• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第15回  いつまで他人事? 沖縄の基地問題

 

 今回のテーマは在日米軍の基地問題です。

 基地問題と言えば、沖縄。沖縄は46年前の1972年に日本に帰属しましたが、面積の約20%がいまだに米軍基地として使用されています。結果的に、日本の国土のわずか0.6%の沖縄に在日米軍基地の約75%が集中するという事態になっています。

 

 飛行場に行き来する航空機の騒音問題に加えて、ヘリコプターの炎上事故や不時着、窓枠落下、またはオスプレイ不時着事故のような重大事故も、住民の不安のもとです。

 さらに、米軍関係者による暴行事件や殺人事件も大問題となります。

 1995年の米兵3名による少女暴行事件では、沖縄の人々の基地に対する不満や反発が爆発し、基地撤廃要求運動に発展しました。こうした事件は、近年はかなり減少傾向にありますが、2016年には元軍属アメリカ人の強姦殺人事件が起こり、基地問題が再燃するきっかけになりました。

 

なぜ沖縄だけが戦争の代償を払い続けるのか

 米軍関係者による暴行事件や殺人事件が起こるたびに基地問題も大きく揺れるわけですが、実は、警察官による凶悪犯罪も、だいたい同じような頻度で起きています。

 沖縄県の統計によると、2012〜16年の5年間に、凶悪犯罪(殺人、強盗、放火、強姦)で検挙された米軍構成員は9人。1年間に換算すると、1.8人になります。

 対して、凶悪犯罪で逮捕された警察官の数は、直近のデータでは2015年の1年間で3人でした(警察庁まとめより)。

 軍用機の事故も米軍だけの問題ではありません。2017年の1年間だけでも、自衛隊の軍用機が5回事故を起こし、9名が死亡しています。2018年2月には自衛隊のヘリが民家に墜落し隊員2人が死亡しました。

 

 もちろん警察官による殺人事件が起これば、警察も大いに糾弾されます。自衛隊の事故原因も究明を強く求められます。でも、「警察はいらない」とか「自衛隊は出ていけ!」などと言う人はいませんよね。なぜなら、外国人が加害者の事件に対する反応は当然、日本人が加害者の事件とは違いますし、それよりも、米軍と違って警察の必要性はわかりやすく、誰もが認めているからです。

 でも、在日米軍の必要性はもっと抽象的です。米軍が日本に駐留することによって、本来は戦争を放棄した日本の国民全員が守られているはずだけど、こうした抑止力効果は目に見えないために、日本国民は米軍に「守られている感じ」がしない。むしろ支配されている感じさえ残っている気がします。ですから、日本国民にとって米軍基地は重い負担としか感じられず、何か問題が起きるたびに「米軍は出ていけ!」という論調になるのです。

 

 特に、沖縄の人たちにしてみれば、たとえ日本の安全保障上必要だとしても、なぜ自分たちだけが米軍基地という社会的負担を押し付けられるのかと憤りたくもなるのでしょう。

 第二次世界大戦中、日本は各地で空爆の被害を受け、飢餓に苦しみ、若い人々を戦争で失いましたが、(南太平洋の島々を除いて)本格的な上陸作戦によって凄惨な経験をしたのは沖縄のみでした。それなのに、なぜ沖縄だけが第二次世界大戦の代償を払い続けなくてはいけないのでしょうか。上陸した国に生まれた僕だって、そう思います。

 沖縄の人々の怒りや不満は、東京にいるとあまり感じられませんが、沖縄に行くとよくわかります。国内に大きな温度差があるのも、この問題の大きな特徴でしょう。

 

 基地の移設が進展しないことも、県民の憤りを大きくしています。近隣に学校や民家が密集している普天間基地は「世界一危険な基地」と言われ、日米で基地の完全返還が合意されてから20年以上過ぎるのに、ずっと移設できないまま。県外移設案が出ても、どの自治体も受け入れてくれないのです。

 

