実践の練習を通して知るのです。

 反論するのはいいけど、相手をバカにすることや人格攻撃はいけないとか。批判するだけでなく、持論も述べて対案も出すとか。これらは議論の初歩のマナーです。

 

 「和」を大切にする日本人は、相手と意見がぶつかり合うことを極力避ける傾向がありますが、こうしたトレーニングを普段からしておくと、たとえ相手から何か指摘されても、腹を立てずに対応できるようになります。

 また、相手と「和」を保ちながらも、議論を深めることや、交渉を有利に進めることも可能です。

 そもそも交渉の基本姿勢は、「win-win(双方の利益)」を目指すこと。自分のメリットだけを考えず、お互いがいい思いをするためにどうしたらいいのかを考えることです。たとえ相手に譲ることがあったとしても、譲って相手が得をしたことによって、長期的な関係作りができたり、自分も得することがあるかもしれません。

 また、黙って引き下がるのと、互いの言い分を知った上で納得して引き下がるのでは、事態は違ってきます。相手の考えは、聞いてみなければわからないのですから。

 

 

日本人は世界一のコミュニケーターになれる?!

 海外で仕事をする際には、交渉術やプレゼンテーション能力は欠かせませんが、こうした力を伸ばすためには、何より「場数」が必要です。一度も経験したことのない人が、社会に出て、いきなりやれと言われても、無理な話でしょう。

 だからこそ、交渉や議論によってお互いの現状を良くしていくという経験を、脳が発達する子ども時代にこそ、学んでほしいと思います。

 特別な授業を作る必要はありません。従来の授業の中で、その要素を増やすだけでいいはずです。先生が一方的に教えるスタイルではなく、先生やクラスメートとのやり取りを増やした教え方や学び方が取り入れられれば、日本人は今よりずっと海外で活躍できるんじゃないかな。

 

 こうした力を身につけるために、家庭でできることもあります。

 子どもが話す場を「意識して」つくるのです。特に食事の時間はお勧めです。学校や友だち、テレビ、食べ物、習い事……、話題は何でも構いません。

 その際は親の考えを子どもに押し付けるのではなく、「〜は、どうだった?」「これについて、どう思う?」「どうして、そう思うの?」などと問いかけながら言葉を引き出すようにすると、子どもは話しやすくなります。

 さらに、相手の言葉を否定せず、話を聞きたいという態度を見せることも大事です。

 子どもが何かを質問してきたら、「そんなことも知らないのか」ではなく、「いい質問だね!」「面白い質問だね!」と言ってあげましょう。

 

 “The only stupid question is the one not asked.”

 (唯一愚かな質問は、聞かなかった質問だ)

 アメリカの先生や親はよくこう言って、質問する姿勢を褒めます。変な質問をしたら怒られると思えば、子どもの口も重くなってしまいます。そこから会話が広がることもあるかもしれません。

 また、コミュニケーション能力を伸ばす練習は、もちろん早いほうがいいけれど、遅すぎるということもありません。今からでも、すぐに始められますよ!

 

日本人は、場の空気を読み、相手の言わんとすることをくみ取る『くみ取り式コミュニケーション』がとても上手です。相手の表情や態度から、相手の気持ちを斟酌(しんしゃく)する気遣いや能力は、きっと世界一でしょう。

 その高い受信力を持ったまま、発信力をもっともっと高めていければ、日本人は世界一のコミュニケーターになれるんじゃないかな。

 開国してからたったの数十年で先進国の仲間入りを果たした日本は、もともと世界から物事を学ぶのが得意な国。これからは技術や情報だけではなく、外国の価値観も把握した上で、英語力とコミュニケーション能力を持ち、学ぶだけではなく、世界に物事を伝える、教える存在にもなってほしいですね。日本には発信する価値のある、優れたものがたくさんあるんだから!

 

 

次回、第12回  「集団バッシング」は動物的本能? は、3月9日(金)公開予定です。

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