イラスト/赤池佳江子
青沼陽一郎
侵略する豚
〜日本の食肉とTPP〜
牛肉であれば産地にこだわるのが日本人。では豚はいかがか。
肉食が根付いたのは明治期とされるが、江戸期にも好んで食した人々がおり、ときにそれは争いの種となった。
明治維新から150年、いまや圧倒的な量の豚肉や牛肉が太平洋を行き交い日本海を渡っている。安くておいしいのはありがたいが、本当にそれでよいのか。農を守れという前に、自らの食を忘れてはいないか。
世界各地に目を向け、過去と現代を往来する本格ノンフィクション。
開国か攘夷かで揺れる幕末をスタートに、アメリカ、日本、中国を巡った旅は終わりへと向かう。
第57回 〔最終回〕そして食料危機がやってくる
旅の終わり、成田国際空港に向かう航空機から見た夕陽を浴びる夏の富士山。この国の食料自給率は39%に過ぎない/著者撮影

「先生、まだこんなことを続けますか」
 警察署の一室に閉じ込められてから、6〜7時間は経っていただろうか。日が暮れているのは、開け放たれた扉の向こうの蛍光灯が明るさを増したことでわかった。その扉から半袖シャツにスラックスのお腹の出た中年男性が入ってくると、部屋の中の空気が張り詰めたものに変わった。制服姿の警官は入室に合わせてピンと背筋を伸ばした。それを気にとめることもなく、真っ直ぐに私の正面まで来て、椅子を引き寄せ、机を挟んで座ると、間を置かずに低い声でそう言った。
「署長さんです……」
 通訳が耳元で囁いた。
 眼鏡をかけ髪の薄くなりかけているこの男が、田圃の写真を撮っていた私を連行した中国湖南省衡陽市衡東県大浦鎮の警察署長だった。
「私の就業時間が終わって制服から私服に着替えているのに、まだ帰れないのは誰のせいだと思いますか」
 嫌味のように言った。それから老年の制服警官を指して、
「彼だってそうだ。帰るどころか、まだ制服を着たままだ」
 と言った。そうやって、主張を曲げない私を責める。威圧する。
 それから、私の目を直視しながら、
「私は、人の善悪を見抜く力を持っている」
 彼はそう言って、指を折って疑問点を数えながら、再び送金の事実から尋問をはじめた。だが、調査目的を認めようものなら、さらに踏み込んだ罪に問われる可能性がある。同じ主張を繰り返す。
「先生」
 彼は私をそう呼んだ。それも嫌味か。
「このままいつまでも続けますか」
 このままでは解放しない。そう言っている。
 だが、署長まで出てきて尋問にあたっているのだ。早く帰りたい、とも表面上は言っている。どこか落としどころを探っているのかも知れない。
「では、どうしたらいいんですか」
 こちらから訊ねた。
 すると、真っ白なA4サイズの紙とボールペンを出してきて、これから言うことを日本語で書くように言った。
「それなら、さっき書いたはずですよ」
 署長が登場するずっと前に、他の人間が中国語の文書を出してきた。この内容を日本語で書き写せ、と指示された。だが、その文面を通訳されると、それまでの私の主張とまったく異なっていた。調査目的を認めるものだった。そんなことは書けない。それでも書かなければこの場所に留め置かれる。拘束されたままだ。自分の語彙能力をフル活用して、直接表現を避けたこちらの主張を曲げない範囲で日本語の文章を作った。どうせこんな場所に日本語のわかるスタッフもいないだろう、という甘い目論見もあった。ところがしばらくすると、文書を手にした中国人が戻ってきて、こんな文章ではダメだ、と言った。言葉をあらためて書き直せという。だが、それでは主張と異なる。そうして平行線を辿り膠着状態が続いていたところだった。
 署長は、その書面を見せろ、と部下に指示した。中国語と日本語の文面を目でさらうと、これから言うことを日本語で書け、と私に言った。
「事情説明」
 まずその表題からはじまる。
 そこから、さっきの文書を見ながら、この表現ではダメだ、と具体的に指示しながら文章を書かせる。残念ながら、中国人にも私の書く漢字の意味が通じてしまう。
 それでも、事実と違うことは書けない。だが、彼らにも面子がある。
「先生、こちらの事情も考えてください」
 とにかく「事情説明」と題された、こちらの落ち度を認める文書を書かせなければ、彼らとしても私を解放できないのだろう。直筆で書かせるあたりは、中国共産党の「自己批判」と同じだった。あれこれ入る指示に、妥協点を探りながら、文章を構成する。異様な労力に、屈辱感が胸元から湧き上がる。