 これが、英語でいう「NIMBY」(ニンビー、Not In My Back Yard)現象ですね。

 Back Yardというのは裏庭のことですが、NIMBYとは、たとえば代替エネルギーの新設に対しては誰もが賛成なのに、自分の家の近くに風力発電所を作ることには誰もが反対する、といった現象のこと。低音の振動が気になるとか、景観を壊すなどという理由から、自分の住む地域に発電所ができることを嫌がる人は少なくありません。漠然として支持する政策でも、具体化するとなると個人としてはその負担を負いたくないのですね。

 原発の使用済み燃料の貯蔵施設をどこにするかという問題でも、こうした現象はよく起こります。

 同様に、沖縄の人はかわいそうだと思っていたのに、自分の住む地域に米軍が移設することになったら、反対デモをする。県外移設問題では、こうした堂々巡りが繰り返されています。

 

 では、沖縄に集中している米軍基地は、これからどうしたらいいのでしょうか? 

 沖縄にだけ負担を強い続けるのは、やはり問題だと思います。

 では、たとえば、こんな案はどうでしょう?

 

 近年は地方の過疎化が問題になっていますが、その中には、こう言うと失礼かもしれませんが、自衛隊基地の他には目立った産業がないという地域もあります。

 そういう地域にある自衛隊の基地を、たとえば数年後に閉鎖することを宣言し、閉鎖反対の声が出たら、「では、米軍が代わりに入ります。どうしますか?」という住民投票をしてみるのです。

 今は地方に住宅を持っていても、地価が下がって財産にならないと嘆いている方もたくさんいます。でも、近くに基地があれば、産業が活性化して地価が下がらない可能性も高くなります。

 また過疎化が進む地方のうち、産業活性のために自衛隊を誘致しようという声が出ている地域がありますが、そうした地域に米軍基地を作れば、まさに産業が活性化して、雇用も増えるでしょう。

 もちろん、反対の声もあるでしょう。ですから、米軍を誘致したときの経済効果や、地価の上昇予想値を試算し、しっかりアピールした上で、住民投票をして決めるのです。

 在日米軍の基地問題は、沖縄以外に住む多くの国民にとって、まるで他人事のような問題でしょう。でも、こうした選択肢だって、将来はあり得るかもしれませんよ。

 日本の安全のために、米軍に国土を提供するのか、しないのか。本来は皆で考える問題です。

 

在日米軍が日米双方に必要な理由

 いや、そもそもそれ以前に、「日本に米軍基地は必要か」という議論が必要ですよね。

 先ほども書いたように、米軍駐留のメリットは目に見えるものではありません。それを明らかにするためには、在日米軍が撤退したシナリオを考えてみるといいでしょう。

 まずはコストの面から。たとえば、防衛大学校の武田康裕教授は、米軍基地が駐留しているのと同じ程度の抑止力を日本の自衛隊にもたらすとしたら、約25兆円ものコストがかかるという試算を出しています。

 

 確かに、東アジア地域の安全保障のために日本も後方支援はしていますが、実際に軍艦を巡回させているわけではありませんし、海外の上空で戦闘機を飛ばしているわけでもありません。また、試算には入っていませんが、本当に仮想敵国と対等な軍事力を持ちたいなら、核保有も必要となり、開発費、維持費そして外交上のコストも甚大なはずです。

 現状では、アメリカは資金も出しているし、人材も提供しています。日本に駐留している米軍兵は約5万人(軍人と軍属の合計数。家族を含めると約10万人)いますが、少なくとも彼らがアメリカ国内で企業や自治体や団体で働いてくれた方が、アメリカ経済のためにはなるでしょう。

 日本が米軍に国土を提供するのは、確かに大きな負担です。でも、人材や全額の資金を全て自分たちで用意することを考えたら、さらに大きな負担がかかるのです。労働者不足が深刻化している今、自衛隊増員のために成長産業から人材を引き抜くのも大きな経済損失につながるでしょう。

