• 不惑突入の噺家・春風亭一之輔です。落語界ではまだまだ若手。写真家のキッチンミノルに「孔子いわく『四〇にして惑わず』だそうです。師匠も不惑だから人生相談をしてみませんか?」って言われて、流れで「いいよ」と応えてはみたものの……正直、相談にのって欲しいのはこっち。あまり頼られても困るので、とりあえず「話だけは聴きます」。


第24回 『宝くじのお守りをねだられています』

池袋の雑居ビルでの打合せ。上野の鈴本演芸場で主任(トリ)を務めた師匠が、少し遅れてやって来る。二日酔いで頭が痛いと言いながら、駆けつけいっぱいのビールをあおる。

 

 

一之輔師匠(以後、師):……午前中は長男の文化祭に行ってきたんだよ。

 

キッチンミノル(以後、キ):演劇部に入ったんでしたっけ?

 

師:そうそう。演劇部の発表を教室でやっててさ、長男が主役で。

 

キ:すごいっスね! 自分で立候補したんですかね?

 

師:先輩に指名されたんだろ、たぶん。だけど部員が5人だからね。

 

キ:で、どういう話だったんですか?

 

師:『桃太郎』の後日談でさ。鬼退治をした桃太郎が、鬼ヶ島から金銀財宝を持ち帰ってから20年後の話。

 

キ:オリジナルですか?

 

師:部長が脚本を書いたらしい。

 

キ:それでそれで?

 

師:桃太郎が人間界に持ち帰った金銀財宝に目をつけた悪い奴が登場して、すべてを奪いとり圧政を敷きはじめる。そして桃太郎は、自分の持ってきた財宝によって起こった出来事に苦悩する日々を過ごしているんだよ。

 

キ:みんなのために持って帰った金銀財宝のせいで、みんなが苦しんでいるんですもんね。そりゃ悩みますよ。

 

師:だから桃太郎は、クーデターを起こそうとしている庶民を束ねて立ち上がろうとするわけだ。

 

キ:桃太郎はそうこなくっちゃ!

 

師:いっぽう鬼ヶ島では……

 

キ:いっぽう? あ、鬼ヶ島のことを完全に忘れてた。

 

師:20年前に桃太郎に懲らしめられたとはいえ、今も鬼が住んでいるわけ。

 

キ:そうなんですね。

 

師:鬼ヶ島の川に、ある日大きな柿が流れてくるんだよ。

 

キ:……今度は柿が! 川上から!! いいですね〜。

 

師:柿をぱかっと割ると、中から大きな男の子が。ここで主人公の、“柿から生まれた柿太郎”の登場です。

 

キ:名前は柿太郎。うんうん、そうでしょう。あれ、柿太郎が主人公なんですか?

 

師:たぶん。題名が『柿太郎』だったから。

 

キ:へぇ〜。

 

師:柿太郎自身は人間なんだけど、鬼と仲良くなって鬼界ですくすくと育っていくの。そして大きくなった柿太郎は、人間の暮らしが見てみたいと言って、お供の鬼を連れて人間界に潜入します。

 

キ:そりゃあ見たくなりますよね、自分のルーツを。つまり戦うために行ったのではないってことですね?

 

師:そう、戦うためではない。だけど、途中で人間に見つかってしまって追っかけられて…

 

キ:うわー、大変!

 

師:そんなときに助けてくれたのが桃太郎。で、しばらく柿太郎をかくまって……

 

キ:うんうん。

 

師:それから桃太郎と柿太郎が手を組んで、圧政に立ち向かう…って話。

 

キ:おお〜っ! すごく壮大な話じゃないですか! 観てみたいです。

 

師:そうなんだよ。……これを5人でやるからね。

 

キ:そうでした! だけど、たくさん登場人物が出てきますよね。展開も…

 

師:すげー目まぐるしいよ。

 

キ:ですよね……

 

師:しかも演技力が全然追いついてないからさ、客にケツ向けたりして。

 

キ:あはは。初々しいですね。

 

師:だから、全体的にふんわりした感じでまとまってた。

 

キ:壮大なふんわりかぁ……

 

師:まぁ、一生懸命やっててカワイかったよ。

 

師に問う:

