• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第17回  北方領土から考える、日本の生きる道(後編)

 

 前回は北方領土問題の現状についてまとめてみました。
 では、日本はこれからどうすればいいのでしょうか。ここからが本題です。

 多くの国民が北方領土返還を望んでいると思いますが、実際のところはどうでしょう? 領土返還といっても様々な形や可能性があります。たとえば4島すべて返還という可能性もあれば、2島返還案が代表的ですが、まず部分的に返してもらい、その後全土返還を目指すという可能性もあります。
 さらに、そのために、日本がどれだけの代償を払うかも検討しなければいけません。北方領土返還のために、日本に何ができるのか、以下のようなカード(方法)が思い浮かびます。

 

 1 武力行使(現憲法でできないなら、憲法を改正してでも、武力で領土を奪い返すのだ)

 2 経済的、外交的な圧力(ロシアへの経済制裁を行い、国際裁判へ告訴する)

 3 経済的、外交的な協力(天然ガスの長期輸入契約や経済協力を通じて相互依存度を上げる)

 4 売買取引(島を金銭取引する)

 5 その他(ロシアの国際復帰に協力する、極端だが、ロシアとの軍事同盟を結ぶなど)

 

 さて、それぞれについて考えてみましょう。
 まず、1の武力行使に賛成する人は全国で何人位いるのかな。3人? 5人? まあ、とにかく少数でしょう。北方領土のために世界2位の軍事大国と戦争を起こすのは、あまり現実的とは言えませんよね。

 2の経済的な圧力ですが、1953年以降、何等かの経済制裁を食らい続けているのに問題行動を改めない北朝鮮の例からもわかるように、一般的にもこの手の効力は疑問視されます。さらに、日本との貿易高はロシア全体の貿易高のうち3.3%で(2016年)、それほど大きな割合を占めていません。ロシアはウクライナ問題でアメリカやEUから強力な経済制裁を受けていますが、それでもその態度を変えていない。経済的な圧力の効果はあまり期待できないかもしれません。

 そして、3の経済的な協力。
 2016年12月の日露首脳会談の際にはこれが優先され、政府間で12件、民間レベルで60件を超える経済協力事業を進めることが決まりました。一方、領土問題に関連して一致したのは、4島における共同経済活動に向けた交渉の開始のみでした。
 まずは経済協力を進めて、両国間の信頼を醸成しておこうという策ですね。北方領土の直接の進展にはならないかもしれないけど、相互依存度を上げておくことは悪いことではないでしょう。そして、いざ平和条約を結ぶ際には「両国の間に領土問題がある」という文面を必ず盛り込み、そののち領土交渉に入るという作戦もありかもしれません。
 ただし、領土問題は棚上げし続けていると、尖閣諸島のように後々両国の衝突のもとになる可能性もありますし、長く実効支配している方に有利になることもあるから、注意が必要です。
 ただ、ロシアも日本同様に人口が減少していることを考えれば、北方4島にこのままロシア住民が住み続けるかどうかはわかりません。軍事的には要所でも、住居としてはとりわけ魅力的な場所とは言えませんから、徐々に島の人口が減っていく可能性もあります(返還された場合、4島に移住する日本人の数も未知数ですね)。
 また、今後ロシア経済が減速する可能性や、プーチン大統領のような支持率の高い、強いリーダーがいなくなる可能性もあります。そうした意味では、今のところは「経済協力しながら、機をうかがう」というのは得策かもしれません。

 そして、次の4の売買取引です。実際にアメリカはロシアからアラスカを購入しましたし、中国とロシアも土地を交換して領土問題を解決しました。金銭で領土問題を解決することはあり得ます。
 ここで問題になるのは、では、日本の皆さんは北方領土にいくら払うつもりがあるのか、です。
 僕はよく、周りの方にこんな質問をしてみます。「北方領土返還のために、あなたならいくら税金を払いますか?」僕は北方領土へ観光に行ってみたいから、10万円、いや100万円までなら払ってもいいかな。それで北方領土が戻ってくるのならね。
 1人10万円払えば、全国民合わせれば約10兆円になります。100万円なら約100兆円。4島の土地の面積は5000平方キロメーター。計算すると4000円/㎡になります。市街地では無理ですが、北海道の郊外の土地ならあるような地価相場にあたります。普通の不動産取引としては妥当な気がしますね。しかし、領土には領海も排他的経済海域もついてきますから、ロシアはどう出るでしょうか。さらに10倍を出したらどう? 4万円/㎡だとかなりいいお値段で、譲渡するかもしれません。
 しかし、そこで大事なのは、北方領土返還のために、日本は1000兆円を実際に出すのかということです。国民一人当たり1千万円になる計算です。4人家族分なら4000万円になりますから、そんなに払うなら、自分の住宅にかけたくなるかもしれませんね。

 いや、冗談ではありませんよ。こういう具体的な議論が、国民の間でも必要だと思うのです。
 北方領土はただ「返して」と言っているだけでは、恐らく戻ってきません。返してもらうために何らかの代償を払う必要があると思うけど、皆さんは何をどの程度に払う覚悟があるのでしょうか。
 16年の日露首脳会談前の報道では、今度こそ返還されるかも…という期待感があったけど、ロシアにはその気はありませんでした。やっぱりそれは楽観的すぎる見方だったと思う。
 犬が好きなプーチン大統領に秋田犬をあげれば大丈夫と思ったかな? 2匹目は「もう、いらない」と拒否されたみたいだけど……。

