• パックンこと、パトリック・ハーランです。
    ここに骨を埋めるつもりの僕が、愛する日本の未来のために、
    毎回「皆さんと一緒に考えたい問題」をひとつ提示します。
    難しい話はナシで、 ちょっとだけ「国内外両側からの視点」
    を知ってもらえたら嬉しいです。


第26回  日本の国力は回復するか

 

 さて、ほぼ1年続けてきたこの連載も、いよいよ残り2テーマとなりました。
 今回のお題は「日本の国力は回復するか」。これは、2年後の東京オリンピックを見据えて編集部から出されたお題です。

 だけど「国力は回復するのか」という設問は、すでに日本が国力を失っているという前提ですよね。では今より国力があった時代って、いつのことなんだろう。確かに戦前には軍事力があったし、戦後の高度成長期にはGDP(国内総生産)で世界第2位の経済力がありました。

 そして、現在の日本はどうかというと…、軍事力は世界4位(クレディ・スイスの「世界軍事力ランキング2015年」より。ちなみに3位は中国、2位はロシア、1位はアメリカ)。日本は憲法上、戦力を保持できないことになっていますが、自衛権という解釈によって自衛隊を保持しています。潜水艦も航空母艦も備えています。日本の自衛隊ってけっこう強いんです。
 そしてGDPは、世界第3位(2017年)。1位はアメリカ、2位は中国です。
 軍事力も経済力もナンバー1ではないけれど、どちらもベスト5に入っています。こうして見ると、今のところ国力はそれほど落ちていないように思えます。

 

日本には「GDPが測定し得ない豊かさ」がある

 ただし、問題はこれから先です。特にGDPは今後どんどん下がっていく可能性があります。GDPというのは、1年間にその国で産み出された付加価値の総額。計算する時は「人口×生産率=GDPですから、一人当たり生産率が上がらない限り、人口が減っていくと、当然GDPは減っていきます。日本が埋蔵資源大国と人口爆発大国に勝てなくなるのは当たり前です。徐々に4位、5位、6位と下がっていき、代わりにインドやブラジル、メキシコが首位に出てくるでしょう。人口が増えているインドネシアやナイジェリアも出てくるかもしれない。

 だけど、そもそも国の力をGDPで測るべきなのでしょうか。GDPは経済の指標としては測りやすい数値ではあるけど、果たしてそれが国の力をあらわす数値になるのかは疑問です。
 僕は以前、国民全員に一定の現金を定期的に配る制度「ユニバーサルベーシックインカム(UBI)」を推進している、歴史家でジャーナリストのルトガー・ブレグマン氏と対談したのですが、彼も著書の中で「GDPが測定し得ない豊かさ」について指摘していました。

 例えば、日本は先進国の中でも犯罪率は低く、教育レベルは高く、格差が比較的少ない国です。これらはGDPには反映されていませんよね。
 反対に、あらゆる社会問題がGDPアップの要素として取り込まれます。極端な例だけど、交通事故だってGDPアップにつながります。なぜなら交通事故が起きたら、まず救急車を呼びますよね。救急隊の人件費やガソリン代がかかります。病院に入院すると、医療費も交通費もかかる。さらに車を修理しなくてはいけないから、修理工場に修理代を払う。もしかしたら車を買い換えることになるかもしれない。どれもGDPアップにつながる。それに、ギャンブル依存や薬物乱用も、競馬場やパチンコ店、リハビリ・センター、薬剤師、弁護士などにお金が入る。GDPアップだ。ばんざい! GDPを上げたいなら、皆が交通事故を起こせばいい……って、こんな考え方でいいのかな!?

 いや、GDPが上がらないことでも、国民の幸福につながるものはたくさんありますよ。子どもと本を読む。散歩をする。公園で遊ぶ。山に登る。歌を歌う。音楽を聞く。家にある食材で食事を作り、家族で団らんをする。囲碁や将棋を打つ。哲学について考える。どれもGDPアップにはつながらないけど、幸せを感じることは多いですよね。

 「国力」というと、GDPとか軍事力がすぐに思い浮かびますが、もうそろそろそれ以外の指標を考えてもいい時期が来ているのかもしれません。国の力と一口で言っても、その定義は曖昧です。実際のところ、国にはいろいろな「力」があります。経済力や軍事力もあれば、外交力もある。そしてその国が持つ文化やアイデアも、また国の大きな力になります。
 僕から見れば、今の日本は80年代のような「エコノミックモンスター」という悪い評価もなければ、戦前の「ミリタリーモンスター」という世界の脅威でもない。そして、歴史や文化の「文明度」、文学やメディアの人気、起業のイノベーションや政府の平和貢献などの評価からなる日本のソフトパワーは今、世界でトップクラスです。今の日本は、いい意味で世界に注目されていると言えるんじゃないかな。

