• 古く蝮をくちばみといった。毒を持つその長虫は、親の腹を食い破って生まれてくるという。戦国時代、非情なまでの下剋上を成し遂げ、「美濃の蝮」と恐れられた乱世の巨魁・斎藤道三。その血と策謀の生涯を、父子の宿命とともに描き出す、花村萬月渾身の新時代小説。


第2回

前回までのあらすじ

 斎藤道三、幼名峯丸。母親も息を呑む美相の赤児。父・松波基宗は代々北面の武士だったことを誇るも、今では貧しい傘張り職人にまで落ちぶれ、食べるものにも事欠く生活を送っていた。峯丸に与える乳も出なくなった母・藤は、身を売るために辻立ちをしようとしてそのまま出奔。残された基宗は、自分と同じ痣を持つ美しい我が子の首に一度は手をかける。しかし果たせず、何をしても生きていこうと決心する。

 

   03

 

 夜が明けた。熟睡には程遠いが多少はうとうとした。雨漏りで全身がじっとり濡れていたが、抱きこんでいた峯丸(みねまる)はほとんど濡れていない。基宗(もとむね)は腫れぼったい瞼で満足げに頷き、その直後、眉根を寄せた。腹がぐるぐる鳴っている。荏胡麻(えごま)油の舐めすぎだ。慌てて身をおこすと縁先から臀を突きだした。
 ほとんど水、いや油であった。出尽くしたと判じても、油だけあってたちが悪い。きつく尻の穴をすぼめても際限なく漏れ落ち、滲みだす。しかもあのきつい荏胡麻の臭いである。この様子だと峯丸のお湿しもさぞや惨状を呈していることだろう。だが、基宗は気落ちしなかった。ほとんどが尻の穴から漏れ落ちてしまったにせよ、荏胡麻の滋養が全身に行きわたったからであろう。思いのほか気力が横溢していた。
 峯丸の下の世話をしてやり、字の (あざ)を凝視する。いつだったか(ふじ)がしみじみとした口調でぼやいていた。──子供というもの、下の世話からなにからなにまで際限なく面倒かけておきながら、けれど一人前になった暁には世話になったことを綺麗に失念し、自分一人で、まるで自力で育ったかのように親に対して居丈高に振る舞うもの。
 腕組みして、自身の幼さについて黙考に沈む。いまのいままで己の幼さに気づいていなかった。一人前であると信じ込んで疑いもせず、それどころか(ぬき)んでた存在であると自負して途方もなく横柄かつ高圧的に振る舞いつつ、けれど、じつは周囲に下の世話をさせていた。度し難し──と胸中で呟いて俯くと、峯丸がじっと見あげていた。
 割れ鍋にたまった雨漏りの雨水で峯丸の臀を叮嚀(ていねい)に洗ってやりながら、荏胡麻油の壺に視線を投げる。まだ半分以上残っているはずだ。朝餉にどうか──と一瞬、思案してしまった。さすがにもう舐める気にはなれない。苦笑が(うか)んだ。
 基宗はおもむろに幅広の反縄(たな)にて峯丸をおんぶした。おんぶはアジアやアフリカ、アメリカ先住民、南太平洋諸島にみられる習慣である。日本では縄文中期の土器などに子供を背負った姿が描かれ、子をおんぶした(はに)()も残されている。明治になると欧米ではおんぶの習慣がないということから排斥がおきた。もちろん下々は欧化政策に簡単に染まるはずもなく、我が国でおんぶが廃れることはなかった。現在では母子の最良のスキンシップとしておんぶされて育った子は自閉症になりづらいという報告さえある。
 横道にそれてしまった。まだ若干不安な尻の穴をなだめつつ、基宗は峯丸をおんぶして油座にむかった。雨もあがり、雲の切れ目から日射しが金色の帯になって地面に射している。水たまりを避けながらゆく基宗の顔も空と同様、思いのほか晴れていた。
 女房に逃げられて清々しいというのもおかしいが、基宗はいまだかつてない澄んだ境地にあった。もちろんそれは諦念の果てではあったが、基宗のような男はこれくらい強烈な変化がないと、つまり徹底的に打ちのめされる機会がないと、延々おなじ日々を過ごし、愚行を繰り返してしまうものである。
 また独りであったら耐えられずに結局は首でも(くく)っていたであろうが、基宗には峯丸という愛息があった。度量が狭く、じつに幼い男ではあったが、峯丸に対する愛情はそのぶん純粋であったといえる。
 藤が出奔する直前の夫婦の仲は最悪だったが、いかに苛立ちや怒りを覚えても峯丸に八つ当たりすることは一切なかった。虐待と無縁であった。
 切羽つまって首に手をかけはしたが、己も死するつもりであった。あのときの峯丸の細く頼りない首の感触が(てのひら)に残っている。精一杯首をねじまげて背の峯丸を見やり、掌に視線をもどす。
「二度と手にかけぬ。俺が死するとも、峯丸よ、おまえだけは育てあげる。俺が必ず育てあげる」
 臀に両掌をあてがって揺すると、めずらしく峯丸がはしゃいだ。己の血を引くもの。俺の命を受け継いだもの。俺の、すべて。
「おまえには最良の道を歩ませたい。俺のような間抜けでみじめな失敗だけはさせたくない。俺のような悧巧ぶった莫迦(ばか)にだけは育てたくない」
 頭の中に必要以上の智識を詰めこんで、それでいっぱしの人物を気取っていた。博識と称されていたが、それは賞賛に仮装された揶揄だった。軽侮でさえあった。鬱陶しいから褒めそやして遠ざけておこうという意図だったのだ。それなのに得意がっていた。智識と智慧(ちえ)の区別がつかない阿房だった。
 (きら)めく朝日に目を細めつつ、苦笑いが止まらない。けれど苦笑に自嘲のいろはない。思いのほか率直に自身の莫迦さ加減を悟っての苦笑いであった。
 松波(まつなみ)の家は代々熱心に法華経を(しょ)()とし、日蓮を奉じていた。基宗も幼いころより亡父から妙法蓮華経を叩きこまれていた。が、法華経を(そら)んじていても、その説くところは単なる言葉として上滑りして、基宗の心の底に一切届いていなかった。