 出来上がった書面を署長が手にすると、部下に渡して指示した。部下はスマートホンを取り出し、書面を写真に収めると、それをどこかにメール送信していた。なるほど、こうして中央に文面を確認してもらう。
 そのあと、作成された尋問形式の調書の読み聞かせがあり、署名と指印を求められた。無論、私のカメラにあった写真データはすべて消去された。外に出ると街灯らしいものもなく、あたりは一面真っ暗だった。もう深夜に近かった。

 中国は変わってしまった。幾度となく中国を訪れ、食品工場や事件の現場を見てまわった私には、少なくともそう思えた。それこそ、北京オリンピックを目指し、急激な経済成長に邁進していた熱気と活気に満ちた頃とは違う。
 習近平が総書記になってから、綱紀粛正を掲げ、汚職の取締りを強化した。それと同時に報道規制も厳しくなった。日本では閲覧できた中国の汚染に関するネット報道も、中国国内ではアクセスができなくなった。100人を超す人権派と呼ばれる弁護士たちが一斉に身柄を拘束されたのも、この翌日のことだった。
「虎もハエも叩く」と公言して、実際に中国共産党の幹部を摘発していく、いままでの国家主席にはなかった習近平の姿に、中国の国民は喝采した。この中国を巡る旅でも、庶民の人気が高いことを知った。だが一方で、取締りの厳しさから裏金がまわらなくなり、綱紀粛正で贅沢が禁止され、地方でも共産党の幹部たちが派手な宴会をやらなくなった。それで庶民への金まわりも悪くなった。経済的にはいい状況とは言い難い。裏を返せば中国経済の原動力には、習近平が叩いている虎やハエがいたことになる。
 その影響は日本にもきている。事実上の贅沢禁止令は日本からの高級食材の輸入を激減させた。日本一の鮫の水揚げで知られる気仙沼では、フカヒレの輸出が減り、操業を停止する工場も出ている。
 その習近平が中国の食料政策を転換させ、輸入を増加させた。大豆は、田中角栄が開発をはじめたセラード地帯を持つブラジルからの輸入がもっとも多く、トウモロコシは中国が農業開発プロジェクトを結んだウクライナからの輸入を急増させている。IMF(国際通貨基金)の支援を受けているウクライナは、トウモロコシばかりでなく、中国に空母まで売った。それが2016年末に沖縄本島と宮古島の間の宮古海峡を通過し、初めて西太平洋に進出した空母「遼寧」だ。
 中国は世界にその触手を伸ばしている。
「中国と米国は、大きな船のようだ。波によってどちらかに揺らぐ。中国と米国が農業での関係を強くできたら、船は揺れないようにできる」
 習近平が副主席のときの訪米で、大量の大豆買い付けを行って語った言葉からは、中国と米国が手を組み世界の食料事情も掌握しようとする意図すらうかがえる。

 米国は移民がなにもない大地を開拓してできた国だ。統治者もなく、荒野が広がっているだけだから、なんでも民間で立ち上げなければならなかった。病院も学校も教会も民間で建て、政治も裁判も民間が行った。食べるための農業も自分たちの手で開墾し、農地を広げていく。自給自足から、そこでできたものを売ることで、生活が豊かになっていく。商業としての農業という意識も出来上がっていく。
 日本はそれよりも長い歴史の中で、農民は統治される側に常にあった。農耕の中心であった米を年貢として差し出すことで、領主からは生活を保障され、守られるべき立場にある。とにかく年貢を納めること、自分たちが食べていくことが農耕のすべてだった。
 やがてふたつの国は戦争をする。日本は無条件降伏し、米国が進駐し、国体を変えられた。
 そこで農地解放が実施された。大地主のものだった土地を小作人に分配した。小作人にとっては大きな喜びだったが、だが、それまで地主に言われるとおりに作業をしてきただけに、いつどのようにどこから種や資材を持ってきて耕せばいいのか、自分たちで決められない。復員してきた元兵士たちにも農地は分配されたが、これから農業をはじめるにもどうしていいかわからない。そこで農業指導の役割で登場してきたのが農業協同組合だった。いまではその農協こそが、かつての地主に変わる存在になっている。