 アメリカの若者が会社を起こしたり、何かを研究したり、新商品の開発にかかわったりしないで、日本の防衛目的で沖縄基地に派遣されています。そして、日本を守るために命を懸けています。小さな負担ではありません。

 

 でも、忘れてはいけないのは、米軍の日本駐留はアメリカのためにもなっている、という点です。

 トランプ大統領は大統領選前に、「日本や韓国など同盟国は、米軍の駐留経費を100%負担すべき」とか、「日韓が米軍の駐留経費負担を大幅に増額しない場合は、米軍を撤退させる」などと言っていましたが、こうした発言には大きな間違いがあります。

 日米地位協定に基づけば、本来は、基地提供に関する経費を日本側が、そして基地の維持や作戦に関する経費をアメリカ側が負担するのが原則です。ですが、高度経済成長による物価高や、アメリカの財政悪化のため、1970年代後半から日本がより多く負担することになりました。これが、いわゆる「思いやり予算」です。

 結果的に、在日米軍に関して日本はアメリカより多くの予算を支出しています。米軍が駐留する他の国と駐留経費の負担割合を比較してみると、日本は約75%も負担しているのに、韓国とイタリアは約40%、ドイツは約30%にすぎません。それでも、米軍関係の経費も含めて、日本の防衛費はGDP比でそれらの国々の防衛費より低いのです。安いお買い物かもしれません。

 

 もちろん、アメリカにとってもありがたい制度です。万が一、米軍が日本から撤退することになれば、グアムなどに拠点を移すことになると思いますが、そうなると、アメリカが負担する駐留経費の割合は25%から100%に増えます。

 さらに、中国や北朝鮮に力を及ぼす場合には、グアムからでは遠すぎるため、空母を出航させるとか、戦闘機を飛ばす必要がありますが、それぞれの作戦にかかる経費だって、ぐんと増えます。

 ですから、アメリカは今、日本に駐留することで非常に得をしているのです。そして、日本も得をしている。そう、日本とアメリカは、実は意外といい関係なのです!

 だから、もしもトランプ大統領が「日本と交渉したい」と言い出したら、日本はニコニコ笑いながら「ええ、喜んで交渉しましょう!」と答えたらいいでしょう。そして、「まずは、この75%の負担率を韓国やドイツなどと同じ割合にしてから、もう一回交渉し直しましょう」と言えばいい。この問題では、日本は案外強い立場ですから、主導権を握ることができるはずです。

 

 先ほども書きましたが、基地問題は沖縄以外の国民、特に若い人たちにとっては遠く感じるものです。

 でも、時々こういう、おバカなことを言ってくれる「あの人」のおかげで、基地問題が大きな話題になり、考えるきっかけができるのはいいことだと思う。

 基地の負担や沖縄の憤り、そして基地の有難みも改めて実感することができるし、そもそも日本に米軍が必要かという論議も起こる。たまにはトランプ発言も役に立つことがあるんですね!

 

国際社会の一員として、どう生きる?

 一つ懸念されるのは、日米同盟の再交渉をすることになったら、日本にも戦うことを求めてくるかもしれないということです。後方支援だけでなく、自衛隊も前線に立って安保活動をしてほしいと言ってくる可能性がある。

 その際には、やはり国民投票が必要ですよね。日本には、武器を持たない、戦争をしないという憲法があるのだから、その憲法は国民投票でしか変えられません。

 国民投票の前には、自分たちがどういう国になりたいのかをしっかり考える必要があります。

 

 それにしても、憲法上、戦争を起こせないという国は、世界中を探しても日本以外にありません。そのため日本は第二次世界大戦後、戦争に参加しないまま国際社会の一員として過ごしてきました。これ、かなり独特な事例です。日本で「先の戦争」と言うと完璧に通じますが、アメリカで「先の戦争」と言っても、「イラク?アフガニスタン?湾岸?コソボ?ベトナム?……」と、どれを指すのかがわからないのです。「平和大国」は日本特有の別称。

