• 不惑突入の噺家・春風亭一之輔です。落語界ではまだまだ若手。写真家のキッチンミノルに「孔子いわく『四〇にして惑わず』だそうです。師匠も不惑だから人生相談をしてみませんか?」って言われて、流れで「いいよ」と応えてはみたものの……正直、相談にのって欲しいのはこっち。あまり頼られても困るので、とりあえず「話だけは聴きます」。


第11回 『ムスメが口に含んだものを私めがけて……!』

 

梅雨寒の小雨そぼ降る神保町の夜……。高座帰りの一之輔師匠を捕まえて、ラストオーダー寸前にいつもの居酒屋へ滑りこむ。梅雨が明ければいよいよ夏本番。ゴールデンウィークに高尾山登頂を果たした師匠に、次の目標を改めて尋ねてみた。

 

一之輔師匠(以後、師):とりあえずビールを。

 

キッチンミノル(以後、キ)あっ、私はハイボールでお願いします。

 

店員:ハイボールは3種類ありますが、どちらにしましょうか?

 

師:いちばん安いのでお願いします。

 

キ:ちょっと! 選ばせてくださいよ。

 

師:ハイボールは安い酒のほうがうまいんだよ。

 

編集の高成さん(以後、タ):じゃあこちらの方に、いちばん安いハイボールを。

 

キ:おーいッ!

 

師:……そういえば、高尾山に登ったときの歩数計の数が18000歩になってたぞ。

 

キ:そりゃあ疲れるわけだ。だけど良い時期でしたね……山に登って、温泉に入って、ビール飲んで。

 

師:気持ちよかったね、行ってよかったよ。

……キッチンは高尾山に登った後、どうした?

 

キ:家に帰って爆睡でした。一之輔さんはどうでしたか?

 

師:夜に寄席があったけど、それまでぐったりしていたよ。……でも次男はさ、あのあと学校で遊ぶんだと言ってさ、走って出かけてったよ。元気良すぎ。びっくりだよ。

 

キ: 本当に行ったんですか!? 登山の最中も「今日は校庭開放日だから、帰ったら遊びにいってもいい?」って尋ねてましたけど。おじさん二人ヒーヒー言ってんのに、一人でピョンピョン走りまわってましたもんね。

 

師:信じられないよ。

 

キ:……とはいえ、これでもう「高尾山に登る」という今年の目標は達成しちゃいましたね。次の目標は定めてあるんですか?

 

師:う〜ん……サーフィンかな。

 

キ:え~~ッ! 山はもう終わりですか!?

 

師:うん。

 

キ:しかも今度はサーフィンって……やったことはあるんですか?

 

師:ない。それ以前に泳げない。海で泳いだことがない。子どもの頃から、海では泳ぐんじゃなく浮くもんだと思ってきたから。

 

キ:千葉なら海に近いのに。

 

師:野田は海から近くないよ! 千葉を知らない連中は、千葉県全域が海に近いと思ってるんだよな。千葉を理解していない人が日本中に多すぎて、オレは辟易している。

 

キ:千葉県民は「海の民」ってイメージですけどね。昔は房総半島全体が島だったそうですし。

 

師:「昔は~」って、いつの話だよ!? それって縄文時代の話でしょ。

……千葉はね、オーストラリアぐらい広いから! オレの中では。

 

キ:はぁ。

 

師:さっきの話はさ。シドニーの人に「小学校の遠足はやっぱりエアーズ・ロックでしたか?」って訊いているようなもんだよ。

 

キ:……

 

師:「行ったことねぇよバカヤロー!」って言われるだろ。

【編集部注】…シドニー中心部からウルル(エアーズ・ロック)までは直線距離で約2160km。ちなみに東京~北京間が約2100km。Googleマップのルート検索によると、自動車では約30時間かかるそうです。

 

キ:まぁ。

 

師:それくらい広いんだよ、千葉って。海側と内陸とでは気質も違うし。

 

キ:じゃあ海には…

 

師:旅行で行くんだよ、オレら内陸の人間は。日帰りじゃなくて一泊して。……民宿だったなぁ、子どもの頃は。ボロボロの民宿でね。

 

▲家族旅行で海に出かけた、我らが師の少年時代。(写真提供:川上家)

 

キ:外房ですか?