 戦中戦後の食料不足の経験から、農業の重要性は日本人の共通する感覚となったはずだった。食料の増産は進み、1960年には食料自給率が79%にまで達した。
 だが、画期的な農地解放も、その実は零細農家を日本各地に増やしたことになる。日本政府は61年に農業基本法を成立させ、農業の大規模化を目指したが、農家の選んだ道は兼業化だった。それに地方に支持層の多い政権与党の自民党にしてみれば、農家を減らすことは文字通り票田を潰すことに他ならない。むしろ、手厚く保護することで選挙地盤を固めたい。
 そうしたことから、いつの間にか農業は保護される対象であるという意識が農家の間にも広がった。戦後も続いた食糧管理法で、国が農家の米を全部買い取ってくれる。困ると国が保障してくれる。援助してくれる。農協の言うとおりにしておけば間違いない。多額の補助金だって投入される。食料がなくなって困るのは、国民じゃないか。
 そんな統治客体意識の中に、民間に求められる商売意識など目覚めるはずもなかった。
 それどころか、時として農業が哲学のように語られる。
「自給自足が理想だ」
「人間は土に帰れ」
「土地との絆を忘れるな」
 どこか宗教じみたような、“道”を求めるような存在に置き換わる。
 日本と米国では、建国の当初から農業の位置づけが違っていたのだ。
 農業は商売である。そう考える米国は、食肉だけを見ても、国を挙げて商品の売り込みの戦略を練る。私が米国の旅で見てきた垂直一貫統合生産の食肉加工工場で生産されるものは、もはや食品と呼ぶより商品と呼んだほうが正しい。
 TPPによって大量流入が見込まれた米国産の牛と豚の肉。迎え撃つ日本は、畜産農家の保護をさらに手厚くし、個人農家に六次産業化を求めた。やっていることがあべこべだ。
「いつまでも国の保護による妾商売なんてやってられない」
 ある養豚業者が言った言葉だ。
 米国並みに生産性を上げて立ち向かおうというのなら、米国と同じように成長促進ホルモン剤でも、ラクトパミンでも使って、大量生産と効率化を目指すべきだ。日本国民はその肉をもう既に消費しているのだから。米国の農業スタイルに見習うべきところはいっぱいある。

 その米国というのは、自国の領土内だけでなんでもできる、なんでも備わる国だった。農産品が輸出できるのも、自国で十分賄えるからだ。自動車だって作れれば、大量破壊兵器だって揃うし、いまでは石油だって採れる。
 その一方で中国は、同じように大陸に国土を保有しながら、自国でなんでもできる国ではなくなっていった。
 改革開放政策からはじまった世界の工場としての中国は、経済成長と引き替えに、その土地と環境を汚染させていった。「退耕還林」を唱え、農業から撤退し疲れた土地を休ませる。その分を他国からの輸入で賄う。
 それと並行して、習近平政権の中国では、内陸部を中心に「城鎮化計画」と呼ばれる新型都市化政策が進められている。地方の農村部を都市化して、農民を都市生活者に変えていく。退耕によって溢れた離農者の受け皿になると同時に、都市生活型の可処分所得の増加と内需拡大によって、行き詰まりを見せはじた中国経済の打開を図る。だが、それは反面で農業従事者の数を減らすことになる。その不足分をさらに海外に依存しなければならない。
 北京オリンピックに向けて高度成長を続けていた10年前の中国では、東西格差が問題になっていた。沿岸部ばかりが発展し、内陸部がそれについていけない事情を指摘したものだ。それと同時期、オリンピックの2年後の上海万博が過ぎれば、中国の経済は減速するのではないかと危惧する声もあった。だが、そうしたとき中国では、内陸部の内需の拡大ですべては乗り切れるとしていた。そのとおりのことをしている。
 そして、それと同じ時期に、世界的な食料危機がやってくると主張する輩もいた。中国の爆食が騒がれたことが背景にある。その頃の私は、食料危機などやってこないと分析していた。食料危機とは、食料の絶対的な不足から引き起こされるもので、当時の問題は食料の争奪にあったからだ。海外に食料を依存する国々がどこから調達してくるのか、いかに買い付けてくるのか。例えばマグロの味を知った中国の富裕層が高級品を買い漁る爆食、そこが焦点であって、絶対的な不足は起きないはずだと考えていた。
