• 不惑突入の噺家・春風亭一之輔です。落語界ではまだまだ若手。写真家のキッチンミノルに「孔子いわく『四〇にして惑わず』だそうです。師匠も不惑だから人生相談をしてみませんか?」って言われて、流れで「いいよ」と応えてはみたものの……正直、相談にのって欲しいのはこっち。あまり頼られても困るので、とりあえず「話だけは聴きます」。


第10回 『将来は社長かロックンロールスターです』

 

★連載第10回記念! 【高尾山レポート】★

ゴールデンウィークのとある日。連載第2回で「今年の目標は子ども達とアクティブに高尾山!(意訳)」と宣言していた一之輔師匠が、いよいよ高尾山に登るというので、私キッチンミノルも同行。初登頂を無事に遂げ、下山後はふもとの温泉で汗を流した。思った以上にハードな登山で、おじさん二人はビールを片手に口数が少なめで……。対して次男くんはソーダフロートを飲んでご機嫌です。

 

▲予想を超える険しさに苦労する一之輔師匠。富士山を眺める余裕はあったのでしょうか?

 

キッチンミノル(以後、キ):ソーダフロート、いいね。頂上ではソフトクリームを食べていたけど、そんなに冷たいものばかりでお腹は冷えないの?

 

次男:だって約束だから。登山について行く…約束なんだよ。

 

キ:約束?

 

一之輔師匠(以後、師):……まぁそうかもしれない。

 

キ:……どうも変だと思ったんですよね。「家族が誰もついてきてくれないからキッチン、一緒に行かない?」って言ってたはずなのに、今朝、現れたときに次男くんも一緒だったから。

 

師:一人はさすがに寂しいからさ。昨日もう一度聞いたんだよ。だけど家族全員に無視されて。苦肉の策で「アイス買ってやるぞ」って言ったら、こいつが目の色変えて「行く行く!」ってさ。

 

キ:愚策ですね。まったく親としての威厳がない。……アイスにつられて登山を決意する次男くんも心配ですよ。

 

師:たしかに、なんか買ってやるって言うとすぐついてくるからな。こいつは。

 

キ:そういえば、朝っぱらからパピコも食べさせてましたよね、あれも高尾山についてきてもらうための約束の一環だったのか……

 

師:面目ない。

 

キ:まえに「子どもたちと一緒に山に登って“アクティブなお父さん”像を示したい」って言っていましたけど……家庭内での人望のなさは深刻ですね。

【編集部注】…詳細は第2回『朝礼のスピーチが苦手です』をご覧ください。……あのとき師が語っていたことをこうして振り返ると、切なくなります。

 

師:おい!

 

キ:“アクティブなお父さん”像を確立するよりも前にするべきことがある気がしますね。

 

師:うるさいよ。

 

キ:次男くん、そういえば山で拾った汚い靴下って持って帰って来たの? 自分の靴下だって言い張ってたけど。

 

次男:うん。パパの帽子と同じ柄の靴下でしょ?

 

 

キ:そうそう。山に落ちてたんだよね、あれ?

 

師:こんな柄の靴下、持ってたか?

 

次男:持ってたよ!

 

師:だけど、なんでお前の靴下が片方だけ、高尾山に落ちているんだよ?

 

次男:知らないよ! 落ちていたんだから。

 

師:きたねぇから捨ててこいよ! そんなの持って帰ったら、お母さんに怒られるぞ!

 

次男:いや、喜ばれるね。だって、なくしたはずの片方の靴下があったんだから。

お父さんの帽子の柄と同じ靴下だし、間違いないよ。

 

師:…………

 

後日談:

家に帰って、次男くんがリュックから取り出した片方の靴下を見て、おかみさんの顔色が変わった。次男くんが拾ってきた靴下のもう片方が、本当に家にあったのだ。一之輔家は歓喜そして困惑に包まれたそうだ。なぜ高尾山に次男くんの靴下が、しかも片方だけ落ちていたのか……? 高尾山は天狗が棲む山といわれ、多くの天狗伝説が残っているが、なにか関係はあるのだろうか? その驚愕の真相は……運がよければ師匠の高座で聴くことができます。

 

 

師に問う:

ロックンロールスターになりたいと仕事を辞め二年目になります。現在は家業を手伝いつつバンド活動をしています。

今年の年始に一之輔師匠の特番をみて落語に打ちのめされました。

初めてロックを聴いた時と同じ衝撃を受けました。

そんな衝撃を与えてくださった師匠も下積み時代、落語を諦めて安定した職に就こうと考えたことがありましたか?