 例えば、今やJ—POPはアジアだけでなくヨーロッパでも人気です。コミックやアニメ、ゲームなどの現代文化は世界中に広く受け入れられています。それから、盆栽や相撲、座禅などの伝統文化も人気です。タイのムエタイがどのくらい世界的に知られているのかはわからないけど、日本のSUMOを知らない人はいないはず。皆、サムライもニンジャも大好きです。
 それに和食。アジアの料理の中で、寿司ほど有名なものはないんじゃないかな。もちろん中華料理は世界的に一般化しているけど、世界中に日本人の10倍の中国人がいるのだから、それは当然。でも寿司には高級感もあるし、生魚というハードルの高さに比べて好きな人は多い。

 そして前回も述べたように、有色人種の中で最初に先進国入りを果たした日本は、世界の憧れの的でもある。中国は人口も膨大で、これからのアジアを引っ張るリーダー的存在であるのは間違いないけれど、力でまとめた多民族国家であり、国全体の統率力に不安要素が大きいし、人権問題、環境問題、言論の不自由などなど、課題が山積している。倫理観や文化的な価値観、教育レベルなどの生活水準から考えると、今のところ日本の方が世界各国からの支持を得ているし、影響力も大きいと思う。

 

日本に足りないのは「世界に発信する力」

 だけど、日本にも足りないものがあります。日本の皆さんが「国力が落ちている」と感じているのは、その足りない部分が原因じゃないかな。
 それは、世界に見せるビジョンであり、世界に発信する力です。経済力も軍事力も文化力もある。国としての力はあるけれど、それをどういう方向に向けていくのか、そのビジョンが見えてこない。日本が世界でどういう役割を果たすのか、どんな影響力を及ぼせるのかということです。

 例えば、核の被爆国として「核の非拡散」に力を入れる? 環境問題に力を入れる? 難民問題でリードする? 自由貿易先進国になりたい? いろいろな分野や場面で日本が世界を引っ張れるはず。 
 でも実際には、日本は核拡散防止条約に賛同していないし、難民もほとんど受け入れていないし、最近はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)や日EU・EPA(ヨーロッパ連合との経済連携協定)など自由貿易協定を進めているけれど、世界的にはまだ「関税大国」というイメージがある。残念ながらどれも中途半端。国力があるのに、それをうまく使えていないという気がします。世界の人が日本の魅力を見つけてくれるのをただ待っているだけでなく、自ら発言する力が必要なんじゃないかな。

 一方、世界の主要国がそれぞれどんなイメージ戦略を持っているのか、考えてみましょう。

 たとえばアメリカは、軍事大国で経済大国でもあるけれど、「自由の国」のイメージも大きいですよね。アメリカの映画や音楽を知らない人はいないでしょう。ポップカルチャーの世界的なリーダーです。それに、アメリカの自由なライフスタイルや、頑張れば成功できるというアメリカンドリームを信じている方も多いよね。残念ながら今や社会的な流動性は失われ、金持ちは金持ちのまま、貧困層は貧困のままという硬直した状態になっていて、アメリカンドリームなんてもはや神話の域だけど、世界各地でまだその幻想は生きているようです。
 そして、アメリカは「世界の警察」という側面も担っている。まあ、誰かに頼まれてそうなったわけではなく、呼ばれないのに行くこともあるし、行った先をめちゃくちゃにして帰ることもある。これについては賛否両論あるけれど、アメリカとしては世界の紛争を解決したいと思っている(もちろん自国の利益のためでもある)。

 そしてドイツは、近年は難民を多く受け入れている慈善大国というイメージが強くなっています。福祉大国でありながら、EUを牽引する経済大国でもあります。

 イギリスも移民大国ですね。それから世界共通の英語という最強の武器を持ち、役者やアーティストを世界にたくさん輩出している文化大国でもある。

 デンマークやスウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国は、シンプルで洗練された製品が「北欧スタイル」として大きなブランド力になっています。さらに、国民の生活を保障して格差を是正しようとする高福祉大国です。教育力や所得の高さも有名ですね。そして実は移民大国でもある。北欧諸国は人口規模が小さく、スウェーデンは約900万人、ノルウェー、デンマーク、フィンランドにいたっては約500万人前後。日本でいえば兵庫県や福岡県等の一県程度の人口しかない! でもそう感じさせないのは、世界への影響力が大きいからじゃないかな。

 こんなふうに、各国でそれぞれ定着したイメージがあり、その国が目指すものが何となく見えてくるけれど、日本はどんな国になりたいのかが、まだ見えていない気がします。「世界の弱者を救済する平和大国へ!」とか、僕が夢見る日本の未来像はこれまでいろいろ示してきたつもりだけど、それを実際に決めるのは、今これを読んでくださっている皆さんを含めた国民です。

