• 古く蝮をくちばみといった。毒を持つその長虫は、親の腹を食い破って生まれてくるという。戦国時代、非情なまでの下剋上を成し遂げ、「美濃の蝮」と恐れられた乱世の巨魁・斎藤道三。その血と策謀の生涯を、父子の宿命とともに描き出す、花村萬月渾身の新時代小説。


第3回

 

「少し前のことじゃが」
「はい」
「二条尚基(ひさもと)分家筋にあたる者たちが、桂川に入水した」
「何故」
「生活苦」
「公家が」
「体面を繕わねばならぬ公家のほうが悲惨と言うたら」
「なるほど」
「先に行くぞと(あるじ)が濁流に消え、四つと五つの男児がそれを追い、完全に姿が消えたのを見守ってから母と乳母が抱きあったまま飛び込んだという。気付いた茶屋の者が急ぎ救いあげたが、皆すでに息絶えておった」
「昨今の町衆の勢いとは裏腹に」
「まったくだ」
 ありすけ大夫は(かかと)で丹念に羽虫を潰しつつ続けた。
「大乱の渦中で没落した公家共はいまだに身過ぎの苦しみから逃れられぬ。で、惨めに家名の絶えた者、数知れず。年貢、公事の収納ままならず、家臣から家領を借財のかたに奪われる者が相当数にのぼる」
 基宗の唇の端が(かす)かにもちあがった。それを笑みと受けとったありすけ大夫がくっきりした笑いを泛べる。
「もはや高貴なる(うつ)ろじゃ」
 うまいことを言う。基宗は油断なく、そつなく頷いた。
「峯丸のことじゃが」
 案の定、きた。世間話で気持ちがゆるんだ直後に本題をぶつけてくるのは、すべてを心得た老人の得意技だ。身構えた内心を悟られることのないよう、つとめて穏やかな表情をつくる。気配りして言う。
「ここのところ、大夫に懐き、ずいぶんまとわりつき、煩わせておるようで、たいそう心苦しい次第でございます」
「なんの。峯丸が身を寄せてくると、見事に(とろ)かされてしまう。我が孫たちが妬心を抱くほどじゃ」
 手放しで嬉しさを隠さぬありすけ大夫である。けれど基宗は笑みに似た静穏にして不明瞭な表情を保ち、言葉を発しない。以前の間抜けな基宗とはひと味ちがう。
「食えぬな、基宗」
「と、申されますと」
「あれこれ言の葉を撒き散らせば、(げん)()をとられる。襤褸(ぼろ)をだす」
 真顔にもどし、そのとおりです──と基宗は頷く。見抜かれたら、隠し立てはしない。ただし余計なことは喋らない。そんな基宗をじっくり見やって、ありすけ大夫が苦笑気味に言う。
「やはり血かのう」
「血──」
「峯丸じゃが、先ほど申したとおり、この年寄りが出会った者の中でもずばぬけて賢い。比べるものとてない」
「恐悦至極でございます」
「褒めておらぬわ。食えぬ基宗と同様、峯丸も食えぬ。じつに食えぬ。父に輪をかけて食えぬ」
 羽虫の屍骸の翅が揺れるのに合わせるかのように、ありすけ大夫の伸び放題の真っ白い眉毛がぶれる。こんどは基宗が苦笑気味に問いかける。
「どのあたりが食えませぬか」
「うん。噓をつく。結構な噓をつく。それがじつに子供らしくない噓である」  
 それは基宗も感じていたことであった。ゆえに返す言葉がない。
「あきらかに、ばれる噓と、ばれぬ噓を選りわけておるよな」
 まさにそのとおりだったので、基宗は意識せずに、わずかに頷いてしまった。
「たとえば器を割ったとしよう。見ている者がおったときは、そしてその者があえてとぼけてやっておるときは、絶妙の頃合いにて自ら白状し、謝罪してくる。あるいは誰も見ていなくとも、諸々あれこれを勘案し、どのみちばれるであろうときにも、じつに巧みに絶妙な告白をしてくる」
「はい」
