• 不惑突入の噺家・春風亭一之輔です。落語界ではまだまだ若手。写真家のキッチンミノルに「孔子いわく『四〇にして惑わず』だそうです。師匠も不惑だから人生相談をしてみませんか?」って言われて、流れで「いいよ」と応えてはみたものの……正直、相談にのって欲しいのはこっち。あまり頼られても困るので、とりあえず「話だけは聴きます」。


第9回 『ガマンできない社長の行動があります』

 

 小学館本社にての打ち合わせ。30人は入れそうな会議室に通された3人は、入り口に一番近い隅っこに申し訳なさそうに座る。ちょうどお昼どきなので、編集の高成さんが弁当を買ってきてくれた。

 

キッチンミノル(以後、キ):あ、シュウマイ弁当ですね!

 

編集の高成さん(以後、タ):正確には「シウマイ弁当」ですけどね。崎陽軒の場合は「シュウマイ」や「焼売」でなく、「シウマイ」と表記するんですよ。私のような生粋の横浜市民としては、そこ重要なポイントです。

【編集部注】シウマイ弁当…崎陽軒(横浜市)が販売。元は1954年に発売された駅弁だが、デパ地下でも売られたり会議食などに利用されることも多く、毎日20000個以上食べられている。ハマっ子のソウルフード。

 

キ:……はぁ。そうなんですか。

 

タ:……それで、こっちが我が地元である神奈川県で売っているシウマイ弁当。こっちが東京で売っているシウマイ弁当です。どちらがよろしいですか?

 

キ:わざわざ同じ弁当を神奈川と東京の2か所で買ってきたんですか!?

 

タ:できる編集者ですから。

 

一之輔師匠(以後、師):えっ、そうなの?

 

タ:…………

 

キ:(にやにや)

 

タ:……えーと。紐で結んであるほうが神奈川バージョンで、蓋も経木を使っているおかげで上手に湯気を吸ってくれるから、美味しさが続くと言われています。

 

左が東京、右が神奈川で販売されているシウマイ弁当のパッケージ。中味は同じです。

 

師:相変わらず細かいなぁ……。だけどさ、シュウマイ弁当はにおいがあるから新幹線の中では食いにくいんだよね。車内でシュウマイ弁当食っている人は、肝が座っていると思うよ。

 

キ:へー、そうなんですか。私は食べちゃうことあります。なにも気にしてなかったなぁ。最近話題になった551も、ちっとも気にせず食べていましたもん。新幹線の出発時刻を気にしながら必死に列に並んで買って。

【編集部注】551…株式会社蓬莱(=551蓬莱)が販売する豚まんのこと。大阪名物として全国にファンが多いが、新幹線の車内で食べることの是非が、最近話題となった。

 

師:あー、なるほどね。そこが、キッチンがキッチンたる所以だわ。

 

キ:師匠はなにげにそういうの、うるさいですよね。

 

師:「気遣いの人」と呼んでほしいね。

 

キ:じゃあ、車内で食べている人がいたらイライラするんですか?

 

師:他人が食べているのは別にいいんだけど、自分が周囲の人にそう思わせるのはイヤ。

 

キ:へー、じゃあお弁当はどういうのを選んでいるんですか?

 

師:たとえば観劇に行った場合を想像して、それでも隣の人に迷惑じゃないと思うものを、ちゃんと選んで、新幹線でも食うんだよ。

 

キ:劇場のほうが隣同士、近いですもんね。そこまで考えているんですか。ふーん、偉いですね。

 

師:まあな。

 

キ:そういうのって、気遣いを教えてくれた親に感謝ですよね。僕はそういうの習ってこなかったから。

 

師:……親っていうよりも、かみさんに教わったんだけどね。大学の頃。

 

キ:大学の頃!? デートで?