 実際に2008年に穀物相場が急騰して、食料が買えない国に餓死者が出て国際的な問題になった。それも市場にコメはあっても、買うカネがないという争奪に敗れた図式だった。
 しかし、いまになってみると、中国の姿勢は世界的な食料危機を招くように思えてならない。
 米国の思想家レスター・R・ブラウンが『誰が中国を養うのか』と題する論文を発表して世界を震撼させたのは、94年のことだった。
 その翌々年に「中国は95%の食料自給率を維持する」と世界に約束したはずだった。
 それから20年以上が過ぎ、世界の人口は70億人を突破し、予測では2030年に85億人、50年には90億人を超えるとされる。
 そうした中で、中国は一人っ子政策をやめた。限界に来ている国土を休め、食料の海外依存を確実に強化している。
 地球上の農耕地には限りがある。中国国内の耕作放棄は脅威だ。
 食料不足がやってきたとしたら──。
 そのとき、やはり食料は武器になる。

 トランプ大統領が2017年1月20日の就任3日後にTPPから永久離脱する大統領令に署名した直後、全米食肉輸出連合会(USMEF)のフィリップ・M・セング会長兼CEOは声明を発表した。
「われわれの業界が国外の顧客の需要に引き続き応じ、輸出機会をさらに拡大できるよう、新政権にはあらゆる可能な手段を使って米国を競争力のある地位に復活させることを求める」
 そして、トランプ政権へTPPの具体的な代替案を示すように求めた。TPPが発効していれば米国の食肉輸出は日本とベトナムで最も伸びた可能性があると指摘している。
 TPPを推進していた豚のロビイストことニックの所属する全米豚肉生産者協会(NPPC)は、全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)と2月7日にトランプ大統領に書簡を送っている。日本との自由貿易協定(FTA)交渉の早期着手を要請するものだった。こちらは、TPP合意による日本を中心とした各国の市場開放で米国内に9000人近い新規雇用が見込まれていたとしている。
 その他にも、米国の農業団体がそれぞれTPPに代わる市場開放を求める声明や書簡を送っている。
 そして米通商代表部(USTR)代表に指名され、1980年代のレーガン政権時代にも日米貿易摩擦交渉にあたったロバート・ライトハイザーは3月14日の議会上院の公聴会で、「米国は世界最大の農業国にも拘わらず、多くの貿易障壁に耐えているのは理解しがたい」と発言。
「日本が第一の標的になる」
 と、二国間交渉による農産品輸出の拡大を目指していることを明らかにした。
 具体的な動きはいまのところない。
 だが、トランプが日本の自動車に言及しているところをみると、91年に日本が牛肉・オレンジの輸入自由化に踏み切った80年代の日米貿易交渉を念頭に置いているはずだ。
 またあのときと同じことを繰り返すのか。
 だが、こんどは牛ばかりではない。91年には豚の純輸入国だった米国は、いまでは世界一の豚肉輸出国になっている。豚がいっしょについてくる。
 米国はそれだけの成長戦略を実現してきた国だ。
 それを忘れてはならない。

 日本は国権の最高機関である国会が承認したTPPを、米国に袖にされた。承認にあたって「日本の意思表示が大事」としながら、無視された。
 TPP反対を掲げた総選挙で政権を奪還した自民党の安倍晋三首相だったが、その2ヵ月後には当時のオバマ大統領との首脳会談で、交渉参加に転換。それでトランプにTPPを破棄されると、こんどは二国間交渉に臨む姿勢を示している。
 日本は米国に都合よく国のかたちを変えられる国になった。
 それは黒船がやってきて、開国を迫った時からの、むしろそれこそが本来のこの国の“かたち”なのかも知れない。
 もっとも、当時の開国派の主張は、およそ攘夷を決行したところで、米国には敵わないという判断にある。侵略と植民地化を防ぐためには、相手の要求に従わざるを得ない。そうして国体を維持する。合理的屈従とでも呼ぶべきものだ。
 それが太平洋戦争直前になると、合理性を国内世論が嫌った。継続していた日米交渉による事態打開を求める政治指導者を「大幕府勢力」と呼び、「昭和維新」「倒幕」を叫んだ。屈従──というより妥協の合理性を見失って、日本は戦争に走った。そして、敗れた。日本は再び米国によって国体が改造された。