 しかし、今はその体制が揺らぎ始めています。そのきっかけの一つが湾岸戦争です。

 湾岸戦争が終わった後、イラクから解放されたクウェートは「ニューヨークタイムズ」などのアメリカの主要紙に広告を出し、「クウェート解放のために努力してくれた国々」の名前をあげて感謝の言葉を述べました。でも、その中に日本の名前はありませんでした。当時、日本は多国籍軍に130億ドル(約1兆5500億円)もの資金を提供していたのに、感謝されなかったのです。

 多少、日本の外交力もなめられている感じがしますが、それで、たくさんお金を出しても兵士を出さなければ世界は認めてくれないのだという論議が起こり、1992年に「国連平和維持活動協力法」(PKO協力法)が成立しました。そして国連のPKO(国際的な平和維持活動)に自衛隊が参加することになりました。

 

 正直に言うと、当時は僕もこう思っていたんです。お金だけ出して戦いに参加しない日本はちょっとズルいなって。でも後に日本のことをきちんと勉強したら、その憲法はアメリカによって作られたのだと知って、「それじゃ、しょうがない。押し付けた側の人間として、文句は言えないね~」と納得しました。

 

 この憲法を改正するか否かについては、皆さんそれぞれに意見があると思います。

 でも、日本はこの憲法の特殊性を活かして、「平和大国」としてブランディングに力を入れていったらいいんじゃないかというのが僕の考えです。

 つまり、日本は他国と同じような兵隊を出して戦う必要はない、ということです。

 それよりも、日本の高度な技術や組織力を活かし、レスキュー隊や医療隊といった、人道支援に特化した特殊部隊をつくったらいいと思っています。戦う兵隊ではなく、赤十字軍のような部隊です。災害が起こったら、すぐに現地に派遣する。紛争が起これば紛争地帯に行き、現地の人たちの人道支援を行う。もちろん、国連の多国籍軍とともに活動することも可能でしょう。

 兵隊派遣より少ないとは思いますが、もしかしたらその活動でも何人か命を落とすことになるかもしれません。でも、それだけ危険性を負いながら人道支援をやっているということで、「お金ばかりかけて、命をかけない」という批判はされなくなるはずです。

 もちろん、どこまで飛び込むかという規定も決めなければいけませんし、協力国の後方支援も必要かもしれません。議論や法整備、国際調整など、いろいろ模索する必要がありますが、このように「世界で戦う」のではなく、「世界中の人を救う」のも選択の一つだと思います。

 

 とにかく、この基地問題は沖縄の負担という問題だけではなく、「日本が地域の一員、世界の一員としての責務をどう果たしていくのか」という奥深い問題も含んでいます。

 日本はこのままアメリカの武力に守られ続けるのか。その負担を沖縄にだけ押し付けたままでいくのか。あるいは、在日米軍の県外移設を目指すのか。集団的自衛権の行使範囲を広げて、米軍の後方支援を遠い地域で行うのか。または、憲法改正して米軍とともに戦うのか。それとも米軍を完全撤廃し、莫大なお金と人力をかけて抑止力を持つ軍隊を作るのか。選択肢とシナリオはたくさん考えられます。皆でしっかり議論すべき問題です。

 僕はもちろんアメリカ人だからバイアスがかかった意見になるでしょうし、日本国民の皆さんの感情について、まだ勉強不足な部分があるかもしれません。でも僕が思い描く日本の理想の姿は、上述のような人道支援の道を極めて、経済的にも治安的にも安定していながら、世界中に好かれる国のままでいてほしいというものです。「日本人が来てくれた。良かった!」と世界中の人が思ってくれるような国を目指してほしい。

 今の日本とアメリカの関係は、バランスとしては悪くないと思っていますが、沖縄にだけ基地を押し付けるのはやはり問題ですよね。ぜひ皆で考えて、よく議論してほしいと思います。僕の大好きな沖縄の人たちのためにも、そして日本全国の皆さんのためにもね!

 

 

次回、第16回  北方領土から考える、日本の生きる道(前編)は、5月18日(金)公開予定です。

 

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