 

師:二人で歌舞伎を見に行ったときにさ……

 

キ:はい。

 

師:ハンバーガーを買おうとしたら、めちゃくちゃ怒られたんだよ。

 

キ:あはは。

 

師:「はぁ? なに考えてんの。そんなもん買って入ったら、におって大変でしょ!!」ってさ、怒られて。そのときに改心したわけ。

 

キ:どうしようもないっすね。

 

師:でもさ、寄席にはハンバーガーとかバンバン食ってるお客さん、いるからね。

 

キ:いるいる。

 

師:本当はダメだけど、昔はオレもそのうちの一人だったから……エヘヘ。

 

キ:かわいく言ってもダメですよ。

 

師:……それと、お弁当の蓋についたごはん粒を残さず食べる人が好きだね。

 

キ:なんか育ちがいいって感じがしますもんね。

 

師:だけどさ、最近おじさんになっちゃったからさ、蓋のごはん粒は全部食べるんだけど、お弁当のごはんは迷わず半分残しちゃったりするんだよね。健康のためとか言い訳しちゃって。

 

キ:なんなんスかそれ!?

 

師:わからない。だけど、蓋のごはんを残すのは許せないんだよなぁ……

ただ、崎陽軒のシウマイ弁当最大の問題はアンズなんだよ! これ必要かね?

 

 

キ:最後のホッとする砦なんじゃないですか?

 

師:う〜ん。釜飯にも入っているしなぁ。

 

キ:そんなに好きじゃないんですか?

 

師:うーん……あんま好きじゃない。というか食べたことないかも。

 

キ:ただの食わず嫌いってやつですね。

 

師:(一口かじって)あっ! 今まで誰かにアンズをあげていたから、こんなに一生懸命食べたことなかったけど、すごい強烈な味だね。口の中が一気に爽やかになる!

うわ〜〜…

 

キ:なんだなんだ、急に目をキラキラさせて…

 

師:この愚か者!

 

キ:え、ええ〜! 私ですか?

 

師:この世の中にはな! 無駄だと思われているものでさえも、無駄なものなんてひとつもないんだぞ。わかったか、キッチン。

 

キ:いやいや、アンズ一個で、またブッダみたいなこと言って……

 

師に問う:
私は不動産の営業をしています。

事務所は狭く、社長含め社員10名が窮屈に仕事をしている職場なので私の隣には社長が座っています。社長は57歳、男性。この道30年、小太り、虫歯のため前歯が半分しかありません。

隣に座っているのでいちいち社長の行動が横目で見えてしまい、いろんな行動が目につくのですが、もうガマンできない社長の行動があります。

それは、電話で話をしながら自分のものを撫で上げることです。電話中、毎回です。しかも毎回、微笑んでいます。

あれは何なんでしょうか?

一度遠回しに注意をしたんですが、治りません。

男性にとってその行為はどういった意味があるんですか?

どう話をしたらやめてもらえるでしょうか?

私のプチストレスは溜まる一方です。(ホソウィー/33歳/女性)

 

師:まぁ、プチストレスは溜まるでしょうね。その受話器を自分も触るかもしれないんだからね。

 

キ:確かに。その事実を知ってたら、あまり触りたくないかも。

 

師:うーん、だから股間を撫で上げる社長の癖をやめさせたい…と。

 

キ:けっこう切実ですね。

 

師:……だけどさ、赤ちゃんの頃から男は股間に手を突っ込んでいる生き物なんですよ。

 

キ:それが普通なんですかね。

 

師:はい。

 

キ:確かに、こう股間に手を当てると落ち着きますよね…なぜか。不安なときとか、こうギュッとすると。気分がやわらぎます。

……ちなみに一之輔さんどうですか? 触るときってどんなときですか?

 

師:そ〜ね〜、寝るときとかかなぁ。でも外ではあんまり触んないよね。……あっ、床屋で散髪しているときとか新幹線で寝ているときとかは、股間に手を置いてるね。

 

キ:落ち着くってことなんですか……?

 

師:落ち着くってことなのかな。なんか蓋をしたくなるんだよ。

 

キ:また手の長さと股間の位置が…

 

師:ちょうどいいんだよ! 生き物としてうまくできてるからさ。

 

キ:自然に手を下ろすとちょうどいいところに来てしまう構造になっていますからね。……ちなみに高成さんはどうですか?

 

タ:私は股間に手をもっていく習慣はないんですが、寝てるときに胸に手を当ててるらしいんです。

 

キ:乳首を隠すみたいにして?

 

タ:はい……

 

師:手ブラ!?

 

キ:手ブラですか??

 

タ:(照れながら)……うん。

 

師:あはは、それはおかしいよ!