──自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇 常説法教化 無数億衆生 令入於仏道 爾来無量劫 為度衆生故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法 我常住於此 以諸神通力 令顚倒衆生 雖近而不見 衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心 衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見仏 不自惜身命 時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅──

 胸中で諳誦(あんじゅ)しはじめ、ふと我に返って中途でやめる。
「なあ、峯丸よ。いまや俺は出家したい心持ちだぞ」
 背に伝わる峯丸の熱がいとおしい。
「俺にはおまえを育てあげるという務めがあるからな。出家得度というわけにもいかぬ。が、おまえは一度仏門に身を置けばよい」
 桂川の川面が黄金色に光る。
「若き釈尊が生老病死の苦悩を悟った故事を四門出遊という。顧みて、あえて口にすれば羞恥に頰が赤くなりそうだが、人につきまとう生老病死に苦悩する釈尊とは正反対の意で俺も若かったのだ。それこそ昨日までは己の老いに無関心だった。加えて健やかであることに感謝の念さえもたなかった。なによりも己が死するということは他人事であった。想見できず、まるで不老不死のごとく振る舞っていた。で、なにをしていたかといえば、慾のままに愉しみを求めておっただけよ」
 羽虫が舞い、魚が跳ねる。
「慾はよいものよ。甘い甘い楽味というものがあるからな。たまらんぞ」
 雨のせいで多少は増水しているようではあるが、魚の跳躍など旺盛な生き物の鼓動に乱されるとき以外は、川面の水は眠りのさなかにあるかの静けさである。
「が、楽味があるものには(げん)()があり、患味には愁苦がこびりついておるのだ。じつは、俺も楽味の背後の患味に息苦しいほどの憂鬱を覚えていたのだが、間抜け故に患味という言葉を知っておりながらも、己の(しゅう)(もん)がなにからもたらされるのかわからなかった」
 流れを見やりつつ、しみじみとした口調で続ける。
「釈尊はな、四門出遊にて慾には楽味と患味があることを悟られたのだ」
 座るに手頃な河原の石に腰をおろし、反縄をほどいて峯丸を膝に抱きなおす。黒く艶やかな眼差しで見あげる峯丸にむけて、無表情に呟く。
「四苦八苦──。人の生は四苦八苦。四苦とは生、老、病、死」
 峯丸を凝視し、深く切ない溜息をつく。
「さらに愛別離苦。愛するものと別れる苦しみのことよ。藤が消えた。まさに愛別離苦。峯丸を(くび)り殺して俺も死のうとしたほどに苦しんだ。苦しかった。きつかった」
 首を左右に振る。それで藤の面影を振り払ったつもりであったが、あまりに弱々しかったので藤の面差しは消えさるどころか間近にあるかのごとく柔らかく揺れた。
 峯丸を抱く手にぎゅっと力を込め、しばし凝固する。この小さな命がなければ生きられぬ。この小さな命が俺を生かす。気を取りなおして続ける。
「さらには怨憎(おんぞう)会苦(えく)。嫌いな奴、否応なしに憎らしい奴と顔を合わせねばならぬ苦しみを言う。怨憎会苦は人の世につきものではあるが、俺は己の狭量さ故、ずっとこの怨憎会苦に苦しんできた。なぜ奴らは懸命に仕事をする俺を(うるさ)がり、嫌うのか。なぜ俺に嫌がらせをするのか。なぜ俺の言うことを聞こうとしないのか。なぜ俺を疎んじるのか──。苦しかった。あげく誰にも会いたくなくなった。会えなくなった」
 俺は(あば)ら屋から出られなくなってしまったのだよ──という言葉を呑みこむ。人が社会生活を営むうえで必ず直面するのが怨憎会苦である。好ましい者とだけ付き合っていけるならばよいのだが、それは不可能だ。それどころか好ましいと思っていた者であっても、時がたてば変貌する。
 基宗だってこのままでよいはずがないと己を叱咤したのだ。けれど荒ら屋に引きこもったきり、身動きできなくなってしまった。それは得体の知れない不安であり、場合によっては恐怖でさえあった。雨風が屋内にまで自在に立ち回る、防壁としてはじつに心許ない荒ら屋だけが基宗を棘々しい外界から護るものとなってしまったのだ。もちろんそこには藤がいてくれて、基宗は藤に甘えかかって不安や恐怖を解消するために過剰に尊大に振る舞い、外で充たされぬ権勢慾を発散し、どうにか己を保っていたのだ。