 

師:鴨川。だいたい毎年行ってた。シーワールドに行ったり。それと仁右衛門島。

 

キ:泳げないくせに?

 

師:沖まで行かないから。その辺でパシャパシャするだけだから。

 

キ:私は海で泳ぐ楽しさがイマイチよくわからないんですけど。海水を飲んだらしょっぱいし、ヒリヒリするし、

 

師:乾いたらベトベトするし、砂がつくしな。そう言われると、オレもそんなに好きじゃないかも。

 

キ:そうなんですよ。よく考えると自然の中で泳ぐのが目的なら、川のほうが断然気持ちいいと思うんです。 

 

師:……おい! 千葉をバカにすんなよ。

 

キ:いやいや、千葉をバカにしてないです。だって千葉にも良い川はあるでしょ! 養老渓谷とか。

……海そのものについての考察です。被害妄想ですよ。

 

師:考察? う〜ん。

 

キ:急に千葉県民代表みたいな顔されても……海から遠いくせに。

 

師:うるさいよ。

 

キ:それじゃあ、今年の後半の目標は「海でサーフィン」ということで。

 

師:……いや、やっぱり筑波山にしておこう。久しぶりに登ってみたいし。

 

キ:ブレるなぁ。……では、高尾山に登ったことで、次回の筑波登山に活かせる教訓みたいなものってありましたか?

 

師:もっと大きな声で挨拶しておけばよかったなって思った。

 

キ:挨拶ですか?

 

師:そう。新鮮だったんだよ……すれ違う人と挨拶するの。あれは気持ちよかった。

 

キ:なるほど。そういうもんですかね。

それでは今年後半の目標は、「筑波山に登って、大きな声で挨拶をする」で決まりですね。

 

師:まあ、そういうことになるかな。

 

キ:小学生の目標みたいですけどね。

 

師:…………

 

 

師に問う:
7か月児の育児をしています。ムスメが離乳食を完食しません。あろうことか、私めがけて口に含んだものを噴きとばします。なんだろうこの仕打ち……。心が折れそう。
師匠とキッチンさんの本『春風亭一之輔の、いちのいちのいち』で、師匠が娘さんに上手にご飯を食べさせているお写真を拝見しました。子育ての先輩として、なにかアドバイスをお願いいたします。(テンパり母ちゃん/40歳/女性)

 

 

師:……ハンドルネームに切実さが出ているなぁ。生後7ヶ月かぁ、大変だよね。40歳ってことはやっとできたお子さんなのかな。まずは、無事の出産おめでとうございます。

 

キ:確かに『~いちのいちのいち』で、師匠が娘さんにご飯を食べさせている写真ありましたね。

 

師:あのときはもう幼稚園の年長だったから、自分で食べていないとダメな時期だけどね。

 

キ:娘さんが7ヶ月くらいの頃って、師匠はまだ二つ目ですよね?

 

師:そう。メシ食わせたりしてた。もちろん、ブ〜!って噴きとばされたりもした。それをゴックンして食べられたら「えらいね」って感じだったなぁ。

……毎日ちょっとずつ成長して、ひとつひとつのことがレベルアップしていく。あとになって振り返ってみれば、本当にいい時期なんだよね。

 

キ:当時はそんなふうには思わなかったですか?

 

師:子育ての最中は必死だからね。

 

キ:では悩んだりしたことは?

 

師:オレは悩まないけど、かみさんは悩んでいたと思う。完璧にやろうと思うほうだから。かみさんも長男のときは相当テンパってたんじゃないかな。最初の子っていうのは特にガチガチになるから。

……だけどさ。完璧にやろうとしても、「こりゃもうダメだぁ〜」と思う状況になったら、本当にダメなんだから、いくらあがいても。

 

キ:あきらめちゃうんですか?

 

師:あきらめるっていっても、手放しで放棄しちゃうんじゃなくて、「できないもんはできないんだからしょうがないよね」って、思ってしまうというか。

 

キ:師匠は根がノーテンキだからなぁ、うらやましいですよ。

 

師:オイ!

 

キ:そういう考え方って、どこからくるんでしょうか?