 精神分析学者の岸田秀が指摘するような、屈辱的な現実を受け入れて適応せざるを得ない外的自己と、そんなものは仮の姿であって本当の自分は違うと誇りを取り戻したい内的自己のふたつが、開国以来の日本に宿命的にあるのだとすると、日米開戦は誇大妄想的な内的自己の肥大化だろう。そこに緻密な戦略などなかった。それが敗戦によって、分裂したふたつの自己が再認識された。いまの国内の右傾化傾向は内的自己の再びの肥大化であり、それと背中合わせの外的自己は、安倍がTPPを「国家百年の計」と呼んだことも忘れたかのように、トランプのフロリダの別荘でゴルフを楽しむところに現れている。
 ペリーの来航をきっかけに、食肉文化は日本中に広がっていった。
 明治維新から150年が経とうという今日、米国はその肉をもっと買えと日本に迫っている。その米国の食料市場戦略は、ここで見てきたとおりだ。
 米国産の食料供給が進めば、国内の食料自給率が低下するのは当たり前のことだ。
 そこで慢性的な食料不足から熾烈な争奪戦と食料危機が訪れたとしよう。
「アメリカ・ファースト」の国が食料を融通してくれるか。
 反日教育を叩き込み、言論すら封じ込めようとする中国が、他国のことを思いやるだろうか。南シナ海に進出する大国は、この機に乗じて日本を侵略するかも知れない。既に食料輸入の拡大は国際市場への侵略ともとれる。

「君は、ハーベストムーンの意味を知っているかい?」
 ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港の真上には、11月の大きな満月が光り輝いていた。明るくライトアップされた空港の夜景といっしょに晩秋の月を眺めながら、米国食肉輸出連合会の総会を終えたセング会長兼CEOと食事をした。日本にも支店を持つステーキハウスだった。テーブルに置かれた米国の牛肉は、やはり美味しかった。私の子どもの頃には、ビーフステーキと言えばご馳走の中のご馳走だった。それがいまでは日本でも安く食べられる。安価な外国産牛肉が貢献していることは間違いない。それだけ豊かになった、と言い換えることもできる。
 そこでハーベストムーンの話になった。収穫期にひときわ大きく輝く満月。その光をいま浴びている。
「収穫を喜ぶ時期に光り輝く満月。その喜びを月の美しさと重ね合わせたもの」
 私はそう思っていた。フルムーン(満月)という響きに、どこかロマンティックな印象すら持っていたから、なおさら、美しさと豊かさを強調したものだと思った。しかし、セングは「違う」と言った。
「この時期の満月が過ぎると雪が降る。その前に収穫を終えなければならない。それこそ日中ばかりか、この満月の光を利用して夜通しで収穫作業をする。そうしなければ間に合わない。だから“収穫の月”。農夫にとっては過酷な労働の象徴なんだよ」
 美しいと思うものにも、見方を変えれば違った意味を持つ。立場の違う人が見れば、残酷な存在に映る。TPPによって日本の畜産が滅ぼされるという日本の主張からすれば、米国産の食肉は侵略者に映る。国内産業を守れと叫ぶ。しかし、米国を旅してみれば、豚肉をはじめとする食肉業界は世界市場にのし上がるだけの知略と努力を惜しまなかったことがわかる。その姿には畏敬の念さえ覚える。暴力にうったえるのでもなく、巧みに自らが変わり、時には自国の政府も批判し、働きかけていった結果がそこにある。
 ビーフステーキやトンカツがいっぱい食べられる。幸福感を覚える。それだけ豊かになった、と人々は感じる。しかし、それは対象商品が安価になったカラクリであって、国産牛肉はいまだに高値のままだ。
 そして、圧倒する物流が姿を消したとき、そこに待ち受けているもの。
 再びの敗戦を迎える前に、日本も戦略を立て直す時期にきている。
 いまこそ、国家百年の計が求められている。

『侵略する豚』は今回で終了します。長い間、ご愛読いただきありがとうございました。
主要参考文献の一覧はこちらから、ご覧いただけます。
※引用は現代かなづかいを原則としました。 ※一部、著者の判断で加筆した部分があります。
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