• 不惑突入の噺家・春風亭一之輔です。落語界ではまだまだ若手。写真家のキッチンミノルに「孔子いわく『四〇にして惑わず』だそうです。師匠も不惑だから人生相談をしてみませんか?」って言われて、流れで「いいよ」と応えてはみたものの……正直、相談にのって欲しいのはこっち。あまり頼られても困るので、とりあえず「話だけは聴きます」。


第20回 『苛立ちが止まらないときには……』

 

怒り方は難しいという前回に続いて、今度は筋の通らないことが大嫌いな方からのお悩みが……。苛立ちが文面から滲み出ている。思わず私ことキッチンミノルも、お悩みを読み上げる声に力が入る。

 

編集の高成さん(以後、タ):……前回のお悩みメールの最後に、お二方はどんなふうに怒りますかという質問もありました。師匠の答えはいただきましたが、キッチンさんの場合は怒るとどうなるんでしょう?

 

一之輔師匠(以後、師):キッチンは怒られることはよくあるけど、そんなに怒ることなんかないでしょ。

 

キッチンミノル(以後、キ):そうですね、怒られることはこの歳になってもよくあります。師匠にもよく怒られてるもんなぁ。なんか最近も怒られたような気がするけど、なんでしたっけ……?

 

師:そういえば、なにかあったような…

 

キ:そうだ! 打ち上げの後、二人で沖縄料理屋で飲んでたときなんですが……

 

師:あぁ、高架下の店ね。

 

キ:一緒に泡盛をしこたま飲んでいたら、隣の席のお客さんが、いきなり三線をケースから出して演奏し始めたんですよ。

 

タ:キッチンさんは沖縄と縁が深いですもんね。
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キ:私にはそのあとの記憶が全然ないんですが、どうも私が踊り出したのか歌い出したのかして、止まらなくなっちゃったらしいんです。

 

タ:キッチンさんは身体も声も大きいからねぇ……。

 

師:すげー迷惑。

 

キ:困り果てた師匠が私の奥さんに直接電話して、「あまりにも酷いから、帰ったら説教してくれ」って言ったらしいんですよ。すでに寝ていた奥さんもびっくりです。

 

タ:あちゃー…

 

キ:そのあと家の近くの草むらで寝ているところに奥さんからの何度目かの電話があって目が覚めて、急いで家に帰ったらすごく怒られて。

 

師:アハハハ、本当に説教されたんだ〜。

 

キ:それで「すぐに師匠に謝ってこい!」って叱られて。ちょうどその日が早朝のラジオの日だったんで、すぐにスタジオに謝りに行ったんです。そしたら、師匠も夜のこと全く覚えてなくて…
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師:あれ、なんでキッチンがいんの?…ってなってね。「電話? してないよ〜」って言いながら携帯の発信履歴見たら、ばっちり残っててさ。

 

キ:そうそう。それから家に帰って奥さんに「師匠もなにも覚えてなかったよ。あぁ、よかった」って言ったら、「二人ともタチが悪い!」って、またすげー怒られたんですから!!

 

師:オレのせいじゃねーだろ!

 

キ:これ、どっちが悪いんですかね。高成さん?

 

タ:……………………

 

師に問う:

筋の通らないことについて、受け入れることができません。
たとえば、今の職場では真面目な人が損をするような場面が多く。目撃したり聞いたりしてしまうと、我慢ならず、上司に物申してしまいます。上司も問題意識を持ち、改善に努めてくれていますが…
「他人は他人!」と黙ってスルーしておけばラクなのに。スイッチを切って見ないようにすればいいのに。と自己嫌悪にもなります。が、目についてしまうんです。
嫌なおばさんにはなりたくないけれど、おかしいものはおかしいと声をあげたい。めんどくさいと思われようが、わたしの主張は歪んでいるとは思わない。けれど、周りがぬるま湯に浸かりすぎていて… 私のほうがおかしいのかなと、思いつめてしまいます。
「ひたすら真面目にやれ!」とは思いません。わたしもラフに楽しくやりたいですが、それは最低限のやるべきことをやっていることが大前提であって、「最低限すらできてない奴は、なにしてんの?」って思考になっちゃうのです。
気になって、苛立ちが止まらないときにはどう思考を変換すればよいのでしょうか?
(ベントラちゃん/女性/29歳)

 

タ:(小さな声で)キッチンさんキッチンさん! すみません、質問を読み上げる声がちょっと大きいです……

 

師:ラジオのDJやってんじゃないんだからさ、静かに喋れねぇのかお前は。その声のせいで居酒屋でも怒られるんだから。

 

キ:すみません…

 

師:質問の紙、貸して。自分で読むから。……長げーなぁ!

 

 

師:……「上司に物申してしまいます」か。かっこいいじゃない。
それから…「私のほうがおかしいのかな」と思いつめていると書いてある。だけどその前に、「周りがぬるま湯に浸かりすぎていて」と前置きしているわけだから、この人は実際には、自分のことをおかしいなんて思ってないよね。

 

キ:そうですね。……なかなか読み解くのが難しい文章ですね。

 

師:現代文のテストみたいだな。

 

キ:なるほど。で、お答えはどうですか?

 

▲我らが師が、まさに現代文を解くように赤ペンを走らせたお悩み文章。

 

師:う〜ん。この人はこれでいいんじゃないの?

