イラスト/赤池佳江子
青沼陽一郎
侵略する豚
〜日本の食肉とTPP〜
牛肉であれば産地にこだわるのが日本人。では豚はいかがか。
肉食が根付いたのは明治期とされるが、江戸期にも好んで食した人々がおり、ときにそれは争いの種となった。
明治維新から150年、いまや圧倒的な量の豚肉や牛肉が太平洋を行き交い日本海を渡っている。安くておいしいのはありがたいが、本当にそれでよいのか。農を守れという前に、自らの食を忘れてはいないか。
世界各地に目を向け、過去と現代を往来する本格ノンフィクション。
開国か攘夷かで揺れる幕末をスタートに、アメリカ、日本、中国を巡った旅は終わりへと向かう。
第56回 滅びゆく和牛
但馬牛たじまうし。日本の黒毛和牛の99.9%は「田尻号」という但馬牛の遺伝子を持つ。「神戸ビーフ」も指定の処理場で食肉加工された最上級の但馬牛のことをいう/著者撮影

 焼けた鉄板の上に、まるで白雪をまぶしたような肉片を敷くと、たちまち小さな粒が一斉に弾けるような音が耳をついた。そこから軟らかい煙が上がると、それに紛れて芳ばしさと甘さの入り乱れた香りが鼻孔を刺激する。米国の牛肉生産関係者が「ユニークな食べ方」と表現する焼肉。いま焼き上がりを待っているのは、黒毛和牛の最高級とされるA5ランクの肉だ。
 和牛のランクは、赤身の間に入る脂、即ち「サシ」の霜降り具合と、肉の光沢、締まりときめ、それに脂の質と色沢によって肉質の数値(5〜1)が識別され、枝肉の歩留まりが良いものからA、B、Cの3つに区分けされる。
「これがウチでできたA5の肉だ」
 鹿児島県の大隅半島で畜産を営む前田隆が育てた肉は、霜降りと呼ぶよりは脂の中に赤身が紛れ込んだような、白さが印象的だった。さっきまで覗いていた牛舎で育った牛を試食してみるというのも、あまり体験できるものでもない。頃合いを見計らって、前田が声をかけた。鉄板の上から肉片を引き上げ、粗塩を少し付けて口に運ぶ。ひと噛みすると、たちまち芳醇な脂が口いっぱいに広がっていく。これがA5ランクの味だ。
 だが、この霜降りの高級和牛というのは、実は牛の“奇形”を作っていることにほかならない。ビタミンAとBを一切与えず、そもそも草食動物である牛に穀物を食べさせ、狭い牛舎の中で運動もさせずに、脂身を増やす。言ってみれば、フランス人がガチョウをふとらせフォアグラを生産するのといっしょだ。ただ、高級牛になればなるほど、その肝臓はぼろぼろになっている。だから、高級和牛の“レバ刺し”などあり得ない。
「人間で言えば、30歳の成人を80、90歳の老人にさせるようなものだよ」
 日本の牛の畜産には仔牛を産ませて育てる繁殖(生産)農家と、その仔牛を買い取って肉牛に育てる肥育農家のふたつがある。
 肥育農家は市場に出た生後10ヵ月ほどの仔牛を見極め、落札する。
 そこから屋根のある牛舎で20ヵ月ほどかけて肥らせ、出荷する。
 肥育農家はみんなA5を狙う。だが、そこから型落ちのするものがA3やA2となって、手頃な価格になっていく。それがいわば庶民の牛肉になる。
 A5の肉を作るということは、もはや「職人技」だった。出来上がった肉によって収入も違ってくる。その技術は子どもにも教えないことがある。
 各地域、自治体では独立してA5ランクの銘柄牛を生産して競い合うブランド戦略に専念する。ふるさと納税の見返りにこのブランド牛を提供する自治体も少なくない。
 だが、その起源はみんないっしょだ。
「神戸ビーフ」といえば、世界にも知られる和牛のブランドだが、そのはじまりは明治初期、開港された神戸港で但馬牛たじまうしを食べた西洋人が絶賛したことから、世界に知られるようになった──とされる。いまでも、神戸ビーフの育種は兵庫県但馬地方と淡路島で生産される「但馬牛」に限られ、一定の品質基準を満たし、それも神戸の食肉処理場で枝肉加工されたものだけが認定を受ける。