師匠自身の修業時代と子育て時期とが、偶然重なったということが大きく影響しているとか?

家では父親として育児をしつつ、仕事では一之輔師匠のほうが一朝師匠の子どもみたいな存在で、一朝師匠が自分を育ててくれている……「そのやり方を見て自分の子育てに反映させた」みたいなことってありますか?

 

師:……う〜ん。ないね。

 

キ:あ、ないですか…

 

師:育てられている最中の人は、「あ、いまオレ育てられてんなぁ!」なんて考えないじゃん。修行時代は、目の前のことをこなすだけで精一杯だったから。師匠はいまオレを育ててくれてんだな…って意識はなかったなぁ。

 

キ:確かに、自分の場合もそうですね。僕もたくさんの先輩方からの叱咤激励のおかげで、今はなんとか写真で食べていけていますけど、あの頃どんな気持ちで先輩方がいろんなことを教えてくれたのかは、今やっとわかるようになってきたと思います。

 

師:だから、子どもも同じでしょ。「親は勝手なことを言いやがって!」とか思うわけでしょ。ましてや7ヶ月の赤ちゃんだったら、なにもわかってないよね。

 

キ:そうでしょうね。

 

師:この時期は、無理に完食しなくたっていいんだよ。

 

キ:そうなんですか。

 

師:赤ちゃんが食べないときは、おなかがいっぱいだから食べないだけでさ、おなか空いたら食べるんだから。

……それが2歳くらいになると、食べられるくせに食べなくなる時期が来るんだよ。

 

キ:いわゆる「イヤイヤ期」というやつですか?

 

師:そう。好きなものしか食べなくなったりするから、そのときには「完食しなくちゃダメだよ」って教えないといけないけど。

【編集部注】…あくまで一之輔師匠個人の見解です。また乳幼児の成長には個人差があります。……お子さまの成長を温かく見守りましょう!

 

キ:さすが子育てしている人は、実感がこもっていますね。

 

タ:世界中の全てのパパママが、最初はみんな初心者なんですから、ひとりで悩まずに、各自治体の相談窓口や、「ママさん110番」みたいな無料電話相談室を利用されることをお勧めします。

【編集部注】「ママさん110番」…社会福祉法人日本保育協会が運営する育児相談のホットライン。TEL:03-3486-4416(月曜から金曜の10:00〜16:00)

 

師:質問に「私めがけて口に含んだものを噴きとばします」ってあるけど、そんなことはないと思うよ。噴いた方向に偶然あなたがいただけ。7ヶ月くらいの子どもには、“あなためがけて”なんて意志はないから。

 

キ:たまたまお母さんがそこにいただけか。そうかもしれないですね。

 

師:だから、今度は測ってみたらいいんだよ。

 

キ:……え? なにを?

 

師:ピュ〜ッと飛んだ距離を。

ブ〜ッときそうだなと思ったら、すかさずよけてさ。「今日はここまで飛びましたよん! 旦那〜っ!!」みたいな感じで。

 

キ:誰ですか?

 

師:幇間(たいこもち)だよ。

 

キ:たいこもち!?

 

師:そう! 赤ちゃんはお客。あなたは幇間。 

 

キ:はぁ……

 

師:ごはんをあげるときもさ、

「ヨッ! ヨ〜! どうですか旦那、こちらは? 旦那がお好きなんじゃないかと思いましてね! こさえてまいりやしたヨ」なんてね。

 

キ:へりくだるなぁ〜。

 

師:そうそう。思いっきり自分の赤ちゃんにへりくだってみてさ。赤ちゃんがモグモグしてペッて吐き出したらさ。

「おや、お口に合いませんでしたか。こいつはどうも失礼しやした〜」って。

 

キ:軽いなぁ〜。

 

師:「旦那、それじゃごはんをやめて、これからお風呂に入りやすか?」

「お風呂は今は嫌でござんすか? それじゃあ体を洗うだけにしやしょうか」

「いやー、いつ見ても惚れ惚れするお肌でやんすね。艶といい張りといい、さぞかしおモテになるんでございやしょ? うらやましい、吸いつきたい!」

……なんて言ってさ。

 

キ:そんなことやっているお母さん、おもしろいです!