 そして問題は、5の「ロシアの国際復帰に協力する」というカードです。
 16年末、ウクライナの件でロシアが国際的に孤立していたあの時期、これは結構いいカードになるはずでした。ロシアが国際的に孤立しているうちに、国際社会復帰のお膳立てをすることを引き換えに返還交渉をするという作戦です。もしもこのカードを意図的に使えば、そのことで日本は国際社会から多少のブーイングは浴びたかもしれません。でも、日本が明らかな国益を得たならば、他国も自国民も納得するはず。「日本はずるいけど、交渉術としてはあり得る。仕方ない」と思われたんじゃないかな。条約破りと同様、国益を優先して交渉カードを選ぶのが常識です。
 でも、日本はいきなりこのカードを使ってしまったのです。安倍政権にどんな思惑があったのかわからないけれど、経済制裁されてG8から追い出されている国のトップを訪日させ、すんなり首脳会談を行ってしまった。しかもそれは、親プーチン派のトランプがアメリカ大統領に就任する前でした。
 結果的に、北方領土に関しては特にめぼしい成果はありませんでした。この時期に首脳会談をやることは、日本のために本当に良かったのだろうかと僕は疑問に思っています。

 実は、もう一つ、上のリストに載っていない選択肢があります。それは「返還」ではなく、「放棄」を決めることです。経済協力や金銭取引などを条件に島々を譲ることも、日ロ関係改善や和平条約締結のために無償で放棄することも考えられます。もちろん、心情的には取りたくない策ですが、それがもっとも国益につながる道という可能性もあります。真剣に考えてからなら弾いてもいいのですが、最初からその選択肢を省くと、議論の幅を狭めることになります。

 

日本に求められているのは、地域の仲介役?

 さて、日本はどうしたらいいのかについて考えてきましたが、結局のところ、あまり有効なカードはなさそうです。だから今は「棚上げ」がベストではなくとも、ベターな選択かもしれません。
 ただ、僕が気になるのは、国民の間の議論は全然進んでいないのに、政府の北方領土政策の方針がどんどん進行していくことです。安倍首相が外交に力を入れていることは評価したいけど、任期中に憲法改正に踏み切りたい思いからか、あまりに功績を急いている気がします。相手に足元をみられないよう注意していただきたいところです。

 そして、こういうテーマで話をするのであれば、これをきっかけに、日本の同盟関係について考えてみてもいいかもしれません。
 日本は戦後ずっとアメリカと手をつないできましたが、もしも北方領土を返還してもらいたいなら、この際、アメリカと離れてロシアや中国と手を結ぶのも一つの手です。もちろん僕としては薦めたくもないけど、一つの方法としてはあり得ます。地政学的にも「アメリカ+EU」の西側と「ロシア+中国」の東側の勢力均衡のために日本が東側につくという考えもあるでしょう。
 さらに、喫緊の課題である中国の脅威に備えるため、日本がロシアに近づいておくのも一つの手かもしれません。実際、中国は日本がロシアを抱き込むのではないかと心配しているようです。日露首脳会談後、「安倍首相はロシアを抱き込み、中国に対する包囲網を強化したい考えだが、中ロ関係の土台を揺るがすのは難しく、もくろみは期待外れとなる」と反発していました(国営の新華社通信社説より)。それを受けても、中国とロシアの関係性を薄めておくことは、安保上、日本にとっても重要かもしれません。

 今後は、アメリカとロシアがどうなるかも不透明ですし、アメリカと中国の関係も気になります。
 日本は、様々な交渉を進めながらも戦略的に「八方美人」の立場をとり、いろいろな国の仲介役になるというのも、一つのやり方だと思います。
 たとえば米中や米ロの間で何か問題が起きそうになったら、日本が仲介に入るのです。中国とアセアン諸国との間でもできるかもしれません。北朝鮮や中国、ロシアなど、欧米社会とトラブルを起こしそうな国々と地形的に近いことも考えれば、少なくともこの地域における仲介役としての日本の役割が今後求められるのかもしれません。
 もっと夢を膨らますなら、宗教的にも、文化的にも対立する国のない日本には、中近東なども含め、各地域の外交において大きなアドバンテージがあります。憲法上は平和な国だし、世界中に文化を発信しているし、さまざまな国にODA(政府開発援助)やインフラ投資、技術移転などで貢献をしています。「世界平和ファシリテーター」になることは十分考えられます。

 まあ、話が大きくなってしまいましたが、北方領土は国際関係の難しさを教えてくれる問題です。「日本の領土だから、ロシアが日本に返すのは当然」と近視眼的に捉えず、日本の将来や周辺国との関係性、そして国際的な役割まで見据えて考えるべきです。
 日本の皆さんも、どうしたらいいのか、もっと皆で考えた方がいいと思います。先に書いたように、国民の議論は進んでいないのに、政府の北方領土政策が進行してしまうこともあるのだから。
 本当に北方領土は必要なのか、返還実現のためにはどうしたらいいのか。国民の間でも、もっと議論を進めましょう。次、居酒屋に行った時には、ぜひそんな話が聞きたいです。

 

次回、第18回  世の中から差別をなくすために、僕たちができること(前編)は、6月15日(金)公開予定です。

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