 

キ:全肯定? それでもベントラちゃんさんは思考の変換をして楽に生きたいみたいなんですが……

 

師:いやいや、世の中にはこういう人も必要なんだよ。それに、この人はこの感じが性に合ってるもん。悩みじゃないよこれは。

 

キ:悩みじゃない?

 

師:ベントラちゃんは「おかしいものにはおかしいと声をあげたい」わけなんだから。それが本心でしょ。曲げる必要ないよ。気になって苛立ちが止まらないときには、今までどおり物申していくべきだよ。自分でもそう思ってるでしょ。

 

キ:でも思考の変換をしたいそうなんです。その場合はどうしましょうか?

 

師:しなくていいよ。思考の変換なんてしたら、今までのあなたではなくなってしまうんだから。……だけど疲れるだろうね。

 

キ:きっと疲れますよね。だからこそ、こういう質問を送ってくださったんだと思います。

 

師:でもなかなか言えないぞ。ミスチルには言えない。「おかしいものにはおかしいと声をあげたい」なんて歌詞は絶対に書けないでしょ。桜井さんには。
【編集部注】…書いていたかもしれません。

 

キ:はぁ…

 

師:やっぱりこういう人には長渕剛かなぁ

この腐りきった島国に! 追い焚きをしろ!!
 舵をとれ、船を漕げ! 追い焚きをしろ!!

ってね。

 

キ:追い焚き!?

 

師:「てめぇらのぬるま湯をオレが熱くしてやるぜ―!」って。

 

キ:それは銭湯のおやじさんが言うセリフでしょ?

 

師:本気の長渕ファンに怒られんぞ!

 

キ:すみません。

 

師:「オ〜オ〜 この腐りきった島国にィ〜 追いだきをしろォ〜! 残ったご飯は焼きおにぎりにしろ〜!!」

 

キ:いやいや師匠も怒られますよ! 似てもいないモノマネまでして。 

 

師:……でも、焼きおにぎりってうまいよね。

 

キ:うまいです。

 

師:オレは断然しょうゆ派だね。

 

キ:味噌もいいですけどね。
……ああ、なんか食べたくなってきた! メニューに載ってないかなぁ。

 

師:ファミレスに焼きおにぎりがあるわけねぇだろ〜がぁ!

 

キ:あるかもしれないじゃないですか。え〜と…ん? あった! ありました!

 

師:うそ!?

 

キ:へへ、うそです。

 

師:……あのね、 ベントラちゃんは今、キッチンに相当イライラしていると思うよ。

 

キ:え、そうですか?

 

師:自分でわからないの?

 

キ:……

 

師:今みたいに苛立ちが止まらないとき、ベントラちゃんにはぜひ寄席に来てほしいね。あなたがイライラするような人間が、落語にはいっぱい出てきますから。

 

キ:あ〜、うじゃうじゃいますね。

 

師:江戸時代から、ずーっとぬるま湯に浸かっている人たちがね。第三者的に見ていると、そういう人たちって面白いんだよ。

 

キ:遠くの世界での出来事だからこそ、無責任に面白い。

 

師:そうそう。だけど、ぬるま湯の落語世界にもちゃんと山椒のような小粒でピリリと辛い存在がいるんです。例えば『大工調べ』の因業大家みたいな人ね。

 

キ:与太郎から、店賃の代わりに大工道具を取り上げてしまう大家ですね。

 

師:落語の中だと、棟梁に啖呵切られて奉行に叱られて踏んだり蹴ったりだけど、よくよく聞くと大家さんはあくまでも当たり前のことを言っているだけなんだよね。店賃を全額納めなきゃ大工道具は返さないよって、当然のことでしょ。

 

キ:そう言われればそうですね。「大工調べ」は棟梁の啖呵のかっこよさばかりに注目してしまいますが、大家さんに注目すると、けっこう筋の通ったことを言っているのか。

 

師:そうなんだよ。これってまさにベントラちゃんでしょ。

 

キ:本当だ! きっと本人はあんまり嬉しくはないと思いますが……

 

師:だけど、世の中にはそういう人がいないと困るのも事実。長屋のみんなが、なんでもいいよいいよって許していたら、必ずその長屋は滅びるからね。だから因業大家がいるってのは、すごく大事なことなんだよ。

 

キ:そんなこと思ってもみなかったなぁ。

 

師:……残念な言い方ですが、ベントラちゃんは損な役回りなんです。これはもう、仕方がないことなんだと思う。周りになかなか理解してもらえないかもしれないけど、あなたがそのままでいてくれるだけで助かる人が大勢いるんだよ。

 

キ:ベントラちゃんさんがいなくなったら、今の職場は崩壊するかもしれないですもんね。職場の多くの人たちは気づいてないかもしれませんが。

 

師:現実世界のぬるま湯にはイライラしちゃうだろうけどさ、落語世界のぬるま湯はあくまで他人事なんだから大いに笑ってもらってさ。

 

キ:現実のしがらみから離れて…

 

師:うん。そして現実世界に戻ったら、あなたにはあなたの中にある因業大家っぷりを大いに遺憾なく発揮してもらいたいね。そうして、いつまでもいつまでも世の中を追い焚きし続けて欲しい。

 

キ:ただいつも全力投球で世の中に物申していたら、今回みたいに思いつめてしまうときがまた訪れるかもしれないのが心配ですが……

 

師:ベントラちゃん、追い焚きに疲れたら、また落語世界に戻っておいでよ。あなたみたいな人のために、寄席は365日毎日休まずやってるんだから。

 

師いわく:

 

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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