• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第12回  「集団バッシング」は動物的本能?

 

 今回のテーマは「集団バッシング」です。
 最近では、不倫騒動を起こしたベッキーさんや山尾志桜里議員などが頭に浮かぶけど、何か問題を起こした人を皆が一斉に叩く現象……怖いですよね!
 日本特有のものというイメージもあるかもしれないけれど、そんなことはありません。誰か一人を取り上げて攻撃するのはアメリカでもよくあることです。

 でも、アメリカの場合は、日本より軽いというか、皆で笑いものにしてしまう感じ。「あいつ、またやったぜ!」って、ジョークのネタにするんですよね。
 そして非難する人だけではなくて、攻撃された人を支持する人も一定数いるのがアメリカ。ヒール役も応援される国だ。なんたって、あの人が大統領になっちゃう国ですから!

 それに比べて、日本では、一度風向きが変わったら、謝っても許してもらえずに、皆から徹底的にやられてしまうことが多い気がします。単一民族に近い島国で、身体的特徴や文化的背景が似たような人々が寄り添って暮らしてきたから、違和感のある者は排除するという風潮が残っているのか、社会人類学者じゃないからわかりませんが、多民族国家出身の僕からみると、個人の個性に対する許容範囲が少し狭いと感じます。

 でも、そもそも人間は限られた資源の取り合いで生きてきました。自分や家族を守るために他者を排斥するのは、本能と言ってもいいのかもしれません。
 それに、考えてみれば、人間はもともと動物です。

 動物は、自分の生存を有利にするために排除行為をすることがあります。
 たとえば、科学雑誌『Nature』で発表されたある研究では、「同種で殺し合う率が高い哺乳類」を調べたところ、人間はトップ30にも入りませんでした。
 1位は、なんと可愛らしいミーアキャット。ミーアキャットのメスは、他のメスが産んだ子を殺して、我が子を群れの中で優位な位置に立たせるそうです。
 チンパンジーのオスも、他のオスの子どもを殺して自分の遺伝子を多く残そうとするそうです。ライオンのオスは、メスと交尾するために前のボスとの間の子どもを殺すことがあります。子どもを育てているメスは発情しませんから。
 それにしても、食糧確保のためではなく、自分の種を優位にするために仲間を殺す動物たち……思っている以上に、動物の世界って野蛮で過酷なんですね。

 

バッシングするのも人間の本能?

 そういえば、誰かをバッシングするとき、私たちは「怒り」を感じていますが、この怒りもまた、本能的な働きによるものが大きいそうです。
 怒りを感じた時、脳内には「ノルアドレナリン」という神経伝達ホルモンが分泌されます。この「ノルアドレナリン」は、神経を興奮させる働きも持っているのだそうです。
 そのため、怒っている状態というのは、興奮して気持ちがいい状態でもある。
 確かに、誰かを「けしからん!」と責めるのはスカッとしますよね。
 僕からみたら、毎日FOXテレビを見て、「そうだ、移民は許せない! 叩き出せ!」と怒っている人たちはアルコール依存症と一緒。「怒り依存症」に陥っているんじゃないかな。怒ることが気持ちよくて、もうやめられないんじゃない?
 また、脳の構造を見ると、脳幹に一番近いところには行動関係の機能が集まっています。そのすぐ近くに感情関係の機能がそろっていて、一番外に思考関係の機能がある。この位置関係からもわかるように、人間は「考えて行動する」より「感じて行動する」ことに向いている動物です。何かを強く感じたら、ほぼ考えずに動くことは当然の結果でしょう。脳科学者でもないから詳細はわかりませんが……。
 だから、政治家や有名人が怒りを扇動するような演説やヘイトスピーチをして会場を盛り上げている様子を見たら、一歩引いて、落ち着いて考えてみる方がいいと思います。不倫中の著名人などへの批判が殺到している時の「公開死刑」みたいな場面もそうかもしれません。 
 自分は今、感情だけで反応していないかな、頭と感情が切り離されていないかなって。政治家もメディアも人々の不満や怒りや差別感を利用しようとしている可能性もあるのだから。

 考えてみれば、集団バッシングでもいじめでも、自分の不満や満たされない思いを他者にぶつけている人が多い気がします。
 もちろん、誰だって世の中に不満を持つことはありますよね。人生はずっとうまくいくとは限らないし、世の中には理不尽なこともたくさんある。
 でも、その不満や困難を他人にぶつけたり、誰かを攻撃することをはけ口にしたりせず、自分でどう向き合っていくのか。それは、その人がしてきた経験によって違ってくると思うのです。

 たとえば、英語では過保護な親のことを「ヘリコプター・ペアレント」と言うけれど(子どもの側にホバリングしていて、「大丈夫?」と手をさしのべるから)、子どもが自分でやる前に親が手を出してしまえば、子ども自身が「自分で何かをやり遂げる力」「困難を乗り越える力」を奪ってしまいます。
 そうやって常に親に助けられて、辛い思いをしてこなかった子どもは、本当に辛い思いをしたとき、そこでフリーズしてしまうかもしれません。「自分はもうダメだ」と諦めて、高い自尊心だけを持て余すことになるかもしれない。

 反対に自力で何かを成し遂げてきた子どもは、困難に直面した時も、過去の成功体験から、「自分なら、きっと何とかできる」と前向きに捉えることができるはずです。すぐ親に助けてもらわず、苦労して自力で何かをやり遂げた経験は、人間に大きな自信と力を与えてくれるはずだから。

