• 「ローマ法大全」まで読破して「ナポレオン法典」を制定した
    ナポレオン・ボナパルトは、
    流刑の船中でも勉強していたという。
    盲目の国学者・塙保己一(はなわ・ほきいち)は、音読してもらった6万冊の本を記憶し、
    死ぬ間際まで『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』や『史料』の編纂にあたった。
    こうした学ぶ意欲はどこから出てくるのか。
    どうすれば意欲を持てるのか。
    先進国のなかで学習意欲がきわめて低いといわれる
    日本の社会人、学生たちに向けて、「学ぶことの大切さ」を
    企業経営者から学長に転身した“哲人経営者”が語る。


第5回 出口流・最強の勉強法

        

 

■知らないことを知る面白さ

 僕が生まれたのは三重県の美杉村(現在は津市に併合)で、育ったのは上野市(現在の伊賀市)でした。家の前には山があり、周囲には民家が4、5軒しかないような田舎でした。天気がいい日には4歳年下の弟といっしょに、山に入って昆虫を捕まえたり、池で鮒を釣ったり、木に登って柿を食べたりといった生活をしていました。
 たしか幼稚園か小学校のころのことだったと思います。あるとき、ぼーっと空を見ていたら、急に太陽のことが気になりはじめたのです。

「太陽って、えらいでかいな」
「あんなに大きかったら重そうやな」
「なんで落ちてこないんやろ」

 そこで親に尋ねたら、面倒くさかったのか、「これでも読んどき」と、ある本を渡してくれました。
 そこには、「石に紐をつけてぐるぐる回してごらんなさい。落ちてこないでしょう? この紐が引力です。引力があるから太陽や月は落ちてこないのです」というような説明がありました。子どもなので、「引力」が何かはわからなかったのですが、たしかに紐に結ばれた石が上方にきても、ぐるぐる回しているかぎり石は下に落ちてはきません。
 それで、「あっ、本を読んだらなんでもわかるんだな」と思ったのです。本のタイトルはよく覚えていないのですが、これが僕の読書の原体験といっていいでしょう。

イラスト:吉田しんこ    

 それからは、暇があったら学校の図書室に本を借りに行くようになりました。田舎の学校なので、それほど蔵書は多くなかったのですが、小学校、中学校の図書室の本は、ほぼ全部読んだと思います。
 本を読めば、知らなかったことがひとつずつわかるようになります。ひとつわかると、ますます本を読むことが楽しくなりました。ジャンルは関係なく、図鑑類から文学までなんでも読みあさっていましたね。
 ただ、とくに好きだったのは理科系の分野です。本好きの人は、だいたい小説などの読み物からハマっていく人が多いと思うのですが、僕の場合は、「なんでこうなっているんだろう」という探究心、好奇心が、読書の原動力になっていました。

 

■理科系が好きなのに法学部に進学した理由

 いまでも宇宙論や生物学、遺伝子、脳の話など理科系の本は大好きです。にもかかわらず、大学は法学部に進学しました。その理由をひと言で言えば、「自分は勉強したら、普通の人よりちょっとはできるけれど、尖った才能がない」ということが、中学時代、高校時代を通じてわかってしまったからです。
 たとえば、僕は成長が早いほうでしたから、小学生のときは体がクラスでいちばん大きく、運動会ではいつもリレーの代表に選ばれていました。コーナーで他の選手を追い抜いたりすると女生徒が「キャー!」と喜んでくれるので楽しくなり、中学時代は一所懸命、陸上競技をやっていました。
 でも、すぐにわかったことは、陸上競技は、明らかに才能の世界だということ。どんなに練習をしても、記録が伸びないのです。100m競走でいえば、中学生の終わりごろになっても、11秒台が出ませんでした。12秒フラットが限界で、それ以上は伸びない。それでもクラスでは1、2番の速さでしたから、運動会などでは必ずリレーの選手には選ばれるのですが、俗にスプリンターといわれる人は、同世代でも楽々11秒台を出すのです。
 つまり、僕の陸上競技の才能は、クラスのなかでは多少目立つものではありましたが、県大会には出られない程度の能力だったのです。
 それで、中距離や長距離にもチャレンジしてみました。ところが、どれもそこそこは走れるのですが、いくらがんばっても県大会に出られるレベルにはなれません。やっぱり才能がないんだなと思いました。
 僕のような突出したところがない人間は、将来何を目指せばいいのか――。大学に進学する段になって、“いちばん潰しが利く”ところはどこかというと、その当時は法学部だといわれていたのです。さらに親が「お金はあらへんで」というので、「じゃあ近くの国立大学の法学部に行こう」と考えました。
 大学の学長としては、「将来どんなことをしたいかを真剣に考えて、進学先を選ぶべきです」などと言いたいところではありますが、これが事実なので仕方がありません。

