• 「ローマ法大全」まで読破して「ナポレオン法典」を制定した
    ナポレオン・ボナパルトは、
    流刑の船中でも勉強していたという。
    盲目の国学者・塙保己一(はなわ・ほきいち)は、音読してもらった6万冊の本を記憶し、
    死ぬ間際まで『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』や『史料』の編纂にあたった。
    こうした学ぶ意欲はどこから出てくるのか。
    どうすれば意欲を持てるのか。
    先進国のなかで学習意欲がきわめて低いといわれる
    日本の社会人、学生たちに向けて、「学ぶことの大切さ」を
    企業経営者から学長に転身した“哲人経営者”が語る。


第9回 日本の教育予算が低いわけ

        
 
■まず手をつけるべきは「子どもの貧困」

 この連載中、何度か「日本は低学歴の国」だと話してきました。OECD加盟国のなかでは、大学や大学院進学率が平均よりかなり低く、かつ世界の大学ランキングでも上位(トップ100位)に入っているのは東京大学、京都大学くらいしかないからです。
 その原因を探ると、教育予算が少ないことに行き着きます。
 ハーバード大学教授のロバート・パットナムは、『われらの子ども』(創元社・2017年)のなかで、人間にどれだけ教育を施したら社会全体のウェルフェアが上がるか、ということを指摘しています。
 そして、幼児期にしっかりした教育を施して、認知能力と非認知能力を上げれば健全な子どもに育ち、リターンも大きくなることが、ほぼ疑いのない事実として実証されているのです。そうだとすれば、いちばん先に着手しなければならないのは、子どもの貧困問題であることは明らかです。
 日本の相対的貧困率(等価可処分所得が、人口の中央値の半分未満人の割合)は2015年で15.6%(うち子どもは13.9%)。前年まで、じわじわと上昇してきて2014年は16.1%(同16.3%)だったものが少し改善しましたが、まだ6人から7人に1人という高い割合です。OECD加盟35ヵ国で比較すると、ワースト8位となっています。
 予算が限られているなら、ここに資源を集中すべきでしょう。

 

 

 ちなみにアメリカの順位はワースト3位。日本より貧富の差が激しいことを物語るような順位ですが、IMFによるとGDP成長率の見通しは、2017年(推計)2.3%、2018年2.7%、2019年2.5%と、日本(1.8%、1.2%、0.9%)やユーロ圏(2.4%、2.2%、2.0%)より上です。
 のちほど触れますが、教育予算も潤沢なので、相対的貧困率が日本より悪い数字だというだけで、「アメリカはもっとひどい」ということにはなりません。
 そもそも『われらの子ども』に書かれているような長期的な追跡調査は、予算の関係もあって日本ではなかなか実施できないものなのです。

 もうひとつ、基礎研究の問題もあります。たとえば『日本経済新聞』(2017年6月12日付電子版)は、6ヵ国(アメリカ、連合王国、ドイツ、フランス、中国、日本)の学術論文引用回数でみた影響力を比較。主要8分野中、アメリカが「物理学」「環境・地球科学」など4分野でトップ、中国も「コンピューター科学・数学」「工学」など同じく4分野で1位でした。
 2001年まで、日米の後塵を拝していた中国は、潤沢な資金をベースに、論文引用回数ではアメリカをも脅かす存在になっているのです。
 一方、日本は6ヵ国中5~6位と低迷しています。21世紀に入ってからのノーベル賞受賞者数は米国に次いで2位ですが、記事のいうとおり、ノーベル賞を獲ったのは「30年以上前の研究がほとんど」で、現在は「世界に取り残されつつある」ようです。
 いま、他大学の学長や副学長にいろいろと教えを請うているところですが、やはりみなさん、異口同音に「学術論文が増えないのは教育予算が少ないからだ」と言われます。冒頭でひと言だけ触れましたが、日本の教育予算は次表のようにOECD加盟国で最下位なのです(データのないギリシャを除く)。

 

 