 自分のことを言うのは憚られるけど、僕も実家が母子家庭で経済的に苦しい生活だったから、辛い体験をそれなりにしてきました。たとえば10歳から8年間新聞配達をしていました。年中無休で雨の中でも雪の中でもお泊り会があっても、朝早く起きて新聞を配ってから学校に通っていました。間違いなく辛い時があったけど、結果的にそれは僕にとってすごくいい経験だったと思う。 
 辛い思いをすることで辛くない時の喜びを知ることができたし、それを乗り越えた自分に対して「自分は頑張れる」と素直に自信を持つことができました。 
 その時一緒に働いていた65歳のおじさんは、他に仕事がないために十数年間、新聞配達をしていて、いつも手が真っ黒。話題も暗いものばかりで、言葉を交わすたび、彼がこの世界に絶望していることがわかりました。「立場が違うと、世界を見る目が全然違うんだ」と、自分と違う立場の人の痛みや苦しみに気づくことができたのも、大きな収穫だったのです。 
 新聞配達以外に、下記アルバイトも毎年やっていました。道路工事、住宅のペンキ塗り、ボトリング工場のフォークリフト運転などなどを通して得たのはお金だけではありません。それぞれの現場での出会いや交流も、とても貴重なものでした。学校の友だちや教師以外の、いろいろな背景や立場、経験を持っている人と触れ合うことで、さまざまな価値観を知ることができました。
 経験と交流は人を築くものです。もしかしたら、バッシングやいじめの対策として、この2つは役に立つかもしれません。

 じゃあ、我が子に新聞配達のアルバイトをさせるかというと、困ってしまうんだけど……やっぱり今はピアノや習い事をさせる方を選ぶかな。また、ホバリングはしなくても、子供が困っている時は、やはり助けの手をすぐ差し出しがちですしね。
 だから僕も大きなことは言えないけど、挑戦も失敗も含めて、子どもにいろいろな経験をさせるのは、やはり必要なことだと思うのです。自信があれば、理不尽なことが起きても前向きに取り組めるし、人の痛みを知っていれば、誰かのことを攻撃しようとは思わないだろうから。

 

「自分が理解できないもの」を理解しようとすること

 僕はいじめられた経験もないし、鬱や自殺未遂の経験もありません。だから、そういう立場や経験をお持ちの方の気持ちを理解するのは難しいかもしれません。他にも、人種差別を受けたこともないし、身体的、精神的な障碍もありません。子供を産んだ経験もなければ、戦争も知りません。そんな経験をした方の気持ちもわからないかもしれません。あとトランプに票を入れた人の気持ちも……これは僕にとって「理解できない」最大のものかもしれない。

 とにかく、「自分が理解できないもの」をどう理解するか、が問題です。
 でも、そういうことは結構たくさんあって、たとえば子育てをしていても、我が子に「なぜそういうことをするの!?」と驚くことってたくさんあるんです。
 半分は僕のDNA、半分は奥さんのDNAのはずなのに、彼らはどちらにも信じられないことをする。誰のDNAがそうさせているのかと不思議になるんだけど、それはもう、子ども自身のDNAなんですよね。
 そうしたら、親はそれをまるごと受け入れるしかありません。

 「自分が理解できないもの」を理解しようとする感覚。
 これは国際人の持つ感覚と似ているかもしれませんね。
 そして、それは21世紀に生きる我々の大きな課題でもあるのです。

 いじめやバッシングは、人間の本能に関わるものでもあるから、この問題を完全になくすのは難しいこと。僕にも正解はわかりません。
 でも、少なくとも自分の子どもにはいろいろな経験と交流をさせて、他人の思いや価値観に対する理解度をあげたいと思っています。さらに、上記のような説明で人間の本能や社会の傾向を伝え、個人として感情だけで動くのではなく、きちんと立ち止まって考える人間になってもらいたいと思っています。そうして一人一人の育ち方が変われば、社会全体が変わると信じているのです。
 最後に、子どもをネット依存にさせないことも大事ですよね。
 僕も子どもたちにはパソコンも与えているけど、それであまり遊ばせはしません。一緒にボードゲームや将棋をしたりして、リアルに触れ合う時間が圧倒的に多いです。
 今はSNSなどもあって、子どもたちもいろいろ大変ですよね。僕の時代になかった、オンラインいじめというのはインターネットネイティブの子供にとっては日常茶飯事でしょう。
 でも、アナログネイティブの僕が思うには、友だちに面と向かって批判されたことには反応すべきだけど、面と向かって言えないことなら耳を貸さなくてもいい。親御さんは、自分の子どもにそういう話をしてあげてほしいと思います。

 そもそも「集団で」「匿名で」というのがかっこ悪い、ということを教えることも大事。
 自分の正義感と照らして、どうしても異議を唱えたいことがあるなら、一人ででも正々堂々と面と向かって発言するのが本来あるべき姿です。
 今の若い人たちはネットの情報にあまり疑いを持っていないようだけど、そんな無責任なネットに書き込まれたことを100%信じないですむように、親の側も工夫して、子どものネットへの依存度を下げておくべきじゃないかと思うのです。

 まあ、ネットだけでなくて、テレビだってそうですよね。
 テレビに出ている僕が言うのもおかしいけど、ネットもテレビも見過ぎず、ほどほどに……。そう、僕が出る番組を観るだけくらいがちょうどいいかもね!

 

次回、第13回  選挙に行こう! は、3月23日(金)公開予定です。

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