• 古く蝮をくちばみといった。毒を持つその長虫は、親の腹を食い破って生まれてくるという。戦国時代、非情なまでの下剋上を成し遂げ、「美濃の蝮」と恐れられた乱世の巨魁・斎藤道三。その血と策謀の生涯を、父子の宿命とともに描き出す、花村萬月渾身の新時代小説。


第3回

 

「得がたい才である」
「才──」
「芸事に邁進すれば、後世に名を残すであろう。が、これほどまでに悪いと、芸事などに閉じ込めるのも(はばか)られる」
「──どう解釈すればよいのでしょう。褒められているのでございましょうか」
「ああ。褒めておる。どのみち儂は()(まか)っているじゃろうが、先々、峯丸がどのように生き抜くか。じつに愉しみじゃ」
 基宗は目を瞠っていた。峯丸は己の才覚で海千山千のありすけ大夫を自家薬籠中の物としてしまっているのである。すべてを見抜いている老獪を手玉に取り、それどころか見抜かれていることを利し、逆用して自身の味方につけてしまっているのである。
 買い被りではない。基宗自身が素直でじつに良い子である我が子に巧みにあしらわれていることを常々感じつつ、苦笑気味に諸々を受け容れてしまっているのだ。
 本来ならば腹を立てて打擲(ちょうちゃく)しかねない事柄なのに、その悪さがあまりに抽んでているために感心してしまい、しかも根本では峯丸が絶対に自分を裏切らぬことを確信していることもあり、万が一踏みつけにされるならば、それはそれでよいと不可解な達観に支配されてしまっている。
「真に悪いということ、(たえ)なる魅力があるものよ」
「はい」
「儂は峯丸が一天四海をものにすることに賭けて仕舞(しも)うた」
 自嘲じみた口調で呟き、ぱしっと頭の後ろを叩いて渋面をつくり、老人は背を向けた。基宗は深々と頭をさげた。
 ありすけ大夫の姿が消えると、なにやら化かされたかのような奇妙な気分に囚われた。あたり一面を覆って銀色に揺れる羽虫の屍骸がたいそう美しく見え、基宗は幾度も瞬きを繰り返した。

 

   08

 

 仲睦まじい父と子であったが、峯丸にはたった一つだけ悩みがあった。実際は悩みというほどのことでもないのだが、唯一、閉口してしまう儀式があった。父が折々に左内腿を見よと迫るのだ。
 そろそろ羞恥も芽生えはじめている峯丸である。下半身を裸に剝かれ、股の内側を覗きこまされることは、耐えがたいと怒りだすほどのことでもないが、勘弁してほしいというのが本音だった。
「よいか。常に己に隠された松波(まつなみ)の家に代々伝わるこの徴を心に留めおけ」
「──いちいち、こうして目で見て慥かめねばならぬのですか」
「見ねばならぬ。聢と目に焼き付けねばならぬ。天と地、そして人。三つの道を指し示す高貴な徴である」
「されど、この恰好は、どうにも──」
 だが父には峯丸のぼやきが伝わらぬようである。このの徴が肘の内側にでも刻印されているならば、ぐいと腕をのばせば目の当たりにすることができるのだが、いかんせん内腿である。
 座り込んで首をのばして股間を覗きこんでいるところを誰かに見られたら、それは相当に決まりが悪いだろう。釈明すればするほど微妙になっていくことがわかりきっている。深読みされるにきまっている。さりとてこの(あざ)は明るいところで目を凝らさねば見えぬ程度のものである。
 今朝も父のしかつめらしくも切迫した真顔に、強く逆らうわけにもいかず、子供らしくない苦笑いを泛べつつ、射しこむ朝の日射しに股間をさらす峯丸であった。

 

 

〈次回は7月20日(金)頃に更新予定です。〉

 

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