 

タ:たぶん子どもの頃から、そんなかっこうで寝ていたんだと思うんですが、大人になって妻に指摘されるまで気がつかなくて。

 

師:子どもの頃にバレていたら、絶対にあだ名は「手ブラ」だな。

 

タ:…………

 

師:話は戻るけど、社長は微笑んでいるんでしょ?

 

キ:みたいですね。

 

師:微笑んでいるってことは心の安寧が保たれているってことでしょ?

 

キ:ま、そうでしょうね。その気持ちもわかります。

 

師:ということはだ!

 

キ:はい…

 

師:やめさせる必要ないよ。

 

キ:えっ?

 

師:それをやめさせたことによる悲劇を想像したことはありますか?…と、この方に訊きたいね。

 

キ:逆に?

 

師:そう。社長がルーティンをなくしたことによって起こる…

 

キ:悲劇を想像してみなさいってことですか?

 

師:そう。

 

キ:どういうことでしょうか。

 

師:確かに気持ちはわかりますよ。股間をズボンの上から触って微笑んでいるんでしょ。小太りの60歳近い社長が。そりゃあ気持ち悪いよね。

 

キ:いずれ小太りの60歳になる予定の私は、なかなか素直にウンとは言えないですが、まぁ冷静に考えると普通に気持ち悪いでしょうね。

 

師:それでもいいんだよ。そのままで。

 

キ:はぁ……

 

師:社長が覚醒剤やったり酒飲みながら仕事したりしているわけではないのだから。犯罪じゃないんだから。

それよりも、社長が股間に手をやる動作をやめることによってバイオリズムが変わってだね…

 

キ:バイオリズムが!?

 

師:そう、それによって仕事の調子が出なくなって、会社が傾いていくかもしれないじゃない? それでもあなたは止めますか!…って話だよ。

 

キ:「風が吹けば桶屋が儲かる」の逆バージョン。

目の前の不愉快なことを注意したことによって最後には倒産。悲劇以外の何物でもないですね。……ひとつのことがどういうふうに影響、波及していくか…最悪の事態まで考えると急に怖くなってきます。

 

師:そうでしょう。人生の歯車はちょっとしたことで変わってしまうから。

……ところでさ、この人「一度遠回しに注意した」って書いているけど、どうやって注意したんだろうね?

「社長、痒いんですか?」とか優しく言ったのかな。

 

キ:どんなに優しく言ってみても内容はものすごいストレートですけどね。どういうふうに言ったのか知りたいですね。

 

師:キッチン、聞いてきてよ。

 

キ:なんでですか!

まぁ、まったく社長には響いてなかったみたいですけどね。……それじゃあ一之輔師匠的には、社長が股間をいじるのを注意する必要はないということですか?

 

師:この癖は性的なことではないと思うんだよ。……直接、ズボンの中に手を入れていたら別ですよ。

 

キ:それはど真ん中の変態です!

 

師:それでガサガサ高速で動いているんだったら……それはもうあなたね。

 

キ:すぐに逮捕ですよ。

 

師:でもそうじゃないんでしょ?

 

キ:そ、そうですね。

……だから師匠の答えは「社長は変わる必要なし」と。

 

師:ないね。

 

キ:な、なるほど……

でも、そうなるとホソウィーさんだけが、ストレスを溜めていってしまうようになるので、ならばホソウィーさんができる別の方法で解決できたらいいのかなと思うのですが…いかがでしょうか?

 

師:なんによるストレスなんですか、それは?

 

キ:えーと、そうですね。狭い部屋で…

 

師:触っているのを見るのが嫌ってこと?

 

キ:まぁそれだけでなく、いろいろ嫌なんだと思います。単純に上司だし、見た目も好きじゃないのかな。そういう人が同じ部屋で股間を触っていると…

 

師:ズボンですから大丈夫です!

 

キ:いやいや。

 

師:ズボンですから! 心配いりません。汚くないです。

 

キ:ズボンの上だからってことですか? まぁ、汚くはないかもしれませんが…

 

師:社長がそれをできないストレスと比べたら、あなたのストレスなんて小さいものです。

 

キ:我慢しろと?

