• 古く蝮をくちばみといった。毒を持つその長虫は、親の腹を食い破って生まれてくるという。戦国時代、非情なまでの下剋上を成し遂げ、「美濃の蝮」と恐れられた乱世の巨魁・斎藤道三。その血と策謀の生涯を、父子の宿命とともに描き出す、花村萬月渾身の新時代小説。


第3回

 

 これはいかん──と基宗は峯丸の手を引いた。土塀を乗り越えるのは無理だ。商売道具を壊されてはたまらないから、まず反対側の築地の壊れた部分に峯丸と桶と天秤棒を押し込み、逃げきたる者、そして追う者たちと遭遇する直前に四つん這いになって築地内に身を隠した。
 息を殺して築地の隙間から覗いていると、無数の拳大の石が風切り音をともなって烈しく交差して飛んできた。いよいよ基宗の背筋が冷えたのは、拳ほどの大きさがある石がほとんど弧を描くこともなく一直線に飛んでくることである。とても人が投げているとは思えぬ。これほどの大きさの石をこの勢いで真っ直ぐ投げることができるのは尋常でない強力(ごうりき)であろう。
 飛翔する石に追われるようにして肩脱ぎした男たちが背後を振りかえりながら小走りに駆けていく。前だけ見て全力疾走して逃げれば、石に軀を破壊されてしまう。気を裂いて飛んでくる石の行方を案外巧みに見切って避け、それどころか飛んできて塀や地面にぶち当たった石を拾いあげて投げ返す。そのうちの一撃がうまく相手方の主立った者に当たったらしい。どこか愉しげに昂ぶりのままに逃げ惑っていた者たちが、覗き見ている基宗の眼前で反撃に転じた。
 いままで印地打のあとの荒れ放題にでくわしたことはあったが、只中は初めてである。単に石を手で投げるのだと思っていたが、実際はほとんどの者が分厚い粗布を編み込んだ専用の、あるいは(さら)し麻の手拭いを代用した投擲(とうてき)具とでもいうべきものを用いていた。河原から集めてきたのだろう、投擲用の角の尖った拳大の石を(もっこ)に入れて運んでいる者もいる。が、おおむね相手が投げた石を拾いあげて投げ返す。つまり石が行ったり来たりしている状態である。
 投擲具だが、簡略化して述べてしまえば、長い手拭いの片方を手首に(くく)りつけ、もう片方を手指で握りしめる。もちろんそうして折って二重になって垂れさがった手拭いの中心には拳大の石が入っている。それを頭上で、あるいは下手から、さらには片足を軸に回転させて充分に勢いをつけ、握っていた手拭いを放す。すると仕込んであった石が大気を切り裂いて、手投げではとても不可能な途轍もない勢いで飛翔していく。手拭いは手首に固定されているから、ふたたび石を仕込んで片側を持つ。なかには縄で石を結わえたものをハンマー投げの要領でぐるんぐるん廻して投擲する者もいる。
 投擲に関しては素人の基宗の目にも種々の技法があり、常日頃から鍛練を重ねていることが直覚でき、武芸としてもこれは尋常でないと目を(みは)っていると、今まさに手拭いの片側を放そうとしていた男の顔面に石がめり込んだ。衝撃で眼球があらぬ方向に飛んで転がり、水たまりに落ちた。
 基宗は見た。水たまりになかば浮かんで見える眼球の周囲に脂がさっと拡がってくすんだ年輪模様をつくるのを。
 あろうことか手近に石がなく、眼球を飛ばされて即死した男の顔面にめり込んだ石を腰をかがめて(えぐ)りだし、投擲具に装着し、唇を引き()れさせ、歪ませて狙いをさだめて投げつける男がいた。基宗にはその男の唇に(うか)んでいるものが常軌を逸した昂ぶりと尋常ではあり得ぬ集中からもたらされた薄笑いにしか見えず、凄絶さに息が苦しくなった。
 石を穿(ほじ)りとられた男の顔は完全に消滅していて、鼻のあったあたりを中心にきれいに拳大にへこんでいる。形状自体は石がめり込んだ土塀といっしょだ──と脳裏で呟いて、我に返る。
 目が慣れてきたというのもおかしいが、当初は石の大きさや勢いにばかり目がいって、眼前で繰り広げられる壮絶な人体破壊に気づいていなかった。そんな気がした。
 実際は、これらはほんの瞬時のうちに繰り広げられたことであり、緊張と恐怖、そして基宗当人は自覚していなかったが得体の知れぬ昂ぶりによりごくわずかの時間が延々と引き延ばされていたのだった。つまり石の飛翔とそれによって壊される肉体の有様は、ほんの寸瞬の出来事だったのである。
