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第7回 現実と真実 其の二
当麻曼荼羅 室町〜江戸時代 版彩色
当麻曼荼羅 室町〜江戸時代 版彩色浄土観想図の中でも、三方をとりまいて、フィルムのコマのように区切られた中に絵が描かれているのが、当麻曼荼羅の特徴。経典の順序で進むと、左に縦並びに序文の説話が描かれ、右の観想の方法を描いた定善義(じょうぜんぎ)に進む。下部に九品往生(くほんおうじょう)が描かれ、具体的な「極楽浄土」の景観が中央の絵画に示されている。おそらく当時はコマ送りの内容と中央の絵を往復しながら経典の内容と中央の絵の関連性を説明したと思われる。そのために、一枚の構図に次元の違う図を配置するアイディアが生まれたのである。現代でも漫画によって学習する本が人気で、図で順を追うことによって説明することはビジネス等でも一般的であるが、平安時代の寺院では、すでにこの方法を布教活動に取り入れていた。

自身の叫ぶ声に、目を覚ました男は、すべてが夢の中の出来事だったことに気がついた。

 

いや、最初から、死後の世界へ旅するなんて、夢物語に決まっている。

 

仏教伝来以前から日本人は死後の世界観≠持っていた。

それが薄れてきたのはわずかここ百年くらいで、現代の日本人で来世を信じている人は15パーセントに満たないと聞く。

欧米から科学≠竍美術≠ネどの概念が伝わり、技術・理論・視覚として実証されない出来事や、技術をもってコントロールできないものの存在は遠くなっていった。

念仏を唱えて極楽浄土に往(い)こうとした昔の人と、宇宙船で月に行こうとする現代人の間に距離があることは確かだ。

 

男が夢の中で見た、当麻曼荼羅(たいままんだら)をはじめとする、浄土観想図と呼ばれる絵画は、特に平安時代から鎌倉時代にかけて、さかんに人々に受け入れられた。

貴族政権が傾き、荒々しい武士たちがあらわれる転換期。

貴族が滅び、平家が滅び、無常の風が吹く中で、戦乱、災害、飢饉が襲う。戦火や犯罪が横行する中で、自力で希望や目的を見出(みいだ)すのは困難になっていく。死の場面を目のあたりにすることが多くなり、自身の死も近くに感じるようになる中で、人々が持った苦しみは、死への恐怖と、身近な人間の死に直面する悲しみではなかろうか。

 

余白なく描かれた大きな曼荼羅には、美しい空想的な世界が広がり、元となる経典を読み進めていくと、自然の木や花までが宝石などでできている様子が延々と説かれている。

 

─蓮華には八万四千の葉脈があり、それぞれが八万四千の光があり、これらをはっきりと見分けなくてはならぬ。またそれらの蓮華は八万四千の葉があり、各々の葉の間に百億の宝珠があり、千の光が放たれ、その光は天蓋(てんがい)のようである。……(途中略)……あるものはダイヤモンド、あるものはさまざまな花。雲など観(み)るものの思うままに変現し、それは仏の所作をあらわす─観無量寿経・華座観(かんむりょうじゅきょうけざかん) 

 

など、それらをすべて観想してからでは、いつまでたっても極楽往生できそうにない。怪我(けが)をして痛がっている人の横で、どうしたら怪我をしないですむのかをこんこんと説くよりも、痛み止めを飲ませてくれるほうがありがたい場合がある。

当麻曼荼羅では中央に阿弥陀如来の浄土が描かれ、下部には右よりコマ送りに、極楽往生の階位を九つであらわされている。それぞれに待遇は違うのだが、下品(げぼん)と呼ばれる、低いランクでも、とりあえず「南無阿弥陀仏」を唱えれば、万人が往生できると説いている。

これらの階位は、人々に安心とともに、信心の重要性と、現世での行いが報われることを示した。

 

また、左縦並びのコマの「韋提希夫人(いだいけぶにん)の説話と王舎城(おうしゃじょう)の悲劇」の最終部分で、如来が「鏡に自分の顔を映すかのように、清らかな浄土(仏国土)を観るだろう」と言う場面がある。現世と死後の世界は向き合っており、死後は現世を映す鏡とも思える場面。

現世も浄土のように、美しく平和であってほしいと感じて当麻曼荼羅を眺めると、それは単なる死への憧憬ばかりではない生≠照らす光に見えてくる。

時代を経て、残された絵画は圧倒的な美をもって、観る者の心の中に、現世の鏡としての「死後の世界観」をよみがえらせてくれる。

美術史としての視覚的な「現実」のみならず、精神史から見た「真実」を感じさせる。

当麻曼荼羅部分(韋提希夫人の説話と王舎城の悲劇)版彩色 室町〜江戸時代
当麻曼荼羅部分(韋提希夫人の説話と王舎城の悲劇)版彩色 室町〜江戸時代「韋提希夫人の説話と王舎城の悲劇」は、観無量寿経(観経)の序文とされる。この説話は王とその妻、息子の間で繰り広げられた物語で、それぞれに信仰の段階の違うものとしてとらえており、それらは九品往生につながる。
最後の部分で、韋提希が「私は師の力によって観ることができましたが、師が入滅された後に、人々はどのようにして阿弥陀仏の〈幸のあるところ〉を観たらよいのでしょうか」と質問する部分。そこで如来が「西方を観想するのだ」と答えて十三種の観想方法に進んでいく。