 

師:我慢です。さっき言った最悪の悲劇を想像してごらん。

 

キ:まぁそうなんですが、プチストレスっていうのはそういうことも理解したうえで、知らず知らずのうちに心の中に溜まってしまうものなのではないでしょうか? こちらは考えたくないのに、目に入ってくるからどうしても気になってしまう。

 

師:……

 

キ:たとえば、狭い楽屋で先輩師匠が目の前で鼻毛を抜いていたらどうですか?

 

師:それは嫌でしょ! 目の前で鼻毛を抜いているのを見ているのは。

 

キ:でも先輩だから言えないじゃないですか。この方もそういう気持ちなんだと思います。

 

師:う〜ん。

 

キ:そこで、そういうストレスから逃げてしまえる方法があれば、ぜひ。

 

師:……自分も鼻毛を抜いてみたら?

 

キ:自分も、試しに?

 

師:そう。鼻毛を抜く楽しさがわかるかも。……案外気持ちのいいことなのかもしれないよ。「あーこれはやるよね!」って、納得できたりして。

 

キ:……ただ、話を戻すと、この方は女性なんです。

 

師:そこか!

 

キ:そこなんですよ。ないんですよ。

 

師:いっそのこと社長のを触っちゃう。先に、

 

キ:触ってしまう! 見るのもイヤだと思っているのに!?

 

師:社長が受話器を取って、触ろうとしたら、この方はすかさず歩み寄って、先に触る。社長は「おお〜…」ってなるから、「どうですか社長? いつもこういうことしているんですよ」ってさ、言ってみたらどう?

……「落ち着かないよ! 君にやられても」ってなるとは思うけど。

 

キ:どんな職場ですか! 下手したらこの方のほうが捕まりますよ。

 

師:10人くらいの会社なんでしょ? 小さい会社だからアットホームなんじゃないの?

 

キ:アットホームの定義をどう捉えてるんですか! アットホーム=何をやってもいい、わけじゃないですからね。

 

師:だけどさ、見ちゃうんだよね。見たくないものって、つい見ちゃうんだよね。その狭間でストレスが溜まるんだよね。

 

キ:見るのもストレスだけど、見たくないけどつい見てしまう自分にもストレスが溜まってしまう。

 

師:そうなんだよね。だったらいっそのこと

思いっきり見とけっ!!

 

キ:撫でているところを……?

 

師:そう。あと動画を撮る。

 

キ:撮っちゃう?

 

師:証拠として。いまなら携帯ですぐ録画できるでしょう?

遠回しでは気がついてもらえなかったわけだから、今度は社長に直接ストレートに言ってみたら?

「じつは社長にやめてほしいことがあるんです」って。

 

キ:社長本人に直訴するんですか?

 

師:うん。

「それが社長にとって必要不可欠なことであれば、会社のために私も我慢しますが、一度私の意見も聴いてください」と丁寧にお願いして。

 

キ:なかなか勇気のいる行動ですが。

 

師:で、「じつは社長にご説明するため動画を撮影してまして……これをご覧ください」と。

 

キ:口頭で説明するのでなく、もうそのまんま見せちゃうんですね?

 

師:そう。

それで動画を見て、「おー、なんだね。ワシはこんなことをやっていたかね〜」となったら、膝詰め突き合わせて話し合ってみるのはどう? それで株主総会で動画をみんなで見て、どっちが会社の利益になるかを株主に決めてもらうとか。

 

キ:大きなスクリーンに社長が股間に手を当ててにやけている動画を映して、株主みんなで見るんですかぁ……なんか平和ですね。

 

師:そうそう。つまらないことだけどさ、つまらないことを一生懸命みんなで話し合うとさ、連帯感みたいなのが出るじゃない。まさにアットホームだよ。

 

キ:どっちかといったら、ホームルームですけど。

 

師:……それでも社長がやめなかったら、それはもう諦めるしかないけど。

 

キ:そうですね……でも、そこまでやったら清々しいかもしれませんね。

 

師:そうだよ。社長より気持ちいいよ、きっと!

 

キ:やりきった感はありますよね。

 

師:そうね。そこまですれば不思議と気にならなくなったりするかもね。

だけどさ……

 

キ:はい…?

 

師:結局は女性にはわからないんだよ……申し訳ないんだけど……

 

 

師いわく:


 

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

お悩みを採用された方にはサイン入り特製クリアファイルをお贈りいたします