イラスト/赤池佳江子
青沼陽一郎
侵略する豚
〜日本の食肉とTPP〜
牛肉であれば産地にこだわるのが日本人。では豚はいかがか。
肉食が根付いたのは明治期とされるが、江戸期にも好んで食した人々がおり、ときにそれは争いの種となった。
明治維新から150年、いまや圧倒的な量の豚肉や牛肉が太平洋を行き交い日本海を渡っている。安くておいしいのはありがたいが、本当にそれでよいのか。農を守れという前に、自らの食を忘れてはいないか。
世界各地に目を向け、過去と現代を往来する本格ノンフィクション。
開国か攘夷かで揺れる幕末をスタートに、TPPを巡る旅はアメリカの核心へ。
第20回 逆転の構図
シーボードの「トライアンフ工場」にある「バラ肉整形機械」。赤い光のセンサーで測り自動的にカットする(下)。著者撮影

 薄暗い天井から後ろ足を吊された数万体に近い豚の枝肉。ロースすなわち胴体の長い画一されたこの豚たちは、日本が生み出したものだった。隣のエリアに行っても、またその隣のエリアに行っても、やはり同じサイズの豚が逆さまに並んでいる。
 そして、時が来ると、再びこの保管庫からレーンを滑るように運び出される。
 煌々と電灯に照らされた天井の高い工場エリア。壁の一角をちょうどいいサイズに切り抜いたような薄暗い入口から、まるでゲートをくぐるように、豚は開いた胸をこちらに向けて1頭ずつ堂々と入ってくる。レールを滑り、機材がカタンカタンとぶつかる音もいっしょだ。童心に返ってこの風景をたとえるなら、大人よりも大きい豚が擬人化して、まるでロボットの量産工場にいるような気分になる。
 しかし、このエリアで豚たちを待ち受けているのは、枝肉からの解体作業だった。
 しかも、この空間は寒い。枝肉になるまでの工場エリアは、豚の湯釜が象徴するように、熱気のこもった場所での作業だった。だから、半袖の作業員もいた。ところが、こちら側では白い作業着の下に防寒着を着ている。製品としての精肉の品質と鮮度を落とさないためだ。枝肉の前後で温度管理も違えば、それぞれの作業員が往来できないようにもなっている。衛生管理上の理由からだ。
 それまで逆さに吊されていた豚たちも、コンベアの上に寝かされ、半身にされ、最初は大きくそれぞれの部位に裁断されていく。肩を取り、腿を取り、そこから、それぞれのコンベアのラインに多数の作業員たちが並び、切り離された部位を手にしたナイフで、それぞれの形にカッティングしていく。時折、切れ味をよくするために、備え付けの研磨器具でナイフを磨いでみせる作業員たちも、どこの肉をどのようにカットすべきか、もはや流れ作業でよく知っている。脂の付き方も違う肉の処理には、人間の力が必要だ。人手もかかる。
 それがいまでは、ここにもオートメーション化の波が押し寄せている。
 豚の胴体を機械のラインに載せる。すると瞬時に赤い光のセンサーで肉の形を読み取り、あばら骨だけを切り取ってしてしまう。その直後には、ロース肉(背側)とバラ肉(胸側)を切り分ける。それから、やはりセンサーで分析して、ロースの脂肪を皮ごと取り除く。ここまで「ロインプラー」と呼ばれるマシンが自動でこなす。皮と脂肪はその後の工程で、それぞれに分けられる。
 バラ肉は「ABT(Automatic Belly Trimmer)」と呼ばれる、バラ肉整形機械に送られる。バラ肉の形の全体をセンサーで読み取り、ベーコン用あるいは輸出用の規格にカットしていく。例えば、お尻側を10センチだけカットする、と指示をしておけば、あとは水圧カッターが自動で切り取ってくれる。そして、重量別に商品が分けられていく。
「このABTが行う作業に、以前は1シフトに20人が必要でした。いまは2シフトで生産していますから、約40人の人員削減効果と規格の安定、ヒューマンエラーの除去が可能となりました」
 それが会社側の説明だった。数億円の投資も無駄にはなっていない。
 ところが、あえてこの装置を使わないバラ肉の加工がある。
 あばら骨を1本ずつ手作業で取り除き、肉塊の表面に山なりのあとを残すのだ。
「角煮などの料理にした時に、こちらのほうが見た目がいいから、という理由で日本から発注がきたものです」
 米国人からすると、一気にあばら骨を肉ごと削ぎ落としてしまうほうが効率的だし合理的だった。むしろ、骨付きのスペアリブは、米国では高級品だ。しかし、「見た目」にこだわる日本に売るためにその要望に応える「日本スペック」をあえてここでも商品化している。
 さらにラインの外れ、コンベアの末端で加工されたロース肉をチェックして仕分けしている女性がいる。
 ロース肉を取って手に載せてみると、長いロースだけに、重みで掌から左右に肉が垂れ下がる。この垂れ具合、つまり肉の張りによって商品を仕分けしているのだ。
「この張りのいいものを日本人は好みます。それだけ上質ということです。これを選別して、日本へ送ります」
 では、選別された他の肉はどこへ行くのか。
「韓国へ行きます」
 最新マシンによって切り離された脂身も、脳みそ同様に主にメキシコに向けて輸出される。もちろん、米国国内向けの商品もある。だが、日本人のこだわりや要求に答えることによって、より上質で高価な商品の取引ができる。
 このシーボードのトライアンフ工場を訪れた2014年の米国産豚肉の輸出量がもっとも多かったのは、隣国メキシコだった。輸出総量の31.3%(68万842トン)を占め、その次に日本の21.5%(46万8719トン)と続く。
 ところが、取引金額を見ると日本は19億3238万ドル、メキシコは15億5775万ドルと逆転し、日本が米国にとって最大の豚肉輸出国となる。
 それは、“豚のロビイスト”と呼んだニックの所属するNPPC(全米豚肉生産者協会)がウェブで公表しているデータがすべてを物語る。

 こうした逆転現象は、第3位と第4位のカナダと中国・香港の間にも見られるが、取引金額からすれば、圧倒的に日本が米国にとっての最大の取引相手となり、それだけ高価な肉を買い付けていることがわかる。
 高級部位のロースの長い豚にはじまって、苦境から這い上がった米国の豚肉輸出が、世界一に急成長したのは、他でもない日本のお陰なのだ。日本が米国を世界一の豚肉輸出国に育てたのだ。

※引用は現代かなづかいを原則としました。 ※一部、著者の判断で加筆した部分があります。 ※引用・参考文献一覧は連載最終回に掲載します。
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