「それがじつに童らしさたっぷりで、幼く健気である。たまらぬ心持ちになる。だまされているとわかっていても、もう、よい。もうよいぞ、もうよい──と、ぎゅっと抱きしめてやりたくなる。頭を優しく撫でてやりたくなる。なにせ目を潤ませておったりするではないか。内股でぎこちなく立って、見あげてくるではないか。──もちろん、すべて芝居じゃ」
「はい」
「さて、絶対にばれぬと判じたときは、見事なまでにとことんしらばくれるな。大人顔負けの厚顔ぶり、いや、そこいらの大人など太刀打ちできぬほどに実直そのものの(かお)をつくり、片眉ひとつ動かさずに平静を保って胸中の欠片もあらわさず、動揺をみせぬ」
「はい」
「この(わし)までもが、ほんとうは峯丸は盗みなど働いておらぬのではないか──と思いをあらためてしまいかねぬほどの巧みな振る舞いじゃ」
「はい」
「ま、大人は正直な子供に弱いものよ。言い換えれば、本性はどうであれ正直に見えるいとおしげな子供に弱い」
「はい」
「ま、不細工な餓鬼がいかに正直であろうとも、それは無駄な徳というものだ。峯丸は、相対する大人に、自分にだけは隠し立てをしないと思わせ、信じ込ませることがじつに巧みである」
「はい」
「誰にでもではなく、自分にだけは、と、感じさせるところが味噌じゃな」 「はい」
「あえて、対する者に、おまえのことなど大嫌いだ、苦手だと憎まれ口を叩きつつも、すっと身を寄せ、その表情と態度、肌から発する熱で全幅の信頼をあらわすといった手管を用いたりもする」
「はい」
「なあ、基宗。儂のところは噓つきの巣窟じゃ。役者とは(ひっ)(きょう)、噓で役を(こしら)えるもの。うまく己に噓をつければ、男が女にもなれる。噓のつけぬような奴は使い物にならぬ。その噓にも未熟な噓もあれば、達者な噓もある。その程度によって役者の位が決まってしまうようなところがある。役になりきるということは、ついた噓を当人が忘れて(まこと)となし、深く這入り込むこと。しかも噓をついていることを見守る他人のごとき己も、ちゃんと別に飼っておることこそが肝要」
「はい」
「峯丸は格別別格破格、非凡超凡である」
「はい」
「儂のまわりの者どもは、噓を見抜くことに()けておる。ところが煮ても焼いても食えぬ婆まで、見事に峯丸に(たぶら)かされおって、もう夢中じゃ。峯丸の言うことならば、なんでも信じてしまう。峯丸のしたことならば、なんでも許してしまう」
「はい」
「多少気のきいた餓鬼ならば、ま、皆、そのくらいのことはする。噓を選りわけ、大人の顔色を窺う」
「はい」
「が、峯丸の噓の選別は峻厳にして精緻を極めており、この村の役者を生業として賞賛される大人を遥かに凌駕する。演じていることを忘却し、しかも演じている己を冷徹に見守るもうひとりの己をもっている。噓だけでない。一事が万事、この調子よ」
「──はい」
「ま、おぬしの血を引いておるということじゃな」
「やれ嬉しいような、困ったような。本音を申せば、口幅ったいことではございますが、私などとは比較にならぬ裏表をもった子供でございます。じつは心(ひそ)かに途方に暮れておりました。いとおしさ半分、不安が半分でございましょうか。私はどのように接すればよいのでしょう」
「べつに、いままでどおりでよかろう」
「が、大夫には見抜かれておりますし」
「儂だけじゃ。儂と(てて)()であるおぬしだけ、じゃ」
「はい」
 基宗はやや悄然とした面持ちである。ありすけ大夫は羽虫の翅に似た白銀の睫毛をしばたたき、血色の失せた唇を歪ませ、黄ばんだ前歯を見せつけるようにして、凄い笑顔を泛べた。

 

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