 国立大学が2004年に独立行政法人化した際に、文部科学省は「大学は自ら努力をしてお金を稼げ」という考え方を打ち出しました。それはもちろん大事なことなのですが、企業と協力するだけではできないことも多々あると思います。
 たとえば、視点を変えて企業側からみてみましょう。
「大学と協力する」ということについて、企業側にどういったメリットがあるかをきちんと説明できないと、取締役会を通せません。ワンマン社長の会社ならいざ知らず、社外取締役がガバナンスを客観的にチェックしている普通の企業であれば、リターンが計算できない大学の基礎研究に資金を提供する可能性は小さいでしょう。
 これが応用研究であれば話は違います。たとえば、水分を従来製品の数倍吸収する画期的な高分子ポリマーを研究している大学教授がいれば、紙オムツメーカーは「この先生の研究室に投資したら、研究成果が手に入る」と考え、業績に直結するので株主も納得するでしょう。しかし基礎研究は、具体的な商品とは直結しにくいため、「なぜうちの会社が、そんなわけもわからないものに資金を出す必要があるのか」という話になりやすいのです。
 加えて、これまで国立大学は国の予算で運営してきたので、欧米の有名大学のような自己資金の蓄積もありません。欧米の一流大学の自己資金は兆円単位で、その運用益だけでも膨大な額にのぼるのです。
 したがって、基礎研究については、わが国ではどうしても国の教育予算に左右されざるを得ないのです。

 

■痛みは伴っても断行しなければいけない大問題

 なぜそうなっているかといえば、基本的には負担と給付のバランス、つまりプライマリー・バランスが大きく崩れているからです。
「給与は上がらないのに、税金や年金などの負担が増えている」と実感している人は少なくないでしょう。しかし、世界的に見ると、じつは日本の国民負担率(国民所得に対する、租税負担と社会保障負担の合計の割合)は低いほうです。
 OECDの統計によると、対象34ヵ国のうち日本の国民負担率は下から7番目で42.6%。それに対して、フランス、ベルギー、デンマーク、イタリア、フィンランドなどの欧州諸国は60%を超えている国が多く、スウェーデン、ノルウェーなども同じような水準です。

 

 

 日本は、このように負担は少ないのに給付は相対的に手厚く(社会保障支出はOECD諸国のなかでは中位)、2018年度政府予算から国債費を除いた政策経費のうち、社会保障費が44%強を占めているのです。
 これを20年前の1998年度予算と比べてみましょう。社会保障費が政策経費に占める割合は約25%だったので、20%近くも増えていることになります。これは世界でいちばん高齢化が進んでいるためです。

 

 

 一方で、公共事業や文教及び科学振興に割り当てられた予算は1998年度と比べると、実額でも減少しています。2018年度予算で、社会保障関連費が約33兆円なのに対して公共事業関係費や文教及び科学振興費はそれぞれ5兆円台。社会保障費がケタ違いに増えているため、教育などに予算を十分に配分することができないのです。
 もちろんこれは厚生労働省のせいではなく、少子高齢化にともなう当然の帰結です。
「小負担中給付」のままでは、入ってくるお金と必要なお金との差は国債のかたちで穴埋めせざるを得なくなり、借金がいたずらに増え続けます。こんな状態をこのままにしておいていいはずがありません。負担と給付の問題――つまり、財政再建に手をつけなければ、教育予算など新たな政策投資に回せるお金が増えるわけがないのです。
 政府がきっちりと財政再建に取り組んで、増税などの痛みを伴う改革を断行する──。これは基本的にはリーダーの役割だと思うのですが、日本はそれをずっと先延ばしにしています。「2020年に達成する」としていた財政再建に向けた政府のプライマリー・バランス黒字化目標も、2025年に後退してしまいました。

 こういう現状のなかでは、教育予算、とりわけ基礎研究の費用を賄うのは非常に困難だと思います。先ほども触れたように、応用研究や先端研究であれば、IPS細胞のように企業と協力して共同プロジェクトが成立にすることもあるでしょう。
 しかし、大学で研究されているもののうち、企業と協力できる分野はごく一部にすぎないのが現状です。研究のための施設や器具が足りないケースが少なくありません。
 基礎研究のほとんどは地味なものです。しかし基礎研究こそ、長い目で見れば社会を変える大きな原動力になります。すべての問題の根本にある財政再建の必要性を痛切に感じています。

 

※ この連載は、毎月10日、25日ごろ更新します。
 第10回は11月10日ごろに公開する予定です。
 

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