 

■“一夜漬け”最強説

 そんな安易な経緯で大学に入ったわけですが、入学して早々に、大きなショックを受けました。都会から来たクラスメートは、すでにマルクスやヘーゲルを読んでおり、大学の民主化や社会主義革命などについて熱い議論を交わしていました。ところが僕は理科系の本や文学は読み込んではいたものの、田舎の図書館にはマルクスなど社会科学系の本はあまり置かれておらず、話題に付いていけなかったのです。
「これはひょっとしたら自分は遅れているんじゃないんだろうか」と思い、その手の本を読みあさるとともに、1回生の前期の試験はものすごく勉強をしました。
 といっても、僕の勉強法は小学生のころから基本的に「一夜漬け」です。
「一夜漬け」というと、その場しのぎの、試験が終わるとすべてを忘れてしまうようなものと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。僕は、一夜漬けこそがとても効率がよく、覚えたことを忘れない勉強法だと思っています。
 僕は、もともと地道に勉強するタイプではありません。コツコツ勉強していたら、先に学習したことを忘れてしまうのです。ですから、試験の直前にまとめて勉強することにしました。
 というと、「ああ、試験期間は寝ないで勉強して詰め込むんだな」とお思いでしょう。ところが僕は寝ることが大好きで、ロングスリーパーです。とてもではないけれど、徹夜してそのまま試験に臨むようなことはできません。
 勉強時間と睡眠時間の確保――。この相矛盾する要請をふたつともに解決するためには、どうすればいいか。
「今夜じゅうに数学のテスト勉強をする」というようなあいまいな取り組み方ではなく、「ここからここまでを3時間で覚える」「この問題集を1時間でマスターする」などと短く区切って考え、決めた時間内に集中して必死で勉強したのです。
 また、僕は授業中、あまりノートを取りませんでした。大事なことはノートに書くのではなく、教科書に書き込んでいたのです。なぜかというと、そうしておけば、テスト勉強をするときに、書き込み入りの教科書1冊を集中して読めば足りるからです。
 もしノートが別になっていれば、2冊読まなければなりません。それでは非効率だと考えたので、こういうスタイルにしたのです。
 いま思うと、この勉強法のおかげで自然と集中力が身に付き、物事を合理的に処理することを覚えたのかもしれません。
 現代最高の脳科学者・池谷裕二氏は、著書『受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法―』(新潮文庫)のなかで次のようなことを書かれています。

『脳は睡眠中に、情報をさまざまな形で組み合わせ、整合性をテストし、過去の記憶を「整理」してゆきます。(中略)寝ることは、覚えたことをしっかりと保つための大切な行為なのです。「テスト直前しか勉強しない。毎回徹夜だ」という人がいますが、睡眠を削ってしまっては、学力が積み上がっていくはずがありません。』

 集中して勉強し、しっかり眠る――。徹夜ができないタチなので、仕方なくやっていたことですが、“出口流一夜漬け”は脳科学的に見ても、意外と理にかなった勉強法だったのかもしれません。
 いま僕は新たな職(学長)に就き、とても忙しくなったので、週に2~3冊くらいしか本を読めなくなったのですが、読むときにラインを引いたり、付箋を立てたりはしていません。そのかわり、理解できるまで読み込んでいます。それだけで、「どのあたりに、どういうことが書かれていたか」を話すことができます。
 これも“出口流一夜漬け”で身に付けた集中力のたまものでしょう。

 さて、大学の試験の話に戻りましょう。1回生の前期はきちんと勉強したおかげでいい成績が取れました。これを継続できていたら僕の人生も変わっていたかもしれませんが、生来の怠け癖が出てしまいます。
「なんや、大学って、別にたいしたことないんやな、高校と同じやな」と思い、講義を受けてはみたけれど、「これ、おもろないな」と思ったものは出席もせず、いいかげんに流していました。
 中学や高校でも、クラスに何人かは、常にどんな科目でもまじめに勉強して成績がいい人っていますね。そういう人は大学でも全部の授業に出て、せっせと勉強をする。でも、僕は好き嫌いが激しかったのです。
 好きな科目は「優」をもらいましたが、当然、「良」も「可」もいっぱいありました。でも、落第さえしなければいい、と思っていたのです。
 4回生になりゼミで発表したとき、担当の教授から「いい発表だったから大学に残らないか」といわれましたが、成績が悪すぎて話が立ち消えになったことは、連載の第1回目に書いたとおりです。

 

※ この連載は、毎月10日、25日ごろ更新します。
 第6回は9月10日に公開する予定です。

 

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