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第16回 手放したくないもの 其の一
高麗茶碗  李朝時代・18世紀
高麗茶碗 李朝時代・18世紀 高麗は「高麗物」つまり朝鮮渡来を意味しており、朝鮮時代(1392〜1910年)に焼かれ、日常雑器だったものを日本の茶人が茶碗として見立てたもの。衒(てら)いのない形と枇杷(びわ)色の滑らかな釉薬(ゆうやく)は静かな印象で、井戸茶碗のような力強さはないが、個人が日常に使うにふさわしい趣がある。 ※この茶碗はM氏の茶碗とは別のものです。

ある数寄者の集まりで「最期の一点として何を残すかに人生観があらわれる」という話になった。六十代前半の李朝コレクターのMが「そりゃあ茶碗(ちゃわん)だよ」と答えた。茶碗一つあれば何もいらない。それでご飯を食べ、茶を飲み、時には酒をたしなむ。困ったときには鉄鉢(てっぱつ)の代わりに托鉢(たくはつ)に用いる。「いい茶碗を持つとは、そういうことだ」と言うと、共感する声に交じり「いい茶碗なんて自慢だろう」などとヤジが飛んだ。Mが二年ほど前に、人もうらやむような高麗茶碗を入手したことを周囲は知っている。Mは冗談やヤジを受けて、ますます自信ありげに話を続けた。「ある日、高麗茶碗で京都土産の鰻(うなぎ)茶漬けを食べた。背筋を伸ばして、茶碗が傷まないように、箸の先を底に触れずに上品に一口ずつ口に運ぶ。いい茶碗は人のしぐさをも美しくする」と言うと、身近な友人は呆(あき)れた顔をしたが、Mはいっこうに気にしない。「食べ終わると湯を注いで飲む。白湯(さゆ)ですら美味しく感じるのがいい茶碗だ。そして、酒の映りも素晴らしく、この茶碗に一度口を触れると、触れる前とでは、感性に雲泥の差がある」などと自慢話は続いた。
しかし、その後ふっと悲しげな顔になり、「実は女房が、高価で大切にしている茶碗を洗うのはいやだというので、自分が慣れない手で洗おうとしたら、酒がまわったせいもあり、手を滑らせ落として割ってしまった」と告白した。それを聞いて場が一瞬静かになった。Mは気が動転し目眩(めまい)がして布団に入ると、壊れた茶碗を見る勇気もなく、しばらく起き上がることができなかったらしい。奥様の「茶碗ぐらいで気にしないで」と慰めた言葉に怒ってしまうなど、自分の不甲斐(ふがい)なさをつくづく感じたという。茶碗はかなり大きく割れて、その後、金継(きんつ)ぎを施した。時折、茶碗に申し訳ないと胸を痛めながらも、この茶碗には自身をさらけ出すことができた一生の友だと感じているという。

それを聞いたAさんが突然に「最期は無一物だ」と大きな声で言ったのに、皆が爆笑した。Aさんの家は部屋中が骨董品(こっとうひん)で埋まり、階段から庭にまで溢(あふ)れるほどだ。そのような買いもの好きで有名なAさんと「無一物」の言葉はあまりにもかけ離れて思えた。「無一文の間違えではないのか?」などとつまらないギャグも飛び出したが、おそらくAさんの言葉は皆を笑わせようともしたが、死んだらあの世に何も持っていけないことの意味もあるのだろう。

少し話題が落ち着いたころに、あなたはどうなのかと聞かれて「実は数年前より短刀を探している」と答えた。けして自棄(やけ)を起こして振り回そうとか、切腹しようなどということではない。棺(ひつぎ)の上に置く守り刀として考えているのだが、おもちゃのような刀では、現世に未練が残るような気がするからだ。いまだにしっくりした刀が見つからないのは、棺の上に美しい刀がのっている様子を想像することだけで、「死」を内包して生きていることに実感がなかったからだろう。Mの高麗茶碗の話に、ふと毎日料理に使っている包丁を、常に手入れよく研いで、最期に棺にのせていただくのも、自分にはふさわしいのではないかと思えてきた。

(つづく)