「死の古美術」トップページ > 第8回 二つの仏国土 其の一
第8回 二つの仏国土 其の一
釈迦多宝二仏並坐像(しゃかたほうにぶつびょうざぞう) 中国・北魏時代
釈迦多宝二仏並坐像(しゃかたほうにぶつびょうざぞう) 中国・北魏時代 489年 東京・根津美術館蔵 『法華経』見宝塔品 第十一によるもので、光背を背に、向かって左座が多宝如来、右座には右手を挙げて説法をする釈迦如来が並座する。法華経は北魏初期より、さかんに広まったために、このような金銅仏が数多くつくられ、後世に日本に渡ったものもある。それらの中でも、この像は蓮弁が彫られた光背、天蓋、台座下部まで、細かな彫りが施され、鍍金(ときん)も鮮やかに残る優品である。

朝、目を覚ますたび、枕元に置かれた絵本を手に取るのを楽しみにしていた。仕事で帰宅が遅い父を待たずに、就寝させる目的と、読書に馴染(なじ)ませるための、両親の工夫だった。

就学前の私は、わからない漢字や言葉の意味を母に聞きながら毎日ページをめくった。いつしか、絵のある本に飽き、兄の本を引っ張り出しては、読むようになる。その頃、出会った本の中で、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は印象的だった。

北海道で育ったので、鉄道は身近だったこともあり、夜の線路を眺めながら物語のイメージと重ね合わせて、ジョバンニとカムパネルラが乗った列車が来るのを想像した。

中学生の頃、読み返してみると、それまで強く心に残っていた友人カムパネルラの死に対する哀(かな)しみよりも、物語に流れている不思議な雰囲気や、細部の事物、言葉の理解できない部分が気になり出した。登場人物は、自分よりもはるかに大人びており、身近に思えていた話が、遠い国のことに感じてくる。

賢治の作品は、仏教の影響を受けているといわれる。

成人して、仏教美術品を鑑賞し、経典などに触れる機会が多くなると、それらに『銀河鉄道の夜』の場面がしばしば重なって見えてくる。

物語中の車窓からの幻想的な描写は、浄土への旅を感じさせ、銀河はまさに阿弥陀来迎図の紫雲のようだ。天気輪(てんきりん)の柱があらわれる場面は、法華経の見宝塔品(けんほうとうほん)の中に説かれている、多宝塔の出現に重なる。友人カムパネルラが列車であらわれ、主人公ジョバンニが一緒に出かける場面は、まさに法華経の、釈迦が宝塔の中に入り、多宝如来の隣に座る二仏並座(にぶつびょうざ)を思わせる。釈迦の説法を多宝如来が褒めたたえ、自らの座に招き入れ、釈迦が説法を続ける場面。釈迦如来は「生」を、多宝如来は「死」をあらわす。生きているジョバンニとすでに亡くなったカムパネルラ。「生」と「死」は隣り合わせ。二仏が、多くの生きる者、死者であるならば宝塔は大きな世界感を持つ。もしくは、ひとりの人間が生まれて、やがて死んでいくことをあらわすのならば、人は「生」と「死」を内包した仏種(仏性)ということか。

 

東大寺の多宝塔に納められた、銅造多宝如来と釈迦如来(現在は東大寺ミュージアムで保管)は、日本で制作された代表的な二仏並座像で、天平時代、東大寺戒壇堂設立当初の制作と伝えられている。賢治はこれらの像を見て、二人の主人公のイメージを育てたのではないかしら、と思えるような、優しく若々しい表情をしている。

また、奈良時代の長谷寺銅板法華説相図の中にも、あらわされているほか、東京国立博物館、奈良国立博物館、根津美術館、MIHO MUSEUMには中国・北魏(ほくぎ)時代の金銅仏が収蔵されている。

 

賢治の家は熱心な浄土真宗の信者だったので、幼い頃より来迎図をはじめ、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経の浄土三部経に触れることもあったであろう。しかし、後に自分の意志で日蓮宗に改宗し、法華経に帰依した。物語は未完で、死後に何度か改訂され発行されてきた。それらの軌跡をたどると、いかにこの題材を注意深くあらわそうとしたかが、見て取れる。

キリスト教に関連した登場人物の名前、「ハルレヤ」(ハレルヤ)の合唱、十字架があらわれる場面があるが、ジョバンニの持つ十字の紙は途中下車したキリスト教徒の十字架の切符ではなく、自由にどこまでも行くことができるという。おそらく法華経の十界を示したもので、キリスト教などの一神教との隔たりを示唆する意味であろう。

現実社会のつらさ、死後の旅の夢を見る浄土信仰的場面、キリストの犠牲的死に惹かれながら、法華経への誓いにより現世を仏国土とするべきことに気がつく。まさに賢治自身の精神史のような作品だ。

(つづく)