 僕は、今の日本が衰退しているとは思いません。日本には豊かな文化があり、教育レベルも高い。今後、世界第2位の経済大国でなくなっても、国民が幸せな「幸せ大国」を目指すという手もある。たとえば、ブータンなどで推進している「総合幸福度(GHP)」という指標もあります。まあ、ブータンは独裁国でもあるから僕はあまり見習いたくないと思うけど、そういう考え方にシフトしていく手もあるかもしれない。

 というのも、僕は以前、空港で自国に帰国する外国人たちに「日本の“何”が良かったですか?」というインタビューをしたことがあります。すると高い確率で、「人が皆、明るくて優しかった」という言葉が非常に多かったのです。この話を周りの日本人に話すと、皆、意外だと驚いていました。日本人は話しかけにくいとか、英語が話せないという自虐的なイメージを持っている人が多いみたい。街もごちゃごちゃしているし、外国人がうんざりするんじゃないか、という声もありました。
 でも、実際には世界中から来た外国人に聞いてみると、「日本人が親切でもてなしてくれて、嬉しかった」とか「日本の発想やセンスが面白い」と喜んでいる。歌舞伎町も「あんなユニークな場所は自分の国にはないから面白い」、渋谷のスクランブル交差点も「あれだけの人が歩いていながら、ぶつからないのが平和的」なんて驚いている。日本人は自分たちにマイナスのイメージを持っているかもしれないけど、実際にはプラスに思われていることが多いんですよ。
 特に、この10年ほどで「ここが変だよ!」の日本じゃなくて、「ここがいいよ!」の日本に変わってきた気がします。

 

波紋を起こしたくないなら、ボートはこげない  

 ただ、どの国もそうですが、日本にもまだまだ課題もありますよね。このまま立ち止まっていたら、ますます悪化していって、どうしようもなくなりそうな問題もあります。
 でも、日本は「改善大国」です。これまでも、海外から輸入したものをどんどん改善していって、素晴らしい製品に変えてきた。サービスも制度も導入し、改善している。改善はこの連載のタイトルとおり「KAIZEN」として世界の言葉にもなりました。日本はどんなことも付加価値をつけていくのが得意な国です。今、足りない部分があるとしても、プラスに変えていけばいいんじゃないかな。

 ですが、日本には発言しにくい空気もあるし、惰性で続いてしまっている慣習も少なくありません。現状を変えていくためには、どうするべきなのでしょうか? 
 まずは状況を正しく把握することが大事ですよね。自分たちのいいところも悪いところもきちんと把握する。そのために人が言うことに耳を傾けることも大事です。意見の対立があまり見られない日本では、自分の意見が否定されると、自分自身まで否定されたと受け取ってしまう傾向がありますが、それでは議論が進まなくなりますし、お互い悪印象のまま終わってしまいます。
 そういう時には、自分の中の声を意識するといいんじゃないかと思います。例えば自分の中で「そういう、おまえだって」という感情的な言葉が沸いたら、その反発から生まれそうなバイアスを意識する。嫌な奴だって正しい指摘をしてくれる可能性もあるから、できるならフラットな気持ちを取り戻す。そして、「なるほど。君の言っていることはわかった」と、相手の言葉と人格を切り離して考えるのです。その上で、「自分はこういう考えで、こんなふうに思うんだけど、それについてはどう思う?」と意見交換をする。
 そうやって互いの考えを明らかにしていくことで、お互いに意見を聞き入れることができるようになります。それが、より良い改善につながっていくと思います。

 価値観が全く合わない人とは議論することすら難しいけど、日本には基本的な知識がある方が多いし、全国に倫理観や道徳観が行き渡っています。これは日本の大きな強みです。
 でも、もっと多様な価値観がある方が、より多くの問題点を発覚し、より多くの選択肢を提供し、より良い解決策が見つかるかもしれません。意見、経験、考え方の多様性がより良い社会づくりにつながるのではないでしょうか。みんなに合わせたものではなく、みんなに異なる提言や提案が進歩のもとになりうると思う。
 「波紋を起こしたくないなら、ボートはこげない」っていうのは僕が今思いついたフレーズだけど、特に若い世代には「空気」を読み過ぎないで、どんどん議論していってほしいな!

 日本はこれからどんな国を目指すのか。そして、海外にどう発信していくのか。それを実施することは、日本国民である皆さんに課せられた大きな宿題だと思います。

 

次回、第27回  新しい発想で世界を変えよう。世界に示す日本の役割(前編)は、10月12日(金)公開予定です。

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