• 不惑突入の噺家・春風亭一之輔です。落語界ではまだまだ若手。写真家のキッチンミノルに「孔子いわく『四〇にして惑わず』だそうです。師匠も不惑だから人生相談をしてみませんか?」って言われて、流れで「いいよ」と応えてはみたものの……正直、相談にのって欲しいのはこっち。あまり頼られても困るので、とりあえず「話だけは聴きます」。


第15回 『友だちと何を話せばいいかわかりません』

 

記録的な早さで梅雨明けした今年の東京。7月になったばかりなのにエンジン全開の暑さが襲いかかる。ここ浅草の居酒屋では、夏の暑さから脱したかと思いきや、室内のエアコンが我々を苦しめていた。

 

一之輔師匠(以後、師):……また寒くなった。さっきまで暑かったんだけどなぁ。

 

キッチンミノル(以後、キ)入店したときはキンキンに冷えすぎていて、室温を上げてもらったらやっぱり暑くて。

 

師:それで、もうちょっとエアコンを効かせてほしいと頼んだら、やっぱり寒いんだよなぁ……なかなかちょうどよくならないもんだね。

 

 

 

キ:そういえばジャージなんて珍しいですね。誰かにもらったんですか?

 

師:違うよ。買ったんだよ。

 

キ:高校生のころに?

 

師:なんでだよ! この前買ったばかりだよ。

 

キ:だってパッツンパッツンじゃないですか。

 

 

師:うるせぇなぁ。買って着てみたら思ったより小さかったんだよ。

 

キ:そんなことありますか!?

 

師:その辺のお店でテキトーに買ったんだもの。上っ張りが欲しいなと思って。

 

キ:試着もしないで? テキトーすぎるでしょ!

 

師:でもこれ、テニスのやつだよ。有名なやつ。

 

キ:あれ? テニスってお好きでしたっけ?

 

師:今そこは重要なポイントじゃないだろ!

 

キ:そ、そうですよね……かっこいいですよね。

 

師:…………  

 

師に問う:
3年前に結婚し、夫と二人暮しの会社員です。結婚をしてから、友だちからの誘いをほとんど断るようになってしまいました。友だちに会いたくないわけではないのですが、会う前から「何を話せばいいのだ?」「何か面白い話をして場を盛り上げなければ!」と変にプレッシャーを感じてしまい、緊張のあまり結局ドタキャンしてしまいます。以前はそんな面倒なことは考えずに、ただ友だちとどうでもいいことを話して笑うだけで十分楽しかったはずなのですが……どうすれば緊張せずにまた友だちと会えるようになるでしょうか。 (サバ/32歳/女性/東京都)

 

 

師:何を話せばいいのかわからないようなのは友だちじゃねぇ。それだけ。はい、終わり。

 

キ:いやいや。もう少し歩み寄っていただかないと。

……このサバさんは、結婚する前は普通にお友だちと話ができていたみたいなんです。結婚して3年、友だちと会う機会が減ってしまって話し方を忘れてしまったんですかね。

 

師:その前にさ、ドタキャンはダメだよ。それだったら、会ってつまらないほうがマシ。

 

キ:相手の方は、会うのを楽しみにしているわけですからね。

 

師:そう。普通はドタキャンする重圧を思えば、会っちゃったほうが楽だけどなぁ。

 

キ:でも、「何を話せば?」「面白い話をして場を盛り上げなければ!」と思いすぎて、この方は相当プレッシャーに感じているみたいなんです。

 

師:う〜ん。なんでこの人がその場を盛り上げなければいけないわけ?

 

キ:もともとムードメーカー的存在の方だったんでしょうかね?

 

師:そうかもしれないけど……年齢を重ねれば当然、話す内容も変わってくるわけでしょ。

 

キ:はい。

 

師:だからこの友だちに関しては、そろそろ切り捨てる時期なのかもね。

 

キ:ええーッ! 切り捨てる!?