師匠、初めまして! 私は接客業の仕事をしている、もうすぐ54歳になるバツイチの女です。じつは常連の70過ぎのおじさん(おじいちゃん)に、宝くじの御守りにしたいからヘア(下のほうです)を数本くれ、と言われて困っています。その人はほぼ毎日お客様で来るので少々エッチな会話もしますが、自分のヘアがおじいちゃんのものになると思うとなんだか微妙に気持ち悪い感じです。減るものでもなし宝くじが当たれば!…とも思います。あと数ヶ月で年末ジャンボが売り出されますので今からとっても悩んでいます。友達にも相談できません。世間的には、いかがな常識でしょうか? 師匠のお考えを伺いたいです。宜しくお願いしますm(__)m (キャロル/53歳/女性/埼玉県)

 

師:アハハ〜、いいね〜夢のようだなぁ。乙な爺さんだなぁ。俺も将来こういう爺さんになりたいよ!

 

キ:でもキャロルさんは、“微妙に気持ち悪い”そうです。

 

師:そりゃそうだろ、あげるほうは。……世間的にはどうなんだろうね?

 

キ:噺家さんでこういうのをお守りにして高座に上がられる師匠はいらっしゃらないんですか?

 

師:聞いたことないねぇ。

 

キ:宝くじはどうか知らないですけど、特攻隊の方が好きな人のをもらったっていう話があったような…

 

師:あるある。でもあれ本当なのかね? どういうことなんだろう?

 

編集の高成さん(以後、タ):弾が当たらないおまじないですよね。

 

師:そうなんですか?

 

タ:たしか…そうです。女性にはタマがないから「戦場で弾に当たらない」と。戦争映画でそういうシーンがあったような…勝新かな?

【編集部注】…『続・兵隊やくざ』(1965年/大映)に、陸軍一等兵・大宮(勝新太郎)が看護師(小山明子)に“お守り”をねだるシーンがありました。

 

キ:当たらないんじゃ、宝くじのお守りにはならないじゃないですか!

 

師:あれれ? そういえば変だなぁ……
【編集部注】…後日調べたのですが、女性の神秘的な聖なる力のシンボルとしてお守りに身につけるという習慣は、戦国時代には既にあったそうです(1300年前の防人たちも…とも)。やがて、ゲンを担ぐ博打打ちなど各方面で、聖なる力にあやかるために広まったようですが……詳細は不明。

 

キ:キャロルさんは、“減るものでもなし宝くじが当たれば!”とも思っているとのこと。あと数ヶ月で年末ジャンボが売り出されるので、今から悩んでいる…と。

 

師:あはは。いいなぁ〜、ほのぼのするね。どうぞ悩まないでほしい。大らかにいきましょう。平成も終わりを告げようとしているんだから。
……冷静に聞くと気持ち悪いけどさ、きっとこれは飲み屋さんでしょ。

 

キ:そんな感じはしますよね。居酒屋だったり…

 

師:スナックだったり、バーだったりね。こういう艶っぽい話もできるようなさ。そこでこんな会話をしてるんでしょ。

 

キ:そうですね。
……キャロルさんはきれいな53歳なんでしょうね。こういう話もできちゃうんですから。

 

師:そうね。このお歳でこんな艶っぽいことをお願いされるなんて、女冥利に尽きるというか。70過ぎのおじいちゃんからみたらキャロルは20歳年下でしょ。かわいくみえるんだろうね、そうとうに。

 

キ:そうでしょうね。

 

師:色々選択肢はあると思うよ。

   1.断る
   2.本当にあげる
   3.身代わりで誰かのをあげる

 

キ:身代わりっていうのも、今度はキャロルさんが別の人に頼むってことですよね。それはそれで大変ではないでしょうか?

 

師:大丈夫。いろんなところに落ちてっから。寄席の楽屋にいらしてごらんなさい。いっぱい拾えますから。

 

キ:…………

 

師:でも、3番を選ぶような人は、オレは好きじゃないね。

 

キ:どうして?

 

師:不誠実じゃない。そもそもそんなものがお守りになるということは有り得ないんだからさ。

 

キ:そこは師匠のなかでは決めつけちゃうんですね。

 

師:だって、ただの毛なんだから。それよりも、このおじいちゃんは、どこかで拾ったモノをよこされるかもなんて微塵も考えないで、キャロルを信用してお願いしてくれていることが大事じゃない?
だから3番はナシです。

 

キ:そうですね。おじいちゃんの気持ちに、こちらも正面を向いて答えを出さないと…ですね。

 

師:そうとう勇気いるぜ、こういうことをお願いするのは。役場の窓口では言えないでしょ。酔ってるから言えるんだよ。

 