 全国和牛登録協会によると、全国の黒毛和牛の99.9%はこの但馬地方の香美町小代おじろ区で飼われていた「田尻号」と呼ばれた1頭の雄の但馬牛に辿り着くとされる。つまり但馬が和牛の故郷といえる。
 山林の間に川が流れ、棚田のような静かな田園が広がる但馬地方を私が訪れたのは2015年の春のことだった。
「昔は“子とり”(繁殖)が盛んだったんだが……」
 美方郡に暮らす老夫婦が言った。
「このあたりでは、ほとんどの家で牛を1頭から3頭くらいは飼っていました。牛舎を母屋とくっつけて、ほとんどが繁殖用で、農家の副業にしていました。ここの部落に116戸ありますが、いまでは5〜6軒しか牛を飼っていません」
 夫妻の自宅の裏にある木造の牛舎には、いま2頭の母牛と1頭の仔牛がいる。
「もともとは5頭の母牛がいましたが、1頭ずつ減らしていって、3頭目を売りに出したのが一昨年になります」
 80歳になる夫の中井太一郎が言った。妻のちよ子も79歳。いまの牛が子どもを産めなくなったら、そのまま繁殖をやめると言う。
「年を取ったことがやめる理由です。まだ若かったら、雌の仔牛を買ってきて、仔牛を産ませて、市場に出したが、そこまでにするには時間もかかるし、資本もかなりいる」
 この和牛の故郷が物語るように、繁殖農家の戸数が毎年のように減っている。それも全国で足並みを揃えるように激減している。
 その大きな理由は、やはり高齢化だった。
 この中井夫婦も現在では、他界した長男の嫁と3人暮らし。後継者もいない。
「いままでは、野草を刈ってきて牛に与えていましたが、それもしんどくなってきた。そこで海外の牧草を買うようになりましたが、飼料代も高くつく」
 たった2頭しか見せられなくて恥ずかしい、というので中井夫妻は、すぐ近所のもう1軒の繁殖農家に案内してくれた。
 寺谷進、京子夫妻の営む牛舎には柵の中に横一列につながれて、9頭の母牛がいた。その脇に母に連れ添う仔牛がいる。
「あと4、5年は続ける」という寺谷夫妻も、75歳と69歳という高齢だ。妻が言う。
「最近は息子が手伝うようになったけど、継ぐかどうかわからん」
 そこに拍車をかけたのがTPPだった。どうせ後継ぎもないのなら、TPPを契機にやめよう。そういう繁殖農家が少なくない。
「外国から牛が沢山入ってきて、安うなったら、そりゃ、やめにゃあねえ……」
 妻はそう語りながら溜息をついていた。
 そして、その年の10月にTPPが大筋合意したあとには、溜息が悲鳴に変わった。ところが、その表情と意味するところがまったく違っていた。
「まるで夢みたいだ!」
 と、喜びを隠さない。
 繁殖農家が減ったことにより、仔牛の数も減った。そのことで供給が追いつかず、仔牛の価格が高騰したのだ。
 神戸ビーフになる但馬牛の市場でも、値が急騰した。14年の前半まで40万円代で推移していたものが、緩やかなカーブを描くように上がりはじめ、15年11月の市場では平均でなんと103万円を付けている。
「もう100万円を超す高値が仔牛に付くなんて、はじめて!」
 仔牛が高く売れて仕方がない! そういう悲鳴だ。
「牛が少ないですからね。TPPは、今のところ心配はしとらん」
 しかし、この高値では仔牛を買い取る肥育農家がやってはいけない。
「あと2年、保たない」
 鹿児島県の大隅半島で和牛肥育を営む前田は、そう語って憚らなかった。
 鹿児島県は北海道に次いで2番目に牛肉生産の盛んな場所だった。3番目は隣の宮崎になる。
 これが豚肉になると、第1位が鹿児島、第2位が宮崎と続く。
 因みに、鶏肉となると、やはり鹿児島、宮崎の順で1位、2位を独占する。
 つまり、鹿児島と宮崎という南九州の一帯は、日本でもっとも畜産が盛んな場所なのである。