 

師:切り捨てるは言い過ぎだけど、自分の環境が変わって3年経って、ドタキャンしてもいいような友だちってことは、自分にとってはその友だちがそんなに大事じゃなくなってしまった…ということでしょ。

 

キ:そ、そうですかね。

 

師:その友だちとは、今は会う必要がないんだよ。

なんとなくの付き合いでいいんじゃないの? 年1回の年賀状のやり取りぐらいでさ。

 

キ:あえて少し距離を置いてみる……?

 

師:だって本当の友だちだったらさ、話すことなんかなくっても、会っているだけで楽しくなっちゃうものなんだから。

 

キ:ちゃんと生きてんのか!…ってことを確認するぐらいでも楽しいですよね。

 

師:そうそう。オレなんか高校時代の友だちの高木くんと会うときなんか、全然話すことなんてないからね。

 

キ:師匠が春日部高校生時代に、休部状態だった落研を一緒に復活させた“高木くん”ですよね。

 

師:そう。その高木くんとは、今では生活している環境は全然違うし、オレも向こうも相手の仕事のことには興味ないしさ。

 

キ:それでも会うんですね。

 

師:うん。2年に一回くらいのペースで飲むかな。

 

キ:そのときの話題って、なんなんですか?

 

師:「食い方がきたねぇな、お前は」とかさ、「食べるときにクチャクチャ音をさせるな」とかさ、互いに言い合って。

 

キ:そのテーブルには近づきたくないなぁ……それって話題じゃなくて文句でしょ!

 

師:まぁ普通に近況報告とかもするよ。カミさんはどうだとか子どもは元気かとか。別に面白い話はしないけど、それなりに楽しいよ。

……最後は「久しぶりに会えて良かったね。またね~」って感じで別れてさ。

 

キ:その“またね~”が…

 

師:2年後なんだけど。でもそれが友だちなんじゃないのかな。

……会うのにプレッシャーがかかるってことは、友だち圏外なんだと思う。この友だちはFIFA 61位みたいなもんだよ。

 

キ:ん? 世界サッカーのなかの日本みたいな立ち位置ってことですか?

 

師:次戦のベルギーは世界3位なんでしょ。61位が3位に勝てるわけがないんだよ。言わしてもらえれば。図々しいよ。

 

キ:えーと…なぜ急にサッカーのことを? 師匠はサッカーお好きでしたっけ?

 

師:あまり興味はない。

全然期待をしていなかった日本代表が初戦に勝ってから、世の中は急に盛り上がっているでしょ?

 

キ:はぁ。

 

師:今度も同じTシャツを着た人たちが、深夜の渋谷で盛り上がるわけでしょきっと。

 

キ:そうですね。楽しみにしている人は多いと思います。

 

師:でも相手のベルギーは世界3位。こちらは61位。

「勝てるかも!!」って浮かれて盛り上がるんじゃなくて、「今日は胸をお借りさせていただきます」って気持ちでしょ。本当なら。

 

キ:……

 

師:61位が3位に勝ってやろうなんていうのは、噺家の世界で喩えるなら、このあいだ入った前座が小三治師匠に勝つみたいなもんでしょ。

 

キ:ん? 噺家の世界?

 

師:前座が「小三治食ってやるぞ〜!」って鼻息荒くして。親戚を総動員して客席埋めて「小三治食え〜!」って応援されているようなもんでしょ。

 

キ:わかるようなわからないような。一瞬納得しかけたけど、落語とサッカーはまったく違うと思いますが…

 

師:ありえないよ。

【編集部注】…その後の、日本対ベルギー戦の結果はご存じのとおり、日本は善戦して世界3位のベルギーを苦しめました。サッカーファンの皆様、申し訳ございません!

