• 古く蝮をくちばみといった。毒を持つその長虫は、親の腹を食い破って生まれてくるという。戦国時代、非情なまでの下剋上を成し遂げ、「美濃の蝮」と恐れられた乱世の巨魁・斎藤道三。その血と策謀の生涯を、父子の宿命とともに描き出す、花村萬月渾身の新時代小説。


第1回

 

 遠い昔の賢人が喝破したとおり、莫迦は自身が莫迦と自覚できぬから、莫迦であり、莫迦なままなのである。
 要領の悪いことを誠実であるとすり替え、間の悪いことがおきれば、相手のせいにしてきた。周りが痴愚にして蒙昧であると内心軽侮しつつ、それなのに根底に自信がないから精一杯迎合してきた。
「張り詰めきって打たれるのをいまかいまかと身を固くして待ち構えておるくせに、打ってから小半時もして鳴るような鼓、誰も叩かぬわ」
 自嘲すると、放心した。
 床が傾いているので基宗の軀も微妙にかしいでいる。もはやそれを正す意識もない。口を半開きにして浅く不規則な呼吸をし、まともに瞬きもせず、がくりと首を折って微動だにしない。
 泣けるうちは、まだ飛べる。
 だが、こうなってしまうと生ける屍だ。
 とうに夜の(とばり)がおり、周囲にはじっとり湿って粘る藍色の闇が充ちている。地虫の類いばかりが盛大にぢーぢーぢーと声をあげていたが、やがて驟雨が屋根を打つ居丈高な音が加わった。
 もはや動く気力の欠片もないが、それでも基宗は雨漏りする場所から峯丸を動かし、どこに安置しようか思案して、結局は胡坐(あぐら)のくぼみに峯丸をおさめて上体を屈め、自身の軀を雨除けにした。あちこちから雨漏りするので、峯丸を濡らさぬためには、そうするしかないのである。
 背で雨を受けてじっとしていると、蒸し暑い晩なのに寒々として胴震いがおきた。透かし見るともなしに上目遣いで闇を凝視する。部屋の隅の高坏(たかつき)灯台が白くぼんやり浮かびあがった。白っぽく見えるのは、じつは塗りが剥げてしまっているからで、なんとも貧乏臭いと溜息が洩れ、基宗はふたたび泣きそうになった。
 餓えはじめてから、まったく火を灯すこともなかった。せめて明かりを──と一瞬思ったが、鎮まっている峯丸を刺激したくもないし、(ひうち)を手にするのも億劫だ。
 そもそも高坏をひっくりかえして灯台にしていること自体が貧乏臭く、侘びしい。まさに己の境遇を象徴しているかのようでぎこちなく顔を背けた。
「まてよ」
 呟いて前傾する。それで灯台にまで手が届いてしまうところが狭苦しい荒ら屋ならではである。上体がかぶさってきた重みに峯丸がむずかった。基宗は欠けの目立つ油皿を手にし、そっと小指を浸す。
荏胡麻(えごま)の種子は炒って胡麻の代用にすると聞いた。すなわち、食おうと思えば、食えるのだ」
 峯丸に言い聞かせるがごとく続ける。
「よいか。傘張りの油紙をつくるために、この家には荏胡麻油だけはたっぷりある。腐るほどある」
 荏胡麻の油は主に寺社や公家の灯明用で、このころ明かりを用いるということは、下々にとってはそれなりの贅沢であった。その贅沢品が松波の家には発注先から折々に届けられるので、大量にある。常日頃から油紙をつくるのに使うので灯明の油だけは不自由しない──と自嘲していた。基宗は立てた小指を折り曲げて、根本まで煤まじりの荏胡麻油に丹念に浸した。
 油で濡れてぬめる指の先を峯丸の口にそっと挿しいれる。
 とたんに凄い勢いで吸ってきた。
 先ほどの単に小指をしゃぶらせたときとはまったく別の熱中がある。
 基宗は油皿の荏胡麻油を(こそ)げるようにしてすべて舐めさせ、さらに大振りな壺に入れてある荏胡麻油をもってきて、峯丸が飽くまで舐めさせた。
 舐め続けて峯丸が放心すると、こんどは基宗の番である。傘張りのときは眉根を(ひそ)める荏胡麻の臭いであるが、飢餓の極限にあるせいでまったく気にならない。こんなに舐めると、腹を下すのではないか──などと胸中より押しとどめる声もとどくのだが、もとより空腹は、そんなことにはお構いなしである。ひたすら舐め続けた。
 応仁の乱の以降、多少の衰えをみせたとはいえ、校倉(あぜくら)に呆れるほど大量の米俵を蓄え、梃子(てこ)の仕掛けも大がかりな長木と呼ばれる油搾りの締木と巨大な(かま)をこれ見よがしに並べあげてあたりを威圧し、油に関する利権のすべてを握っているばかりか山城と摂津の国境という地の利に加えて宇治川、木津川、桂川の三河川が合流する陸運水運の要衝の地にて物流を仕切る問丸の業務をこなし、塩や麹、染料等々まで扱って莫大な利益を得ている大山崎(おおやまざき)油座が基宗の荒ら屋からそう遠くないところにあった。
 (いわ)()(みず)八幡宮は京の裏鬼門にあたり、朝廷の崇敬も篤かった。なおかつ源氏および足利氏の氏神であり、武人と八幡信仰が切り離せないこともあって幕府の庇護も受けていた。大山崎油座はそんな石清水八幡宮内殿へ灯油を貢納することからはじまった。
 圧倒的な闇が支配しているこの時代、周囲を煌々と照らしあげてその格式や霊性を誇示するために、寺社は莫大な灯明油を必要としていた。とりわけ祭事の折の油の使用量は途轍もないものとなる。
 そこで支配下の()(にん)に荏胡麻の油の仕入れや製造をさせて安定確保をはかり、かわりに関の通行料免除など諸々の特権を与えた。平安末期にはじまったとされ山崎油座は寺社が圧倒的に多い京に間近という地の利もあり、巨大化し、京を中心に畿内近国一帯および山陽、四国等において荏胡麻油の仕入れ、製造、販売を一手に独占していた。
 荏胡麻油のこともあり、基宗は油座の油神人とは顔見知りである。寺社に油を提供し、あまった油を流し売りして歩く油売りの姿が基宗の脳裏に泛んでいた。
 妻には逃げられた。北面の武士では食うことができぬ。錆刀は鞘から抜くことができずに死ぬこともできない。
 もはや面目などにこだわっていられる境遇ではない。荏胡麻臭いげっぷを洩らしつつ、の形の痣をもち、確実に自分の血を引いている峯丸を一人前に育てあげねばならぬとまなじりを決する。
 己が藍の織色木綿服に渋染の胸前垂れをして曲物の塗桶を天秤で担ぎ、さらにその背に峯丸をおぶって『お油宜敷(よろしゅ)うー、油で御座いー』と語尾をのばした独特の売り声で京の市中を売り歩いているところを思い描き、中空を見据える。
「よし」
 胡坐のくぼみで寝息をたてはじめた峯丸のまだ淡い栗色の髪を丹念に撫でながら、深く大きく頷いた。

 

 

〈次回は5月20日(日)頃に更新予定です。〉

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