キ:酔っていても勇気はいりますよね。

 

師:オレは、おじいちゃんは勇気をふりしぼって言ったんだと、そう思いたいね。だからこそキャロルも悩んでいるんだと。

 

キ:ああ、なるほど。

 

師:もし軽はずみに言われたとしたら完全にシャットアウトでしょ。キャロルも笑って流して終わりでしょ。

 

キ:そうですね、最初っから。

 

師:そこなのよ。それにこの文章を読むと、キャロルのまんざらでもない感が滲んでいるんだよね。

 

キ:恥じらいがありつつも…ですよね。

 

師:そうね。
ちなみにオレがこのおじいちゃんの立場だとしたら、もしもらえなかったとしても、そんなにがっかりしないかも。

 

キ:くれなくても?

 

師:そう。照れ隠しかもしれないなって思う。「あなたが好きです」っていうのをストレートに言えなくて、不器用だからちょっとキモい感じの言い回しになってしまったのかもしれないじゃない。洒落半分で。

 

キ:不器用すぎませんか?

 

師:『黄昏流星群』だから。不器用ですから、この世代の人はおそらく。
【編集部注】『黄昏流星群』…シニア世代の恋愛と人生観を描いた、弘兼憲史による劇画短編集。1995年よりビッグコミックオリジナルにて連載中。また10/11からフジテレビ系「木曜劇場」枠で連続ドラマがスタートします!

 

キ:ああ、なるほど『黄昏流星群』かぁ〜。

 

師:でも……もし本当にもらえたら、めっちゃ嬉しいと思うよ。

 

キ:もらえたらもらえたで嬉しいんだ!
……照れ隠しで言っちゃったのだとしたら、本当にもらえることになったときに逆に引いてしまうってことはないですか?

 

師:ないないない。それはない。小躍りすると思うよ。

 

キ:するんだ…小躍りまで。

 

師:……それじゃあもう一歩踏み込んで、もしオレがこのおじいちゃんの息子だとしたらどうだろう。

 

キ:息子さん!?

 

師:最初は「いいトシしてなに言ってんだよ〜」と思うけどさ、親父のことをいろいろ考えた結果、「キャロルさん、どうかあげてください! うちの親父に」って一緒にお願いするような気がする。

 

キ:キャロルさんに? ……え〜と、『黄昏流星群』に寄せてきてません?

 

師:「うちの親父に…あげてやってよ、ママ。ごめん」って頼むだろうなぁ。……ちょっと酒を呑み過ぎたときに。

 

キ:あはは、息子も常連なんだ。

 

師:それで、いつのまにかママと関係を持っちゃう。

 

キ:息子が?

 

師:そう。息子も40代後半から50代だからね。もちろんね。

 

キ:一気に『黄昏流星群』で寄り切りましたね。

 

師:いい話だなぁ、男のロマンだなぁ。

 

キ:あはは。師匠のなかではいつからか、キャロルさんはママさんという設定になっちゃったんですね。

 

師:それがなにか?

 

キ:いえいえ、どうぞ続けてください。

 

師:きっと、酸いも甘いも噛み分けてきたママさんなんだから。すべてを包み込んで2番で行って欲しいなぁ。

 

キ:師匠はあげてほしい派なんですね。

 

師:まあね。それにキャロルにとって、それは 金の成る毛 なんだよ。本人も書いているけど、減るもんではないんだから。もし当たったら、ちゃんと見返りをもらおうよ。

 

キ:そりゃそうですよね。

 

師:「はい、コレあげる。だけど当たったら、あなた大変よッ!」ってことだもん。一緒に当選番号を確認しようよ。

 

キ:そこはきっちりやらないと。

 

師:もし当たったら、すごい噂になるよ。「キャロルのをもらったら宝くじが当たる」って、遠くからでもお客さんが訪ねてくるから。

 

キ:本当だ。宝くじが当たった場合の波及効果がけっこうすごいかも。キャロルさんにとっても、まさに金の成る毛ですね!    

 

師:そのときはオレらも呑みにいきたいね。

 

キ:はい!

 

師:いや〜…今回はいい質問だね。いまだにこういう世界があるんだなと思って、嬉しくなっちゃった。

 

キ:昭和の匂いがしましたね。

 

師:バカだねぇ、男はいつまでたっても。

 

 

師いわく:

 

(写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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※次回は10/21(日)〜一の位「いちの日」に更新いたします。

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