 

キ:……えーと、だいぶ話がとっちらかっちゃいましたが、つまりこの方とお友だちは、今は世界が違うということでしょうか。

 

師:酷な言い方だけどね。

まだ結婚して3年なんだから、旦那さんとの時間を大事にしていいと思う。旦那さんとサバさんはアチチだから。きっと。

……そのうち旦那のことを飽きるときもくるから、そうしたらまた友達と会えばいいんじゃないの。

 

キ:なるほど。 

 

師:学校や上司の愚痴を言い合っていたみたいに、今度は旦那の愚痴を言い合ってさ。

 

キ:いまは無理して会う必要なし…と。

 

師:この方は32歳でしょ。30代後半になったら、きっと楽になるよ。

 

キ:確かに32歳って微妙な年齢ですよね。自分の引き出しの数や中身を増やす時期というか。

 

師:引き出しをひっくり返す時期ではないからね。

……だけどこの人が、「ここに出てくる友だちはすごく大切な友だちなんです!」っていうならさ、「なんとかプレッシャーを乗り越えて会いたいんです!」ってことならだな。

 

キ:は、はい。

 

師:腕に友だちの名前を、タトゥー入れちゃえばいいんだよ。

 

キ:タトゥー?

 

師:そう。あと似顔絵。

 

キ:好きな友だちの表情を名前入りで!?

 

師:やくみつるさんぽい似顔絵で。

 

キ:あー、それならいいかも。…ってならないでしょ!!

 

師:あなたのことが好きだからタトゥー入れたんだよ…って見せたら、話が盛り上がるかもしれないよ。

 

キ:いやいや……重っ!

 

師:わからないよ。そこから話が二転三転するかもしれないじゃない。

 

キ:だけど、友だちに会うのにそこまでしないといけないんですかねぇ……

 

師:そう。そこなんだよ!

 

キ:そこ!?

 

師:今の世の中はなんでもかんでも盛り上がりすぎなの。

テレビをつければ番組で盛り上がり、町に出ればイベントで盛り上がり。サッカーを見ては同じTシャツ着て盛り上がる。 ……オレは盛り上がってない世の中も見てみたいんだよ。

 

キ:盛り上がってない世の中……

 

師:盛り上がってないテレビや、盛り上がっていないイベント。盛り上がっていないサッカーを。

 

キ:はぁ。

 

師:盛り上がってないって心安まるよ〜。寄席に行ってごらん、盛り上がってないから。

……盛り上がってない寄席は好きだね。凪みたいな寄席。

 

キ:凪!?

師:そう。こっちのコンディションとお客さんのコンディションが偶然マッチして凪になることがあるの。

 

キ:そういう状態があるんですね。……それはお客さんが笑うべきところで笑わなかったり?

 

師:タイミングがズレてたりね。

 

キ:だけど、そういう状態を師匠は楽屋で第三者的に見ているから楽しめるんですよね。高座に上がってそんな状態だったら、そんな冷静になんてなれないのでは?

 

師:いやいや、自分が演っているときもいいもんだよ。

そういう状態のときは「今日はぼんやりしたお客さんだなぁ」って思いながら、こちらもゆったりと落語をするんだよ。

 

キ:へー、お客さんがぼんやりしていると無理して盛り上げようと思ってしまいそうですが、そうせずに…

 

師:焦らずにゆったりと。

 

キ:自分もあえて凪の状態に身を委ねてしまうということか。

 

師:人間と人間のことなんだから、常に盛り上がっている状態っていうのは変でしょ。

 

キ:そうですね。

 

師:今の世の中は盛り上がっていないとノリの悪いやつだなんて思われるけど、盛り上がらなくても一緒にいて穏やかな気持ちで時間を過ごせるのが、本当の友だちであり、夫婦なんじゃないのかなぁ。

 

キ:なるほどなぁ。

 

師:この人は、たまに会う友だちだから盛り上がらなきゃって思うのかもしれないけど、無理して盛り上がらなくていいんだよ。

友だちと会ってまったく話が盛り上がらなくてもさ、「久しぶりに会ったけど今日は盛り上がらなかったね。じゃあまた今度ね!」と言って別れればいいの。それでまた2年後に会えばいいんだから。

 

 

師いわく:



 

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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