 

師:ヨォ、ヨォ!   

 

キ:だけど……そういうのって、自分に余裕がないとできなくないですか?

 

師:いやいや、逆だよ。

……この方はさ、文面から察するに、いっぱいいっぱいな状況でしょ。

 

キ:そうですね。「心が折れそう」とまで書いていますから。

 

師:色々やってみたけどうまくいかない。周りに助けてくれるような人も少ないのかな。もう何も打つ手がない。

 

キ:はい。

 

師:だから最後の手段なんだよ、幇間になることは。これが最後と思って、思いっきりへりくだっちゃう。親が子どもにへりくだることなんてないでしょ?

一生懸命やる必要はないよ。あくまでもシャレでね。誰も見てないんだから。ヨォ、ヨォ! なんて言っちゃって。

 

キ:軽いノリで?

 

師:そうそう。自分の娘に追い詰められすぎて、娘の幇間になっちゃって。……幇間をやってるお母さん自身も楽しくなってきちゃうよ。「あたしもついにここまできたかぁ〜!!」ってさ。

……ずっとやり続けなさいってことじゃなくて、ちょっとだけでいいの。

 

キ:それで赤ちゃんが笑ってくれたりしたら…

 

師:「おっ、旦那! いまのお気に召されやしたか? あたくしにとってはあなた様の 笑顔がいちばんのご祝儀 でございますョ」

……なんて言ってみたりして。

 

キ:なるほど。赤ちゃんが笑ってくれるのを見られたら、お母さんも嬉しいわけですからね。こんなご祝儀はないですよ。

 

師:そしたら、赤ちゃんも察するね。“この人、今日はなんだかいつもと違うぞ…”って。

 

キ:いつもはイライラしながら自分にごはんを与えているお母さんが…

 

師:急に幇間になるわけだから。イヨ〜ッ!

 

キ:おっ、調子が出てきましたね!

 

師:「ヨッ! 赤ちゃん!」ってさ、赤ちゃんを客だと思って。

 

キ:生後7ヶ月だと、まだ喋らないですからね。

 

師:そうだよ。

喋らない客の気持ちにどう寄り添うか。これができたら立派な幇間ですよ。

ねぇ、旦那! イヨ〜ッ!!

 

キ:いやいや、そんなこと言いながら右手を出されても。

なぜか無意識に財布を開こうとしちゃったよ…私はあなたの旦那じゃないっ! プロの腕で私を盛り上げるのはやめてください!

 

師:相変わらず堅物だね〜、キッチンは。

出しちゃえばいいんだよ、勢いで。そんなんじゃ、いつまでたってもいい旦那になれねぇぞ!

 

キ:そうかぁ、そうですよね。じゃあこれで旨いもんでも…ってなるかいッ!

 

師:……だけどさ、そうはいっても急に赤ん坊相手にふざけるなんてなかなかできないのも実情だよね。親は親で子育てに一生懸命だから。

 

キ:初めての育児だと気持ちに余裕がないでしょうし。 

 

師:だからせめて家にいるときは、気楽な落語でも流してさ、肩の力を抜いて欲しいね。映像はなしで、音だけ流して。

……早い段階から親以外の人の声を聞いている子どもって、自然に社交性が出るんじゃないかって思うんだよね。

 

キ:その裏付けは?

 

師:まったくない。けど、落語なんてまさにベスト・チョイスだよ。

 

キ:それじゃあ、乳幼児を育てるのに優れた効果を期待できるオススメの落語家さんって誰かいますか?

 

師:オレだね。オレの落語!!

 

キ:あ、圧がすごい。なんだ急に? ……それじゃ師匠としては、こんな演目を聞いたらいいよみたいなオススメありますか?

 

師:オレの落語すべて。

 

キ:オレオレうるさいなぁ……すべてですか。そしたらYouTubeかなんかで適当に探せばいいですかね?

 

師:ダメです! ちゃんとCDを買いなさい。

……買ったCDを聴かせるほうが、子どもの情操教育に効果があると思う。

 

キ:その裏付けは?

 

師:まったくない。……けど、そこは気を遣えよ!

 

 

 

師いわく:


 

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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