 その南九州の畜産地域でも、都城市は牛、豚、鶏ともに日本一畜産農家が多い市町村だ。ところがそこでも、繁殖農家の激減は否めない。
「毎年100軒のペースで繁殖農家がやめていく」
 同市農政部畜産課がそう言いながら示した統計資料を見ると、06年に2480軒だった和牛繁殖農家は、14年になると1495軒になっていた。当然、牛の頭数も減っている。そして、やはりここでも仔牛の価格が高騰している。
「去年まで平均60万〜65万円だった仔牛が、いまでは70万〜75万円に、半年で10万円も上がった」
 と、嘆息する前田。
「仮に60万円で元牛(仔牛)を購入したとして、枝肉出荷までの20ヵ月を育てるのに、飼料代や設備投資に40万〜45万円が必要になる。いま和牛の枝肉出荷価格がだいたい120万円だから、このままの価格で推移すれば、2年後には赤字に急転する」
 枝肉の相場が上がれば、消費者の食卓に響く。
 TPPどころの騒ぎではなかった。しかも、「仔牛が高すぎて、買えない農家も出てきている」というから驚きだ。
 繁殖の側でも仔牛の高値を喜んでばかりはいられない。肥育農家が潰れれば、繁殖農家もやっていけなくなるからだ。
 このままでは相乗効果で和牛農家が滅びる。
「だから、繁殖農家もいまの高値のうちに牛を売って、やめようというところが多い」
 こうした廃業傾向を最初にもたらしたのが、10年に宮崎県を襲った口蹄疫の苦い経験だった。感染した牛は例外なく殺処分され、牛をすべて失う繁殖農家も多かった。
 当時の宮崎県知事だった東国原英夫は苛立ちと憤りを隠せず、民主党政権が発足したばかりで、鳩山由紀夫内閣の赤松広隆農相の対応の遅れに批判が噴出。続く菅直人内閣ではほとんどの閣僚が留任したにも拘わらず、交替を余儀なくされたことは、オバマ政権のヴィルサック農務長官の訪日に関連して、この連載でも触れている。(第26回)
「その菅内閣がTPPを提唱しはじめて、再び牛を飼いはじめようという農家が意欲をなくしていった」(地元畜産関係者)
 そして、その次に和牛激減の事情を生んだのが、東京電力福島第一原子力発電所の事故だ。
 原発事故直後、宮城県も含めて東北地方の牛の出荷が停まった。原因は飛散した放射性物質による稲ワラ汚染だ。宮城県登米市や隣の大崎市で獲れる上質の稲ワラは、全国に牛の粗飼料として出荷されていた。それを食べた松阪牛からも、放射性物質が検出されて、当時は大騒ぎになった。
 登米市で「仙台牛」の肥育を営む佐野和夫が言った。
「それで牛舎の牛の入れ替えもできないから、仔牛も出荷できない。一気に繁殖農家の廃業が進んだ」
 この仙台牛を生産する地域でも、小規模繁殖農家が多く、高齢化が進んでいた。
「それまで、畦の草や採草地から刈ってきた草を母牛に与えていた。それが、畦の草も危険だから与えてはいけない、すべて購入で賄え、といわば締め付けのような状態になって、高齢者たちはリタイアしていった」
 繁殖農家が消滅し、仔牛が減り、価格が高騰する一方で、肥育農家はみんなA5ランクの肉を目指す。
 ところが、その嗜好も時代と共に変わりつつある。
「いま、肉のランクによって取引価格に差がなくなってきている」
 鹿児島の前田によると、20年前であれば、1キログラムあたりA5の肉が2500〜3000円の値を付け、A3が1500円ほどで取引されていた。倍近い開きがあった。それがここ数年は、A5で2200円、A3でも2000円と、わずか200円ほどの差しかないという。
「生活習慣の変化もあって、脂の少ないヘルシーな肉を好む傾向にある」
 最近の若い子は脂を好まない。それどころか、せっかく口にしたA5ランクの肉を「ペッ! ペッ!」と吐き出し、「脂が気持ち悪い」と顔をしかめた子もいたという。前田の息子が教えてくれた。日本人の嗜好も確実に変わっていく。
「だから……」
