• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第16回  北方領土から考える、日本の生きる道(前編)

 

 突然ですが、2月7日は何の日でしょう?
 3ヶ月も前の話で恐縮ですが、節分とバレンタインデイに挟まれたこの日は、実は「北方領土の日」。でも、知らない人の方が多いんじゃないかな? 日露和親条約が結ばれたのが1855年(安政元年)の2月7日だったため、1980年、国会でこの日を「北方領土の日」とすることが決まったのです。
 今回のテーマは、この北方領土です。そもそも、僕は日常生活の中で北方領土について日本の皆さんが話している場面をほとんど見たことがありません。政治家やコメンテーターは言及するけど、居酒屋で飲みながら語り合う一般人など、めったに見かけません。しかも、メディアで北方領土について触れているのを見ても、「北方領土は日本固有の領土だから、ロシアは返還すべき」という、一つの主張以外はあまり見聞しないようです。この間、羽田空港の登場ラウンジのテレビに北方領土の映像が流れ、テレビの上の電光掲示板にそのメッセージが表示されているのも見ましたが、やはり国民の間の議論が少ないというのが僕のイメージです。

 北方領土については学校で習ったけど、よく覚えていないという人も多いかもしれませんね。
 北方領土とは根室沖の北方4島(択捉、国後、色丹、歯舞)のことで、日本とロシアの国境は、上記の1855年の日露和親条約と1875年の樺太千島交換条約によって決まりました。以後、この4島は日本固有の領土で日本人が移住していましたが、第二次世界大戦終結後の1945年8月18日に当時のソ連が日ソ中立条約を無視して北方4島を占拠しました、51年のサンフランシスコ平和条約で樺太と千島列島を放棄しましたが、それにこの4島は含まれません。
 正確にいうと、和平条約が結ばれた51年当時、日本政府は「北方領土はヤルタ協定で指定された通り、千島列島に含まれている」と説明していました。しかし56年までに、「もとい。含まれていませんでした!」と、解釈を変更しました。どっちみち、ソ連は4島を占拠したままで、サンフランシスコ平和条約への著名も拒否しました。
 56年の日ソ共同宣言では、両国の平和条約締結後に歯舞島と色丹島を日本に引き渡すことが決まりましたが、その後も平和条約締結には至らず、日本は現在まで返還を要求し続けています。

 

過去のことばかり主張していても、解決策は出てこない

 こうした経緯から見ても、僕も北方領土は日本固有の領土だと思っています。
 だから、ロシアは4島すべてをすぐに日本に返還すべきです! 以上、終わり。

 ……ああ、この理屈でロシアが納得して、「日本の言う通りです。すみませんでした!」と素直に返してくれれば話は早いんですけどね。現実にはそういかず、もう60年も揉め続けています。
 日本人にしてみれば、上記のように歴史的にも正当性があるのだから、日本の領土であることは明確で、なぜロシアは不当に占有し続けているのかと不思議に思うのも当然でしょう。
 でも領土問題は複雑です。過去にも現在にも数えきれないほどのケースがあるけど、基本的に、実効支配している国が有利であって、歴史的正当性だけを理由に領土を手放すことはめったにありません。

 さらに、コミュニケーション学の観点から見れば、過去のことばかり言っていても解決策は出てきません。たとえば日本が上記のように主張すれば、ロシアはこんな風に反論するかもしれません:「降伏文書に調印した9月2日が終戦日である。だから北方4島は戦争中にソ連が勝ち取った領土だ。そもそもドイツやイタリアと組んで侵略戦争を起こした日本が悪い。北海道を残しただけ、ありがたく思え!」
 もちろん、これは僕の意見じゃありませんよ。でも、ロシアの皆さんにとっては十分説得力のある見解ではないでしょうか。自分側の主張が正しいと思っている双方による交渉事では「誰が悪かったのか」という犯人捜しをしても、進展は見いだせないということです。
 ちょっと専門用語を用いらせていただきますが、修辞学が説く目的に応じた話し方のスタイルがあります。それは大まかに以下の3つに分けることができます。

 

   ①法廷弁論(誰が悪いのか)

   ②儀式弁論(何が大事なのか)

   ③議会弁論(どうすればいいのか)

 