このまま行けば社長です。社長かロックンロールスター。ロックンロールスターになりたいです。 (グットマン/男性/24歳/東京都)

 

師:……わかんないけど。なりたきゃなればいいじゃん。なりたいんでしょ?

 

キ:そうですね。……バッサリですね。

 

師:でも夢があるならいいじゃん。それで質問ってなんなの?

 

キ:「落語を辞めて安定した職につこうとしたことはありますか?」って…

 

師:ないよ!

 

キ:まったく?

 

師:ない。

「安定した職」ったって、今ないでしょ。そんな仕事は。

 

キ:(……質問と答え、もう終わっちゃった……)

「このままいけば社長です」って書かれてありますが、この方の家業は安定した会社なんですかね。

 

師:そこまで書かれていないから想像でしか判断できないけど、家業といっても安定なんかないからね。このご時世。

 

キ:世の中どうなるかわからない。

 

師:社長になったら会社の責任を一心に背負わなければならないし、あなたがダメにしちゃう場合もあるんだから。油断しちゃダメだよ。

……この方、24歳でロックンロールスターになりたいということだけど、誰を目指しているだろうね。漠然としてんなぁ。

 

キ:誰でしょう? 師匠の子どもの頃、野田ではロックンロールスターって誰が流行っていたんですか?

 

師:野田で…?

バカ! 一緒だよっ!! 東京と。

 

キ:失礼しました……ミスチルとか?

【編集部注】ミスチル…Mr.Childrenのメジャーデビューは1992年。初のオリコン1位『innocent world』は1994年の作品でした。師が高校生の頃です。

 

師:まぁ、ミスチルも流行っていたかな。

 

キ:だけどこの方は、「ロック」じゃなくて、「ロックンロール」ですからね。“ロール”がつくといえば?

 

師:♪ウエンワキ腹あんごーが〜…

 

キ:プ、プレスリー? 「Hound Dog」?? 似てないし、いいかげんすぎる!

 

師:エヘヘ。

 

キ:いやいや照れられても。……だけど確かに「ロックンロールスター」っていうとプレスリーですよね。なんたってキング・オブ・ロックンロールですから。他に誰か思いつきますか?

 

師:……

 

キ:どうでしょうか?

 

師:んあ〜

 

キ:ちょっと! 気の無い返事だなと思ったら、人が尋ねているのに爪楊枝で耳をほじりながらとはなんですか! その態度はっ!!

 

師:爪楊枝の頭で耳かくと気持ちいいんだよ。

 

キ:集中してください!

 

師:……昔さ、「宮根すすむと日本の社長」ってバンドがあったけどさ。

 

編集の高成さん(以後、タ):宮“尾”ですね……イカ天の。

【編集部注】イカ天…TBSの深夜番組「平成名物TV いかすバンド天国」。放映時期は1989年2月~1990年12月。師が小6~中1の時期です。

 

師:だからそれになればいいんじゃないの? バンドと社長の両方だよ。

 

タ:「宮尾すすむと日本の社長」はあくまでバンド名で、学生バンドなので実際には社長ではないですが、大学卒業後はそれぞれ就職されて、現在も働きながらバンドを続けているそうです。

 

師:社長じゃないんだ。でも二足のわらじで正解。

 

キ:社長といえば、クレイジーケンバンドの横山剣さんは社長じゃなかったでしたっけ?