 前田は言った。
「最初は反対だったTPPだが、和牛の輸出にかけてみようと思ったんだ。国内市場が伸びないのなら、米国への輸出に期待したんだ」

 その米国を旅したときのことだ。
 相変わらずカンザス州の真っ直ぐに延びる道しか表示されないカーナビに、突如として「飛行場」と記された三角形の施設が現れた。滑走路が3本、それぞれの端を結んで交わり、巨大な三角形を形成している。第二次世界大戦中に軍用として建設されたものだ。今でも飛行場としての機能は失っていない。
 ところが、その「飛行場」に入って滑走路を進むと、カウボーイが3人、向こうからやって来た。寒空のもと、つばの広いカウボーイハットを被り、防寒具に口元までしっかり包み込んで、馬に乗っている。
 かつての滑走路の両脇には、柵が続いていて、それが正方形にまた規則正しく区切られている。その柵の中に数十頭ずつ同種の牛がいる。この一区画のことを「ペン」と呼んだ。カウボーイたちは、このペンの牛の様子を見て回る。
 米国でも肉牛の育て方は、基本的に同じだ。仔牛を生み育てる繁殖(生産)と、仔牛を肉付きよく肥らせ出荷する肥育に分けられる。この肥育施設のことを、当地では「フィードロット」と呼んでいる。
『TIFFANY CATTLE COMPANY』と看板の掲げられたこの場所は、かつての飛行場を改造したフィードロットだった。牛をまとめてペンの中に入れ、柵沿いに設けられた餌台から餌を与え、肥らせ、出荷する。
「ここにはブラックアンガスが多いけれど、こっちの赤牛はミズーリ州から来た。この近所5〜6キロの牧場から来た牛もあれば、隣のオクラホマ州から来た牛もいる。あっちの離れたほうにいるのはテネシー州から。まだ若いうちに来たから、病気にならないように、少し離したペンに入れてある」
 若い兄弟ふたりが数年前に経営権を買い取り、このフィードロットを営んでいる。看板に「TIFFANY」とあったのは彼らの名前だ。ニューヨーク5番街のティファニー宝石店とは、家系がどこかでつながっているらしい──と、兄のほうが場内を案内しながら言った。
 しかし、ここにいる牛はすべて経営者のものではなかった。
「投資家がどこからか牛を買ってきて、ここで肥育させる。いまは牛が投資の対象になる時代だからね」
 つまり投資家の牛だった。ペンのひとつひとつが、投資の対象となる。
 このフィードロットは委託が専門だった。仔牛を繁殖させた個人農家からでも、あるいは牛すら見たことのない投資家からでも、牛を預かってここで肥らせ、上質の肉を作って出荷する。取引額が高くなれば、投資家も儲かり、肥育業者の稼ぎも大きくなる。
「ここには全体で1万5000頭が入るけど、いまは1万頭を受け入れている。それで年間の出荷が3万頭になる」
 オフィスの彼のデスクには、ふたつのデスクトップ画面が並んでいた。ひとつは全米からこの地域までを網羅できる天気図。もうひとつは、食肉卸売相場。この変動を見ながら、牛の肥育と出荷時期に細心の注意を払う。
「経営形態の違う個人や企業経営の肥育場は、独自で牛を仕入れて、肥育して外部に売って利ザヤを稼ぐ。ここの規模の10倍も20倍なんてところもいくつもあるよ」
 個人経営に対しては、牛肉相場を読み、出荷時期をアドバイスする職業もある。いわばコンサルタントだ。
 だが、日本にはそんなものはない。規模もシステムも違う。
 零細の繁殖農家に和牛の増殖が委ねられ、肥育農家の職人技で霜降りの肉を作り上げる。そこに米国から大量の牛肉が押し寄せ、これに立ち向かう。
 日本人はもともと少ない脂の摂取で身体を有効に使える倹約遺伝子を持つとされる。島国で動物性脂肪を摂れない環境に適応するためだ。それ故、希少な脂を好む傾向にあった。それはのちに社会問題化したメタボリックシンドロームが、戦後の食文化の変節に伴う、脂の過剰摂取に原因があることに裏付けられる。日本人にとって、脂はご馳走であり、希少なA5ランクの牛を育てること、その技術を磨くことは畜産家の誇りでもあった。