 眼前の(もや)が晴れたがごとく基宗は眼前の修羅場を細部まで見通していた。黄ばんだ灰色の髄脳を撒き散らしてもんどり打つ者。折れて美しい楕円を描いて飛んでいく歯を自ら目で追って、顎から下が消滅していることにようやく気付く者。胸部に石を受けて横転し、赤い肉と白い肋骨をあらわにし、裂けた肺から洩れる息に酸欠になって見るみるうちに全身が土気色となり、壊れた傀儡(くぐつ)人形のごとく顫える者。()げた右耳を我が手に掴み、しげしげと眺めたあげく(ふんどし)に押し込み、ふたたび投擲にもどる者。上下左右に巧みに投石を避けつつ、太鼓を叩いて(ひょう)(きん)に踊りながら皆を鼓舞する者。間一髪で避けたつもりで土塀に激突した石に拇指(おやゆび)を潰され、伸し烏賊(いか)になった自身の指を摘まみあげて()じ気づき戦闘から離脱する者。それを()(とが)めて敵ではなく逃げる味方に加減せず石を投げつける者。足をもつれさせて派手に転び、臀に一撃を受け、手でさぐり、ごっそり肉の落ちた臀の様子を指先で(たし)かめて苦笑いして立ちあがり、自身の臀を削いだ石を投げ返す者。血濡れているばかりか、肉片のついた腱らしきものがだらりと下がった長刀を掲げて、こぼれる笑みを抑えきれずにあれこれ指図する者。折れた()(はく)があらぬ方向に垂れさがり、頰を歪めてそれを元にもどそうとする者。蟀谷(こめかみ)に見事なる一撃を受け、そこから赤黒い血を噴き、しばし天を仰ぎつつ絶命する者。膝のお皿を割られて地べたに転がり、おなじところを楕円を描いて這いずりまわる者──。
 基宗は(いぶか)しむ。愉しげといっては語弊がある。が、なぜ、皆、このように生きいきと振る舞って、目を輝かせているのか。あたりに充満する圧倒的な昂ぶりの気は基宗にも感染し、ふとした瞬間、この闘争の群れに身を投じてしまいそうな己がいる。基宗は血脂の臭いを胸に充たしつつ、悟ってしまった。
 殺し合いは、忘我である──。
 印地打は三宝の所為、すなわち御仏の仕業として(てん)(ちゅう)のごとく扱われ、最下層の者たちの既得権益として強引に正当化され、あげく端午の節供の命懸けの憂さ晴らしとなった。基宗も古老から後愚(ごぐ)(まい)()に──雑人などが京の一条大路にて合戦し、死者四十五人といった印地の記録があることを語って聞かされていたが、これほどのものであるとは努々(ゆめゆめ)思っていなかった。
 これはまさに合戦であり、しかも無意味なる遊戯であり、憂さ晴らしであり、壮絶なる殺し合いである。
 印地は甲冑にて防ぐこと叶わずという言葉の意味合いを、眼前の投擲具の威力より思い知らされた基宗であった。兜に当たれば気を(しか)ともつことは難しいであろうし、胴に当たれば骨の心配をせねばならぬ。
 ちなみにこの日の印地打は三条西実隆(さねたか)の実隆公記に──明応五年五月五日条、今日の印地はもってのほかのことなり、死人、手負い済々かと呆れ気味に記されている。
 期せずして、そのもっとも烈しい投擲の場にあった基宗だが、ふと気づくと峯丸が築地塀に顔を押しつけてすべてを見ているではないか。あわてて引き剝がし、その目を両手で覆うと、峯丸は烈しく()(もだ)えした。
 父、見たい。
 見せて、見せて、見せて、みんな壊れる、見たい──。
 目だけでなく口も押さえて、万が一気付かれたらと途方に暮れ、恐怖に身を竦めたが、印地の輩は辻を西に折れて徐々に遠離(とおざか)っていった。全身を耳にして完全に気配が消えるまで身動きしない基宗であったが、暮れるのに合わせて合戦の昂ぶりも喪われていくことが実感された。
 路上に放置された死人やまだ身悶えしつつ呻いている男の傍らを、天秤棒を担ぎ峯丸の手を引いて逃げだす。小走りに行きながら、さりげなく峯丸の顔を窺うと、真っ白な頰をして、けれど幼いながらに石を投げ合っていた者と同様の笑みに似た昂ぶりをその唇の端に泛べている。基宗は歩度をゆるめ、胸中で呟いた。
──峯丸よ、父も印地に加わりたかった。石を投げたかった。暴れまわりたかった。誰かを打ち据えたかった。話だけ聞いていると愚昧の極致のようであるが、男たるもの、あの無意味に血が(たぎ)るものである。鬱憤晴らしといわれようが、父も、石を、投げたかった。殺し、たかった。

 

 

 

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