 

タ:自社レーベル「ダブルジョイレコーズ」の、肩書きは「代表取締役歌手」だとか。

 

師:まさに、バンドと社長の両方だね。

 

タ:自分のアルバムをつくるために立ち上げた会社だそうです。また、「音楽で稼げないなら、自分が自分のスポンサーになればいい」って考えて、昼間は会社勤めして給料を得て、それを元手に音楽を続けてきたのも有名な話です。それで40歳くらいでブレイクしたという……

【編集部注】…このあたりの経緯は、横山剣さんの自叙伝『クレイジーケンズ  マイ・スタンダード』に詳しく書かれています。発行元は小学館。イ――ネッ!!

 

師:この方は24歳でしょ……若いねぇ。今のこのくらいの年齢って、一世代前の17~18歳くらいの精神年齢だよね。

 

タ:年齢については、「今は昔の八掛け」って言いますからね。

 

キ:師匠が24歳くらいの頃は……

 

師:前座1~2年目くらいかな。楽しかったよ。

 

キ:安定はしてないですよね?

 

師:安定を求めていたら落語家になんかなってないんじゃないの? ハナっから。今だって安定はしてないし。

 

キ:グットマンさんの場合、二者択一しないといけないんですかね?

 

師:う〜ん。この質問文からは「二つも選べるんです、僕」っていう優越感を感じるから……なんかイライラするんだよ。

 

タ:キツく言ってやってください。こういう若造には!

 

キ:今日は高成さんグイグイきますね。

……高成さんは仕事において諦めたことあるんですか? 編集者になりたくてなったんですよね?

 

タ:なりたくてなったんですが……編集者やりながら、スキルを磨いてコネを築いて、いずれはフリーのライターになりたかったんです。コラムニストみたいな。あの頃ってそういう方がいっぱいいたんですよ。

 

師:へー、渡辺祐的な?

 

タ:はい。泉麻人さんとか綱島理友さんとか。

 

キ:そういうのになりたかったんですね。

 

タ:だけど……安定とっちゃった…

 

師:あはは、それ安定の方がいいかも。

 

タ:横山剣さんもパール兄弟もそうですけど…

 

師:パール兄弟って、ボーカル誰でしたっけ? 医者の…

 

タ:サエキけんぞうさん。歯科医師ですね。宮尾すすむと日本の社長もそうだけど、みな自分のお金を自分で稼いでバンド活動しているんですよね。この方はどうもそこが違うような……

【編集部注】パール兄弟…’80年代後半~’90年代前半に活躍したロックユニット。 …なのですが、音楽と歯科医の両立を例示するなら30年もさかのぼらずにGReeeeNでもよかったことにいま気づきました。

 

キ:というと?

 

タ:「人生ゲーム」でいうと…

 

キ:人生ゲーム??

【編集部注】「人生ゲーム」…タカラトミーが発売する国民的ボードゲーム。が、もともとはアメリカ生まれ。今年は日本発売50周年の記念イヤーだそうです。

 

タ:この人の場合は、夢のロックンロールスターが、自身が目指す成功のゴールなんですよね?

 

キ:そうでしょうね。

 

タ:で、その夢に敗れたときの転落ゴールが「安定した家業の社長」って、どうしてもねぇ……

 

キ:高成さん的には許せない…と?

 

タ:だって、全然ロックじゃないじゃん!

 

キ:まぁそうだけど……今日の高成さん、めんどくさいなぁ。(自分こそ安定を選んだくせに……) 

 

キ:師匠も、もし落語家になれなかったら転落ゴール行きでしたもんね、家業なんてないですし。

 

師:そうね。いまからでも行くかもよ。

 

キ:ご実家ももともと貧乏で…

 

師:失敬な! ……中の下か、下の上ってところかな。子どもが4人いて、マイカーは中古のカローラで、お袋も内職していたけど。

 

キ:すいません。

 

師:人生を選べる優越感に浸るくらいなら、彼は両方の頂点を目指すべきでしょ。それがいちばんロックでしょうが!