 法廷弁論というのは、先ほどのように、法廷で「誰が悪かったのか」を追及するための話し方。過去にクローズアップします。
 儀式弁論は、教会や儀式での説教や演説などでよく聞く「今、何が大事なのか」を伝えるための話し方。「今」に焦点をあてた現在形の話し方になります。
 議会弁論は議会や国会などで、今まさに直面している問題について「では、これからどうすればいいのか」と未来に向けて、解決案を提示するもの。
 過去と現在と未来、どこに焦点を置くかで議論のスタイルは変わってきますが、人は何かの問題について話すとき、どうしても最初の二つに集中しすぎてしまう傾向にあります。日本で見る話し合いもその通り。どうしても過去の経緯ばかりに偏りがちな気がします。
 特にこの北方領土問題では、「平和条約を一方的に破って侵略したソ連が悪い」とか「もとは日本の領土だった」ばかり。日本の皆さんにとっては正論でも、解決にはつながらない気がします。
 もしも過去のことを言うなら、この北方領土の交渉では、90年代にソ連崩壊直後のエリツィン大統領時代が最大のチャンスでした。とりあえず2島返還を成功させ、残り2島は粘り強く交渉すれば良かった。
 もっとさかのぼれば、日本とロシアの衝突につながった朝鮮半島の併合、満州に傀儡政権の設置、ましてや日露戦争などもじっくり考えること、話し合うことができます。
 でも、それこそ過去の話をしていても何も始まりません。今、何ができるのかを考えなければね。未来志向をもって解決策を探らないと。

 また、自分の側の主張ばかりしていてもうまく進みません。交渉をする上で大切なことは、相手の立場や価値観を把握して、相手の強みと弱みを握ることです。
 世界一広い領土を持つロシアが、なぜ東の隅っこの小さな島々に固執するのか。それは、ロシアにとって北方4島が太平洋への玄関口になるからです。この4島を押さえておくことは、軍事戦略上、大きな意味を持ちます。また、日本には不凍港は多数ありますが、それが少ないロシアにとっては貴重です。さらに、漁業権などの経済的な価値もありますから、ロシアにとってこの4島の占有は切実でしょう。
 現在、この北方4島にロシア人が約1万7千人、居住していることも重要です。ロシア政府はインフラ整備のために予算をかけ、病院や学校、工場などを次々と建てている。安全保障上の要所であり、経済価値も高く、70年以上前から政府が投資を続けているこの島々を簡単に手放すとは思えません。

 実際、2016年12月に訪日したプーチン大統領と安倍首相の会談でも、ロシア側が譲歩する気配はありませんでした。プーチン大統領自身、会談後の共同記者会見でこのように話しています。

 “ウラジオストクとその北部に2つの大きな海軍基地があり、我々の艦船が太平洋に出港します。しかし、日米安保条約の枠内で日本とアメリカがどのように対処するのか、私たちにはわかりません。日本の皆さんは、ロシア側が感じている懸念を理解してほしい”(官邸ホームページ上に記載されているプーチン大統領のコメントを著者が要約)。

 ロシア側は日米安保条約を念頭に起き、もしもロシアが北方領土を日本に返還したら、そこはアメリカの支配下になるのではないかと懸念しているのでしょう。

 交渉の際は、相手の考え方も考慮に入れる必要があります。たとえば、ロシアにとって他国との過去の約束は、あまり重要ではないかもしれません。
 というのも、ロシアは2014年に武力でウクライナのクリミアを併合しましたが、ロシアはウクライナとの間にも和平条約を結んでいました。ソ連崩壊後に結ばれたブダペスト覚書では、ウクライナに配備されていたソ連の核兵器をウクライナが放棄することと引き換えに、ウクライナを自治国として認め、軍事力を行使または利用しない ことを保障していますし、その後のロシア・ウクライナ友好協力条約でも、ウクライナの領土保全や国境不可侵、内政不干渉を明記しています。
 条約を破るのはもちろん国際法違反。それでもロシアはウクライナを侵略したのです(もちろん、ロシア系住民が7割を占めるクリミア半島では、ロシアに併合されることを歓迎する声も多数ありました。さらにクリミアの住民投票を持ち出して、クリミア併合は合法だと主張する人もいるけれど、クリミア議会を制圧したロシアの特殊部隊の監視のもとで行われた住民投票であり、ロシアが力でクリミアを併合したことは、もはや国際社会の常識になっています。)
 ロシアは90年代に結んだ条約を無視するくらいですから、19世紀に締結された条約や、署名してもいない条約を守らなくたって何の不思議もありませんよね。日本も含めて、他の国も国益を優先して、条約を破ることはあります。経済制裁などの罰則を食らうこともありますが、条約を守らせる拘束力も強くありません。
 とにかくロシアと交渉する際には、歴史的正当性とか正義とか、そんなものは通じないと思って臨まないといけないと思うのです。

 では、日本はこれからどうすればいいのか。次回はそれを考えてみましょう。

 

次回、第17回  北方領土から考える、日本の生きる道(後編)は、6月1日(金)公開予定です。

 

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