 だが、いまそこに見えてくるのはかつての大戦における敗戦の構図でしかない。
 零戦や巨大戦艦を生み出す洗練された技術はあっても、大局を見失ったことによる敗戦の図式。時代は艦隊決戦から航空機へと主戦場を移していったにも拘わらず、巨艦大砲主義を貫き、「大和」のような巨大戦艦の建造にこだわり続けた。零戦は敵国を圧倒する技術の結晶であったが、戦況が悪化するにつれ製造資材が不足し、いくら優秀な戦闘機でもこれを乗りこなすパイロットが消えていった。米国はパナマ運河を越えるコンパクトな艦船を、誰もが組み立てられるプラットホーム型の製造方法で量産した。技術開発も進み、同じように量産された新型の攻撃機は物量で日本を凌ぎ、やがて大和を鹿児島沖に沈めた。それと同じように、牛肉の嗜好の変化に対しても、個人農家が職人技でA5にこだわり続ける。しかも、
「但馬牛は兵庫県の閉鎖育種なんだ。近親交配が多く、繁殖能力は落ちるし、新しい血が入って来ないから、いい牛が出にくくなる」(但馬牛肥育農家)
 銘柄牛の精子は県単位で管理される。兵庫県は但馬牛に他の血を混ぜないように徹底管理している。これこそ、ブランド競争が生んだ弊害だ。
 それでも「神戸ビーフ」「但馬牛」は、TPP発効を見据えて農林水産省が導入した「地理的表示保護制度(GI)」に登録された。登録された農産品は富士山をモチーフにした「GI」マークをつけて、国がお墨付きを与えた地域ブランドして、世界に売り出す。
 それも「攻めの農業」を掲げる安倍政権が農産品の輸出促進を狙った政策のひとつだった。それと並行して安倍政権は、国内農業の「六次産業化」を提唱している。農産品を生産するばかりでなく、加工、販売のノウハウも農家が独自で切り開き、商品価値を高めて積極的に売り出そうという企みだ。だが、和牛農家は言う。
「いい和牛を育てるのには技術がいる。それだけで精一杯だし、いままでそれしかやってこなかった。いまさら販路を探せ、商品開発をしろ、なんて言われても無理だ。六次産業化なんてできっこない」
 各地域が競い合うブランド牛も、それぞれの自治体が独自で海外への販売ルートを模索する。米国がビーフ・ボードを立ち上げ、米国食肉輸出連合会が世界戦略を練るような、オールジャパンとしての戦略も構想もない。
 これでは勝てるはずもない。
 太平洋戦争では、戦域を広げたはいいが兵站を軽視したあまり、多くの日本兵が取り残され死んでいった。無謀ともいわれたインパール作戦では、20日分のコメと少量の乾パンしか持ち合わせず、あとは現地調達や輸送手段に用いた大型動物を食べてしのぐ「ジンギスカン作戦」を提唱していた。
「象も食べたよ。水牛みたいな味がした」
 インパール作戦に従軍し、戦後も帰国を拒んだ残留日本兵が私に語った言葉だ(拙著『帰還せず 残留日本兵六〇年目の証言』より)。だが、水牛も食べたことのない私には、その味すら想像できなかった。結局この作戦は悲惨な末路を辿ったことは歴史に残るとおりだ。
 このままでは再びの敗戦を迎える。
 TPPは消滅しても、米国のトランプ政権は二国間交渉において、まずは牛・豚肉の市場開放をTPP合意内容以上に強く日本に求めてくるはずだ。それは米通商代表部があらゆる場面で明らかにしている。
 それどころか、いまの国情を鑑みれば、いつ和牛が滅んでもおかしくはない。

※引用は現代かなづかいを原則としました。 ※一部、著者の判断で加筆した部分があります。 ※引用・参考文献一覧は連載最終回に掲載します。
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