 

キ:優越感に浸っているかどうかは解釈の違いですが、ふたつの選択肢が目の前にあるからって、どちらか一方に決めるのじゃなく…

 

師:両方やる!

 

キ:自分の会社の売り上げもアップさせて…

 

師:ガ〜ンとね!

 

キ:ロックンロールスターとしての名声も…

 

師:得る! どうせ両方やるならさ。

 

キ:確かにそれが最も苦しい道のりでしょうけどね、両方を本気でやるっていうのは。

 

師:社長になる選択を、保険のつもりで残すくらいなら辞めちゃってほしいね。

それじゃないとかっこよくないし、家業のおかげでロックを続けるなんて、それはプロじゃないよ。単に道楽だよ。

 

キ:どっちもプロとして自覚を持って、それぞれ単体で成り立たせないと…

 

師:かっこわるい。

つまり、ベストは 両肩にチャンピオンベルト なわけ。言ってみれば二階級制覇だよ!

 

キ:に、二階級制覇!? …ですか……?

 

師:両方とも世界一。かっこいいのは二つともやることだよ。いまは三階級、四階級制覇を目指すチャンピオンだっているんだから。

 

キ:そうですね。……ただボクシングの場合は、やっていることは同じですけどね。体重の違いなだけで…この方の場合は「二階級」というよりは「二分野」なのであって、厳密に言うと…

 

師:おい! 揚げ足をとるんじゃないの、キッチン!!

わかってますよ、オレだって。例えだから、あくまでも。

 

キ:す、すみません。

つまり、二つの道があっても二者択一で選ぶのではなく、両方とも頂点に立ってしまえってことですね。

 

師:そう。あなたはそれができる立場にいる。世の中にその立場にいる人ってそうそういるもんじゃないんだから。

……ときには、その二つが融合してもいいじゃない。

 

キ:融合? …といいますと?

 

師:ロックンロール煎餅とか、ツイスト饅頭だとか。エレキ最中もいいじゃない。

 

キ:和菓子屋さん!?

なんか家業のイメージが片寄っているなぁ……

 

師:知らないよ! なに屋なんだよ! こいつは。

 

キ:逆ギレやめてください。

 

師:なんでもいいけどさ、家業とロックとを繋げてもらえたら嬉しいんじゃないの、お父さん的にも。質問のなかで優越感をちらつかせるくらいならさ、両方を本気で取り組みなよ。

 

キ:なるほどなぁ。

 

師:本当に本気なら、決めてるはずだからね。すでに。ロックだけやりたいんだったら、こんな質問ありえないから。

 

キ:そうですよね。一本に決めていたらそのまま進むだけですからね。

 

師:本気なら、退路を断ってロックをやっているはずなんで。安定が大事ならロックは趣味でやればいい。そんなことを質問してくるヤツには「両方やれ!!」と言いたい。

 

キ:両方の頂点を本気で目指せ! …と。

 

師:そう。片方の肩にはロックンロールスター。もう片方の肩には和菓子屋の御曹司という。

 

キ:だからなんで和菓子!? しかも御曹司のままじゃダメでしょ! みずからさらに切り拓いていかなくちゃ!!

 

師:なんかオレのイメージだとそうなんだよね。和菓子屋の御曹司。

 

キ:……高成さん、納得していただけましたでしょうか?

 

タ:う〜ん、夢が破れたから社長っていうのがなぁ……

 

キ:まだ、そこに引っかかってるんですか……めんどくさいなぁ。

 

タ:「ロックンロール」とか「スター」っていう言葉選びも古いですよね……

 

師:そんなヤツはなにやっても成功しないと?

 

タ:そこまでは言わないですが、でもなぁ……

 

キ:たいていの親や親戚のおじさんっていうのは、こういう厄介な反応するよなぁ。そこを説得するのって、いちばん難しいし、めんどくさいっスよね。ときにはもっと辛辣なことを言ってくるから。

 

師:だけど、そこを説得しないと始まらないのも事実だから。

 

 

師いわく:


 

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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